Lastly key you Lv.5(改四話)
シルバーが出た後、キャリーもすぐに後を追った。
メアリーのそばに居たかったが、今は助けるのが先だと思ったからだ。
物陰に隠れていると石レンガ作りの建物からシルバーと付き添いの兵士が外に出てくるのが見えた。
兵士は鎧を身に纏い、顔は見えない。
鍵が腰にぶら下げられているのは、すぐに見えた。
今すぐに飛び出して、鍵を強奪しようと身構える。しかし、あの老人がいる側では難しいと思えた。
メアリーと対等に話が出来る相手なのだから、彼は相当強いのだ。
キャリーが様子を伺っていると、シルバーは兵士に話しかける。
「君、この後の予定は?」
「ハッ、自分はいつも通り、ここで見張りを続けます」
彼の返事を聞いて老人は胸ポケットの懐中電灯を取り出す。
「そうか……ところで、そろそろ、お昼時だが、昼食はどうする?」
「ご安心下さい。自分は昼飯程度、抜いても活動出来ます」
兵士は敬礼をしながら答える。
「うむ、それは実にいかんよ、君。食事は我々の仕事を支えるものだ。飯を抜いては、力は出ない。無論、あの紅蓮の竜巻を監視するともなると尚更だ……最も、彼女にそんな気はないだろうがね」
シルバーはどこで食事を済まそうか考え込む。目の前の兵士を見てあることを思い出した。
「君の家は確か……」
何か言おうとした老人の言葉に察して、兵士は答える。
「自分の家はこの近くの酒場であります!」
「そうか、そうだったな。君のお母様が、店を切り盛りしていたな。懐かしい……」
一息置いてからシルバーは歩き始める。
「よし、久しぶりに顔を見せに行くか、構わないか?」
振り向きながら兵士に聞いた。
兵士は体を震わせて頷く。
「はい! 是非いらしてください。母の作る肉料理は絶品なんですよ。それに先日、妻が娘を産みまして。もしよろしければ、シルバー様に抱いて欲しいのです。どうでしょうか?」
「構わんよ。こうゆうのには慣れているからね」
二人はそんな会話をしながら、キャリーが隠れている物陰を通り過ぎて行くのだった。
顔を覗かせてから、バレない様に二人の後を追う。
彼らは城壁と街を繋ぐ橋を渡って、長い大通りを少し進んだ、近くの路地に入って行った。
「こっちから行くと近いんです」
兵士が指を刺して言う。
薄暗い路地を通って、彼らは別の大通りに出て行った。そして、兵士はすぐ隣の酒場にシルバーを案内する。
「どうぞ、こちらです」
彼らが入って行った後、隠れて追っていたキャリーは姿を現した。
彼女は建物を見上げる。そこにはビールジョッキに溢れ出る泡が描かれた看板が飾られていた。
キャリーは大通りに面した窓から店内を覗きこむ。
中には大勢の客が居座っており、奥のカウンターに体格の良いおばさんが立っていた。
隣の二階に続く階段には、綺麗な金髪の女性が座って赤子を抱いている。
その二人は先程、入ってきた兵士と老人に気付き嬉しそうに笑顔を見せていた。
金髪の女性はすぐに立ち上がり、兵士に近付いて行く。
抱いて、受け止めようとしたが、鎧を着ている事を思い出し、伸ばしかけた腕を止める。
その様子を見ていた金髪の女性は呆れたと眉を顰めながら笑い、兜越しにキスをした。
「お帰りなさい」と一言加えて。
兵士は嬉しそうに頭を掻いてから老人を手で指し、帰って来た訳を話しだす。
「こちらはシルバー様で、僕の上司だ。今日は僕のわがままでエマを抱いてもらおうと思って来てもらったんだ」
シルバーは一歩前に出て、軽くお辞儀をする。
「こんにちは、アレッサさん、あなたの事は彼からよく、聞いています。それとお久しぶりです、ハイディさん」
言いながら女性の手の甲にキスをした。そして、奥のカウンターを見ながらハイディと言う体格の良いおばさんに声をかける。
名前を呼ばれたおばさんは、笑いながら酒瓶をカウンターに置いた。
「やぁ、シルバーさん久しぶりだね。どうだい、一杯?」
シルバーは首を振りながら答える。
「我々は午後も仕事があるので遠慮させてもらおう。代わりに……」
老人が言おうとした時に兵士がその後のセリフを言った。
「母さん、ザウラブラーテンを二つ」
あいよ、と言ってハイディは食事の用意を始める。
兵士は振り返って今更ながら申し訳なさそうにアレッサにシルバーを連れてきた訳を話す。
「アレッサ、この子をシルバー様に抱いて欲しいと、勝手にお願いしてしまったんだ。大丈夫だったかい?」
不安に聞く兵士の顔を見て一瞬、キョトンとした顔を浮かべるが、アレッサは微笑みを浮かべながら頷く。
「全然平気よ、むしろ感銘を受けるぐらいだわ。バシレイア最強の騎士様に抱いてもらえるなんて素晴らしい事だもの」
彼女はそう言いながら赤子をシルバーに預ける。
兵士はアレッサの横に立って、シルバーにもう一度頼み込だ。
「お願いします。この子にどうかご加護を」
シルバーは快くそれに応じてゆっくりと赤子を抱きかかえる。
赤子は母親の手から離れても、ぐずらずスヤスヤと眠ったままだった。
それを見ていたシルバーは静かな声で話す。
「立派な子だな。この子はきっと強い子になる」
老人はそう言い、赤子の顔を見ながら微笑んだ。
その様子を窓から覗いていたキャリーは一瞬、シルバーと過去のメアリーの姿が重なって見えた。
昔、ファイアナド騎士団で、ある村に立ち寄ったさい、生まれて間もない赤子をメアリーが抱いていたのだ。
キャリーは、その時のメアリーの顔をよく覚えている。
普段はキリッとして、団員をまとめていた彼女だが、あの時のメアリーはとても、清らかで優しい顔を浮かべていた。
懐かしい記憶を浮かべて、キャリーは涙が溢れ出しそうになる。
部屋の中では周りにいた客たちが、シルバーの周りに集まっていた。
キャリーは鋭い視線で彼を睨み、奥歯を噛み締める。
楽しそうにする彼らと今、一人牢屋で過ごすメアリーを思い出し、キャリーはたまらなく、悔しかった。
(メア姉をよくも……そうだ、あの人はあんな所に居ちゃいけない。閉じ込められていちゃいけないんだ。死んじゃダメな人なんだ。殺させない。助けるんだ)
そう、決意を胸にキャリーは鞄から薄い灰色のフード付きのマントを取り出した。
これで姿を隠して兵士の鍵を奪うつもりだ。
キャリーは深呼吸をして、酒場に入って行った。
中は窓から見た通り正面にカウンター、その後ろの壁には沢山のお酒が並べられている。
カウンターの左には二階に続く階段があって、二階には二つの扉と三階に続く階段が見えた。
キャリーは近くのテーブルによって、兵士の様子を伺う。
彼はシルバーの隣で赤子を見守っていた。
周りには様々な人たちが近づいてわいわいと話し合っている。
その光景が焚き火を囲って夢を語り合った仲間たちに似ていた。
姿が重なるたびにキャリーの心から怒りが溢れ出そうになる。
キャリーは無意識のうちに拳を握りしめていた。それに気づいて、彼女は冷静さを取り戻す様に首を振った。
(いかん、いかん、冷静にならなくちゃ、こんな殺気だったままじゃ盗める物も盗めない)
空気を飲むように吸い込み、蝋燭を消すように息を静かに吐く。そして、心は冷静に不自然にならないように堂々とキャリーは動きだした。
キャリーは老人の横を通り抜け、兵士の横も通り過ぎる。
ピチッ!
彼女は何事もなかったかのように、カウンターに肘をかけながら注文を頼んだ。
「おばさん、水を一杯ちょうだい」
「あいよ」
「……」
おばさんが背を向けた時、懐で握りしめた鍵付きの輪をちらりと見る。
すれ違いの際に取ったのだ。
(スリの技術はピカイチなんだよ)
キャリーは心の中でほくそ笑む。
(ざまーみろ、これさえあれば、メア姉を助けられる)
しばらくして、おばさんが水の入ったコップ一杯を差し出してくれた。
キャリーはお礼を言って、一気に飲み干す。本当は盗めた喜びに浸りたいのだが、そっと胸に納める。
この気持ちはすべて終わってからにしようと思ったのだ。
水を飲み干したキャリーはもう一度、お礼を言いながら銀貨を置いて立ち上がる。
シルバーと兵士の横を通って出入り口の扉に手をかけた。その時、シルバーが声をかける。
「待ちなさい、そこの旅のお方」
その瞬間、突然、静寂が訪れ、他の客達の視線が一斉にキャリーの方を向く。
彼女はドキッとなり、心臓が何かに巻かれた様に苦しく感じた。
背筋が凍り、喉が塞がる様な気がした。
キャリーは恐る恐る振り返る。
「あたしに何か?」
鍵を盗んだのがバレたのではないかと、不安になった。
キャリーは気づかぬうちにドアの部を強く握り始める。
シルバーは少し髭をいじりながらこちらをジッと見つめていた。
やがて、後ろのカウンターを指さしながら言う
「お嬢さん、よそから来たのだろう。ここ、バシレイアではコップ一杯の水はタダでいいのだよ」
そんな事? とキョトンと肩の力が抜ける。
キャリーは安堵していつもの調子で答えた。
「そうでしたか、でも、今は急いでるので銀貨は差し上げます」
「そうか……間に合う事を祈っているよ。気をつけて」
老人の声を合図に他の人たちはガヤガヤと好きな様に話し始めた。
キャリーはそっと酒場から出て行く。そして、スタスタと歩いて路地に入って行った。次の瞬間、喜びと興奮で踊る心臓と共にキャリーは走り出す。
(これでメア姉を助けられる!
危なかった、危うく盗んだのがバレる所だった。でも、我ながら完璧なスリだ!
待ってて、メア姉。あたしが今、助けに行くから!
もう、こそこそしなくていい。祝福の力を使おう)
キャリーは頭の中でイメージを浮かべる。
雷雨をかける白い稲妻の輝き。
電気が頭のてっぺんから爪先までを駆け巡り、力が沸き出てくる。
限界まで引っ張った弓矢を解き放つ様にキャリーは足を踏み出した。
瞬間、足元から電気が溢れ出し暗い路地が明るくなる。
(これを使って一瞬でメア姉の所に行くだ!)
しかし、何者かによって、キャリーは出鼻をくじかれる。
誰かが、足を引っ掛けて彼女はそれに躓いた。その瞬間、雷雨は風に流されて消え去り、弓矢はあらぬ方向に向く。
気づけば、キャリーは宙を浮いて、先程入ってきた通りが逆さまに見えていた。
ドタン! と大きな音と共にキャリーは地面に転げ落ちる。
「ツッ……誰だよ……」
顔を上げると一人の男が両手をポケットに着こんで片足を前に出しながら、こちらを見ていた。
その男は異様に細い体つきに死人のような白い肌、黒いクマが目元を覆い、ニヤリと笑う顔は骸骨の様だった。
男は自分の首をさすりながら喋り始める。
「ダメじゃないか、人の物を取っちゃー」
(誰だか知らないけど、邪魔をするな!)
キャリーはいらだつ。
彼女は横を向いて無視して、走り去ろうとした。しかし、男はそれを見逃さず、容赦ない蹴りを入れる。
「グブゥ!」
キャリーは少し浮き上がりお腹を抑えながら咽せる。
「ダメだよ。人の話を無視するのは、ね!」
言いながら男はさらにもう一発、蹴りを入れた。
今度の蹴りでキャリーは壁に飛ばされてしまう。
あまりの痛さに体を丸めてしまった。
「クッソ……誰だよ、お前? 邪魔すんなよ……」
キャリーが小さく呟くと男は、あーと口を開けながら首を傾げる。
「邪魔も何も、君がダメな事しているのが、悪いんじゃん。ねー?」
男は足を上げて勢いよくキャリーの強みである足を踏みつけた。
「アガアアア!」
路地裏に少女の悲鳴が響き渡る。
その後も男はキャリーに踏んだり蹴ったりを繰り返し行なった。
キャリーにはこの状況をどうする事も出来ない。
「君、さっきの祝福の力だよね? 神に与えられた力、それを盗みに使うなんて、ダメじゃないか!!」
(一体、なんなんだよ! どうして、こいつは邪魔をするんだ?)
キャリーは小さな頭で必死に考えた。だけど、分からない。
こいつが誰なのか、それどころか、必要以上に自分を踏み付けるのか何一つ理解できなかった。
それほど経たないうちにジャランと音がした。
ついに握りしめていた鍵を手放してしまう。
男は蹴る足を止めて、しゃがみながら鍵を拾い上げる。
「ダメじゃないか、最初から返していれば、こうはならなかったのに」
拾い上げた鍵を横目に少女を見下す。
キャリーは必死の思い出で腕を持ち上げ、男の腕を掴んだ。
「返せ! それがなきゃ、助けられない……」
男の顔を睨みつけた。しかし、彼にはキャリーの思いなど知っちゃこっちゃないとニタニタと笑い、軽く鍵を持ち直して握りしめる。そして、何も握ってない手でキャリーの頭を鷲掴みにした。
そのまま、勢いよく壁に叩きつける。
バン!
「だから、返せも何も、これは君のじゃないだろ? それに助けられちゃ~色々とダメな奴らもいるんだよ」
男はそう呟き、再びキャリーの頭を壁に叩きつける。
壁にひびが入り、血がべっとりと着いていた。
ぐるぐると視界がぼやけてくる。
耳鳴りも聞こえ始めた。
キャリーは限界でぐったりと倒れてしまう。
彼女には男に一発おみまいするほどの力は、もう残っていない。
男は立ち上がり、キャリーを見下しながら言う。
「ま〜あ、俺はこれで、美味い酒を奢ってもらうよ」
言い終わると背を向け、片手を振りながら男は立ち去って行った。
キャリーは薄れゆく意識の中、動けない体を必死に動かそうとする。
やっとの思いで上がった腕はもう、鍵には届く事はなかった。
最後に見たのは焚き火を囲って、メアリーと一番親しく話していた仲間の姿だけだった。
「………!」
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
いつ見ても痛ましい……胸が苦しくなるよ。
ただ、きっと今まで立場が逆な状況は多く見ていた気がします。
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