表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/178

サソリの尻尾 Lv.4

 山道を通って避難する村人たち。

 ニーナは馬車に乗れなかった子供達を連れて後方を歩いていた。


「ニーナ姉ちゃん、怖いよ……」


 怯える子供にニーナは優しく宥める。


「大丈夫だよ。後ろのお姉さんが私たちを守ってくれるからね」


 そう言いながらチラリと後ろを振り返る。

 ベージュのコートに、ミルクティー色の髪をした綺麗な女性が、ジッと通ってきた道を眺めていた。


「お姉さん?」


 ニーナの呼びかけに彼女は答えない。

 代わりに船頭で馬車を引く小柄の老人テトに呼びかける。


「テト! 馬車を走らせて!」


 険しい表情を浮かべて叫んだ。

 彼女の声が届き、テトは安全に出来うる限り、馬車を早くした。

 レサトは釘の様に細長いクナイを構える。

 睨む視線の先からピキ、ピキと枝が割れる音がした。

 山頂から降りてくる様にゾロゾロとガラの悪い人達が姿を現す。

 ボロボロの服を着た彼らは、ファドン刑務所の囚人だとすぐに分かった。


「お、ちょうど良いところに、ガキに、女がいるぜ」


「ふふ、これから長い旅をしなくちゃいけなくて、身支度をしたいの……大人しく身ぐるみ全部置いて行きなさい」


 木の枝や掃除用具など、武器と言えない物なのに、威圧的に話す彼ら。

 ニーナは子供を抱きながら嫌悪の眼差しを向ける。

 囚人の一人が彼女に気づき近づく。


「睨むなよ、俺はそう言う目を向けられると無性に腹が立つんだ」


 指を鳴らし始める囚人とニーナの間にレサトが割って入る。

 彼女は、静かに俯いていた。


「?」


 不思議に思った囚人を横に、レサトは小さくため息を吐く。

 不敵な笑みを浮かべた。

 瞬間、彼女の雰囲気は冷たくなる。

 ひんやりと凍りつく様な眼差しを脱獄した囚人たちに向けた。

 レサトはゆっくりと一つ一つ、コートのボタンを外し始める。


「お? 大人しく言うこと……おいおい、マジかよ」


 彼女がボタンを外すに連れて、囚人たちの顔色が変わる。

 険しい表情からいっぺん鼻を尖らせニタニタと笑い出した。


「あら、彼女、私よりも……」


 囚人の一人が呟きかけた。次の瞬間、レサトは着込んでいたコートをゆっくりと脱いだ。

 黒い光沢はツヤツヤとテカリ、体のラインは、くっきりハッキリと分かるスーツ。

 腰には太めのベルトが携えられていた。

 ニーナも囚人もコートの下に着込んでいたスーツに目を奪わられる。

 黙り込む周囲の静寂を、作り出したレサトは、自らの手で静寂を壊し始めた。

 コートを脱ぎ終えた彼女は間髪いれずにクナイで囚人を切り付ける。

 一瞬の出来事に驚く囚人たちをレサトは手早く無力化していった。


「うそ……強すぎ……」


 部が悪いと気づいた囚人の一人が、走り出す。

 冷徹な暗殺者は逃げる彼女を見逃さない。

 レサトは素早くクナイを投げる。

 風を切る音と共に囚人の肩を擦り、彼女を転ばせた。

 それでも逃げようとする囚人だったが、体の自由が効かない。

 段々と視界が回るのが分かる。

 毒だと気づいた時にはもう、意識が飛んでいた。


「一様、死なない毒よ」


 レサトは投げたクナイを回収しながら呟く。


「はぁ、抵抗しないで大人しくしてちょうだい。出ないと……」


 彼女は氷の様に冷たく吐き捨てる。


「ブランクのせいで、間違って殺しちゃうわよ」


 冷ややかな視線とその言葉に囚人たちは凍りつく。

 彼らは大人しく抵抗をやめた。

 脱いだコートを取りに戻るレサトだったが、まだ、ニーナがいる事に気づく。


「あなた……まだ居たの?」


 驚く彼女にニーナは、申し訳ないと頷いた。


「はぁ、ここはまだ、危険よ。あなたのお腹に疼くまる子を連れて、皆なの所に行きなさい」


 先程まで囚人に向けていた冷徹な視線は感じられない。

 代わりに少しだけ優しくて温かみのある声色で話してくれた。

 ニーナは自分に張り付いている子供に気づく。

 寝巻きの服が伸びてしまいそうな程、しっかりと握られていた。

 張り付く子供にニーナは謝る。


「……ごめんね。私たちもみんなの所に行こっか」


 彼女の言葉に子供は小さく頷いた。

 二人の様子を見ていたレサト。

 申し訳なさそうに話す。


「私は彼らを見張ってないといけないの。いい? 絶対に寄り道はしないで合流するのよ」


 念を押すように厳しく言った。

 子供達はこくりと頷き返事をして歩き始める。



 

 少しの間なのに大分距離が開いてしまったとニーナは、若干の焦りと共に感じる。

 子供はがっしりと掴まって歩きづらいのもあるのだろう。


(この子も怖いんだ)


 突然、酒場が燃えたと思えば、ゴーレムの大群が村を襲った。そのせいでファドン刑務所の囚人も脱獄。

 よく分からないのに、最悪な出来事が起きまくっている。

 眩暈がしそうだ。


「ねぇ、疲れてない?」


 歩き出して大分経つ、普段ならとっくに根を上げそうな、この子もまだ大人しくしていた。しかし、それは気持ちを表に出せていないからだ。


 子どもはこくりと縦に頷く。

 本当はとっくに疲れていたのだ。

 ニーナは足を止めて、しゃがみ込む。


「じゃぁ、おんぶしてあげよっか」


 ニッと笑ってみせた。

 子どもを安心させたいと言う気持ちもあるが、まだ、この状況の実感が持てていないのだ。だから、いつもの感じに振る舞ってしまいたくなる。

 中位の背中にゆっくりと乗り込む子ども。

 ふと、目の前に見かけない少女がいる事に気づく。


「ねぇ、あれ」


 思わず指をさしてニーナに知らせる。

 見ると黒髪にパッツンと切り揃えた前髪の少女が立っていた。


「あなたも避難に遅れた子なの? 大丈夫だよ。お姉ちゃんが連れて行ってあげる」


 そう言って目の前の少女に近づこうとした。その時、ゾッと悪寒を感じる。

 いつの間にか誰かが背後に立っているのだ。


「おや、ちょうど良かった」


 若い男の声、少女の保護者かと、ゆっくりと振り返る。

 長い白髪に枯れ木のように細長い手足の男。

 彼の手には短い槍が握られていた。


「手見上げが出来た」


 不敵に笑う男を前にニーナは開いた口が塞がらない。

 先ほどの奴らとは別行動だったのか、男が着ているのはボロボロの布切れ。つまり、彼が脱獄してきた人間だと一目で分かった。



 

 大人しくした囚人たちに眠り薬を飲ませて、動けなくさせた。

 レサトは、別に無理やり飲ませたわけではない。

 飲んで、と一言お願いしたら、彼らが大人しく飲んでくれただけだ。


 今は、離れてしまったテトや子供たちに追いつく為に走っている。

 道の途中、子供が一人泣きじゃくっていた。

 宿屋の娘と一緒にいた子だとすぐに気づく。


(置いて行かれた? いいえ、あり得ない。あの子はそんな事しない子よ……)


 人は態度や雰囲気である程度、人柄が見えてくる。

 宿屋の娘が自分より幼い子供を置いて行くようなはずがない。


「君、どうしたの? お姉ちゃんは」


 尋ねようとした。瞬間、子供はさらに大泣きし出してしまった。


「おねぇちゃんが、おいてったぁぁ」


 まさか、と耳を疑う。

 話を聞くにも先に子供を宥めないといけなかった。

 少し抵抗はあったがレサトは優しく子供を抱きしめる。


「……」


 けたたましくなる心臓。

 この子に伝われば、より一層泣かれてしまう。

 レサトは必死に鼓動を抑えた。


「大丈夫、安心して私があなたを守るから」


 髪を優しく撫でてあげた。


(手が震える……ダメ、ダメよ。我慢しなきゃ。大丈夫、大丈夫だから)


 手放したい思いを堪え、唇を噛み締め、必死に抑える。

 子供はヒック、ヒックとしゃっくりをしながら必死に何かを伝えようとしてきた。


「白くて大きな木が、おねぇちゃんをね、つれてったぁぁ! おいてった!」


「白くて大きな木?」


 首を傾げる。

 子供はもっと詳しく話そうとできうる限りの表現を使った。


「ボロボロのフクで、オシロにくらす、ワルイひと、ながいボウをもってたノ!」


 レサトは子供の話を必死に汲み取る。


(ボロボロの服、お城に暮らす、悪い人……恐らく脱獄した囚人ね)


 拙い言葉でもわかる部分はある。

 レサトは子供を優しく宥めながら他に何か知らないか尋ねた。しかし、知らないと大きく首を横に振るだけだった。


「おねぇちゃんが、ワタシだけつれてけってオイテったの!」


 頑張って話してくれた子をレサトは優しく宥める。


「怖かったね。大丈夫、私がみんなの所まで連れてってあげるわ」


 取り敢えず、抱え上げてテトと合流する事に決めた。

 子供の話からニーナが攫われたのだと分かる。

 抱え上げた子供には見えない様にしながら、レサトは険しい顔を浮かべていた。


「大丈夫、私が連れ戻してあげるから」


 決意と慰めを呟く。


 ふと、木の裏から見知った顔が飛び出てくる。

 虎の耳に尻尾をした娘。

 彼女の背中にはローブを羽織った少女が、顔を青くしていた。


「!」


 驚くレサトに相手も気づき、目を見開く。

 目の前に現れたのは、オットーだった。

あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。

どうも、あやかしの濫です。

レサトさんは人に触られたくなんじゃなかったっけ?

はい、滅茶苦茶無理してす。気が滅入るぐらい。

でも、泣いてる子供をそのままにできないんですよ。

優しいですね……

途中で現れた男は「八重する企みと囚人たち Lv.4」で

出てきた嫌味な男、カニンチェン・ノイマンです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ