サソリの尻尾 Lv.4
山道を通って避難する村人たち。
ニーナは馬車に乗れなかった子供達を連れて後方を歩いていた。
「ニーナ姉ちゃん、怖いよ……」
怯える子供にニーナは優しく宥める。
「大丈夫だよ。後ろのお姉さんが私たちを守ってくれるからね」
そう言いながらチラリと後ろを振り返る。
ベージュのコートに、ミルクティー色の髪をした綺麗な女性が、ジッと通ってきた道を眺めていた。
「お姉さん?」
ニーナの呼びかけに彼女は答えない。
代わりに船頭で馬車を引く小柄の老人テトに呼びかける。
「テト! 馬車を走らせて!」
険しい表情を浮かべて叫んだ。
彼女の声が届き、テトは安全に出来うる限り、馬車を早くした。
レサトは釘の様に細長いクナイを構える。
睨む視線の先からピキ、ピキと枝が割れる音がした。
山頂から降りてくる様にゾロゾロとガラの悪い人達が姿を現す。
ボロボロの服を着た彼らは、ファドン刑務所の囚人だとすぐに分かった。
「お、ちょうど良いところに、ガキに、女がいるぜ」
「ふふ、これから長い旅をしなくちゃいけなくて、身支度をしたいの……大人しく身ぐるみ全部置いて行きなさい」
木の枝や掃除用具など、武器と言えない物なのに、威圧的に話す彼ら。
ニーナは子供を抱きながら嫌悪の眼差しを向ける。
囚人の一人が彼女に気づき近づく。
「睨むなよ、俺はそう言う目を向けられると無性に腹が立つんだ」
指を鳴らし始める囚人とニーナの間にレサトが割って入る。
彼女は、静かに俯いていた。
「?」
不思議に思った囚人を横に、レサトは小さくため息を吐く。
不敵な笑みを浮かべた。
瞬間、彼女の雰囲気は冷たくなる。
ひんやりと凍りつく様な眼差しを脱獄した囚人たちに向けた。
レサトはゆっくりと一つ一つ、コートのボタンを外し始める。
「お? 大人しく言うこと……おいおい、マジかよ」
彼女がボタンを外すに連れて、囚人たちの顔色が変わる。
険しい表情からいっぺん鼻を尖らせニタニタと笑い出した。
「あら、彼女、私よりも……」
囚人の一人が呟きかけた。次の瞬間、レサトは着込んでいたコートをゆっくりと脱いだ。
黒い光沢はツヤツヤとテカリ、体のラインは、くっきりハッキリと分かるスーツ。
腰には太めのベルトが携えられていた。
ニーナも囚人もコートの下に着込んでいたスーツに目を奪わられる。
黙り込む周囲の静寂を、作り出したレサトは、自らの手で静寂を壊し始めた。
コートを脱ぎ終えた彼女は間髪いれずにクナイで囚人を切り付ける。
一瞬の出来事に驚く囚人たちをレサトは手早く無力化していった。
「うそ……強すぎ……」
部が悪いと気づいた囚人の一人が、走り出す。
冷徹な暗殺者は逃げる彼女を見逃さない。
レサトは素早くクナイを投げる。
風を切る音と共に囚人の肩を擦り、彼女を転ばせた。
それでも逃げようとする囚人だったが、体の自由が効かない。
段々と視界が回るのが分かる。
毒だと気づいた時にはもう、意識が飛んでいた。
「一様、死なない毒よ」
レサトは投げたクナイを回収しながら呟く。
「はぁ、抵抗しないで大人しくしてちょうだい。出ないと……」
彼女は氷の様に冷たく吐き捨てる。
「ブランクのせいで、間違って殺しちゃうわよ」
冷ややかな視線とその言葉に囚人たちは凍りつく。
彼らは大人しく抵抗をやめた。
脱いだコートを取りに戻るレサトだったが、まだ、ニーナがいる事に気づく。
「あなた……まだ居たの?」
驚く彼女にニーナは、申し訳ないと頷いた。
「はぁ、ここはまだ、危険よ。あなたのお腹に疼くまる子を連れて、皆なの所に行きなさい」
先程まで囚人に向けていた冷徹な視線は感じられない。
代わりに少しだけ優しくて温かみのある声色で話してくれた。
ニーナは自分に張り付いている子供に気づく。
寝巻きの服が伸びてしまいそうな程、しっかりと握られていた。
張り付く子供にニーナは謝る。
「……ごめんね。私たちもみんなの所に行こっか」
彼女の言葉に子供は小さく頷いた。
二人の様子を見ていたレサト。
申し訳なさそうに話す。
「私は彼らを見張ってないといけないの。いい? 絶対に寄り道はしないで合流するのよ」
念を押すように厳しく言った。
子供達はこくりと頷き返事をして歩き始める。
少しの間なのに大分距離が開いてしまったとニーナは、若干の焦りと共に感じる。
子供はがっしりと掴まって歩きづらいのもあるのだろう。
(この子も怖いんだ)
突然、酒場が燃えたと思えば、ゴーレムの大群が村を襲った。そのせいでファドン刑務所の囚人も脱獄。
よく分からないのに、最悪な出来事が起きまくっている。
眩暈がしそうだ。
「ねぇ、疲れてない?」
歩き出して大分経つ、普段ならとっくに根を上げそうな、この子もまだ大人しくしていた。しかし、それは気持ちを表に出せていないからだ。
子どもはこくりと縦に頷く。
本当はとっくに疲れていたのだ。
ニーナは足を止めて、しゃがみ込む。
「じゃぁ、おんぶしてあげよっか」
ニッと笑ってみせた。
子どもを安心させたいと言う気持ちもあるが、まだ、この状況の実感が持てていないのだ。だから、いつもの感じに振る舞ってしまいたくなる。
中位の背中にゆっくりと乗り込む子ども。
ふと、目の前に見かけない少女がいる事に気づく。
「ねぇ、あれ」
思わず指をさしてニーナに知らせる。
見ると黒髪にパッツンと切り揃えた前髪の少女が立っていた。
「あなたも避難に遅れた子なの? 大丈夫だよ。お姉ちゃんが連れて行ってあげる」
そう言って目の前の少女に近づこうとした。その時、ゾッと悪寒を感じる。
いつの間にか誰かが背後に立っているのだ。
「おや、ちょうど良かった」
若い男の声、少女の保護者かと、ゆっくりと振り返る。
長い白髪に枯れ木のように細長い手足の男。
彼の手には短い槍が握られていた。
「手見上げが出来た」
不敵に笑う男を前にニーナは開いた口が塞がらない。
先ほどの奴らとは別行動だったのか、男が着ているのはボロボロの布切れ。つまり、彼が脱獄してきた人間だと一目で分かった。
大人しくした囚人たちに眠り薬を飲ませて、動けなくさせた。
レサトは、別に無理やり飲ませたわけではない。
飲んで、と一言お願いしたら、彼らが大人しく飲んでくれただけだ。
今は、離れてしまったテトや子供たちに追いつく為に走っている。
道の途中、子供が一人泣きじゃくっていた。
宿屋の娘と一緒にいた子だとすぐに気づく。
(置いて行かれた? いいえ、あり得ない。あの子はそんな事しない子よ……)
人は態度や雰囲気である程度、人柄が見えてくる。
宿屋の娘が自分より幼い子供を置いて行くようなはずがない。
「君、どうしたの? お姉ちゃんは」
尋ねようとした。瞬間、子供はさらに大泣きし出してしまった。
「おねぇちゃんが、おいてったぁぁ」
まさか、と耳を疑う。
話を聞くにも先に子供を宥めないといけなかった。
少し抵抗はあったがレサトは優しく子供を抱きしめる。
「……」
けたたましくなる心臓。
この子に伝われば、より一層泣かれてしまう。
レサトは必死に鼓動を抑えた。
「大丈夫、安心して私があなたを守るから」
髪を優しく撫でてあげた。
(手が震える……ダメ、ダメよ。我慢しなきゃ。大丈夫、大丈夫だから)
手放したい思いを堪え、唇を噛み締め、必死に抑える。
子供はヒック、ヒックとしゃっくりをしながら必死に何かを伝えようとしてきた。
「白くて大きな木が、おねぇちゃんをね、つれてったぁぁ! おいてった!」
「白くて大きな木?」
首を傾げる。
子供はもっと詳しく話そうとできうる限りの表現を使った。
「ボロボロのフクで、オシロにくらす、ワルイひと、ながいボウをもってたノ!」
レサトは子供の話を必死に汲み取る。
(ボロボロの服、お城に暮らす、悪い人……恐らく脱獄した囚人ね)
拙い言葉でもわかる部分はある。
レサトは子供を優しく宥めながら他に何か知らないか尋ねた。しかし、知らないと大きく首を横に振るだけだった。
「おねぇちゃんが、ワタシだけつれてけってオイテったの!」
頑張って話してくれた子をレサトは優しく宥める。
「怖かったね。大丈夫、私がみんなの所まで連れてってあげるわ」
取り敢えず、抱え上げてテトと合流する事に決めた。
子供の話からニーナが攫われたのだと分かる。
抱え上げた子供には見えない様にしながら、レサトは険しい顔を浮かべていた。
「大丈夫、私が連れ戻してあげるから」
決意と慰めを呟く。
ふと、木の裏から見知った顔が飛び出てくる。
虎の耳に尻尾をした娘。
彼女の背中にはローブを羽織った少女が、顔を青くしていた。
「!」
驚くレサトに相手も気づき、目を見開く。
目の前に現れたのは、オットーだった。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
レサトさんは人に触られたくなんじゃなかったっけ?
はい、滅茶苦茶無理してす。気が滅入るぐらい。
でも、泣いてる子供をそのままにできないんですよ。
優しいですね……
途中で現れた男は「八重する企みと囚人たち Lv.4」で
出てきた嫌味な男、カニンチェン・ノイマンです。




