夕暮れに降りてきた男 Lv.1
日が沈み、ようやくチェスのゲームから解放されたオリパス。
そろそろ、キャリーが麓まで降りてくるのではないかと宿屋から外に出る。
手を貸す事ができないので、せめてもの気持ちだ。しかし、彼女は一向に帰ってこなかった。
いい加減、心配になり始めた頃、部屋にいたレサトが外に出てくる。
ベージュのコートを身に羽織、中にはテカテカした生地が見える。
ミルクティー色の髪を後ろで束ねていた。
「レサさん、落ち着いた?」
「えぇ、本当にごめんなさい……」
頭を抱えながら謝る。
シルバーとの交渉で、一悶着あり。その時、自分がやらかしてしまったと彼女は気にしていた。だが、オリパスは、例え、揉め事がなくても上手く行かなかった事を分かっている。
その為、軽く言った。
「気にしてないよ。仕方ないんだから」
眉を顰めながらレサトはうな垂れる。
自分の欠点に自覚している分、余計に凹んでいるのだ。
ただ、いつまでも項垂れている訳には行かないと話を変えた。
「あの子、なかなか戻ってこないわね」
「……」
「オリパス、どうしたの?」
レサトの言葉に嫌な予感を感じてしまう。
オリパスは話すか、話さないか、悩んだが言ってみる事にした。
「もしかしたら、何かやらかしたんじゃ……」
キャリーは、他の子よりも早く動ける分、せっかちなところがある。
マシな言い方だと、素直なのだが……
後先考えない彼女なら何かやらかしていてもおかしくない。
この事にレサトも同感してしまい、目を細めて、なんとも言えない困り顔を浮かべてしまう。
不穏な気持ちになり始めた頃、山の刑務所に続く坂からバシレイアの兵士が降りて来た。
鎧と兜を身にまとい、剣を腰に携えている。
(あいつは……キャリーと親しく話していた兵士じゃないか?)
オリパスはゆっくりと近づく。レサトも彼の後に続いて行った。
「こんばんは」
「ん? あんたは……キャリーの仲間の……」
面と向かって自己紹介していない事に気づく。
オリパスはペコリと頭を下げた。
「オリパスだ。なぁ、あんた、昼間キャリーを連れてってくれた兵士だよな?」
顔が隠れて分からないので、様子を伺う。
兵士は親指で自分を指しながら答える。
「あぁ、ルーク・エンゲルだ。丁度よかった、お前たちに話したい事がある」
ルークは周囲を見渡しながら言った。
自分たちに話したい事となると、やはり、キャリーの事だ。
オリパスは覚悟して頷く。
三人は人目を避ける為に、宿屋の裏手にある木箱の周りで話す事に決めた。
「レサさん、座る?」
オリパスは木箱の方を指差す。だが、彼女は肩をすくめて断った。
代わりに坂道を下って来たルークを座らせる。
「……」
「なんだか、俺が問いただされているみたいになってるな……」
首をさすりながらルークは冗談混じりに言う。
側から見たら確かにそうだ。
木箱の上に兵士を座らせて、怪しい二人組が情報を探ろうと問いただしている。
だが、一つだけ言わせてもらうが、話をしようと言い出したのはルークの方である。
オリパスは少し深呼吸をしてから尋ねた。
「それで、話ってのは?」
「あぁ、そうだな……」
彼は少し渋りながら話し始める。
「実は……キャリーがトラブルを起こしちまった」
((やっぱり……))
オリパスも、レサトも、顔を背けたくなる事実にうなされる。
(予想は出来たのよ。なかなか、帰って来ないから……思い出すわね……大抵、こう言う時は、メアリーが迎えに行って助けてあげていたのよね)
レサトが昔のことを懐かしむ横で、オリパスは事情を聞く事にした。
「トラブルってのは……なにをやらかしたんだ?」
「看守長に煽られて殴った」
「殴った!」
何か物を壊した程度だと思っていたが、予想を遥かに超してきた。
オリパスは顔を覆ってしゃがみ込む。
次から次に問題が起きる。
先のことを考えると気が重くなった。
この事をシルバーに報告されれば、ケチをつけられて協力してもらえない。
そうなれば、戦力差が大きすぎて、スタックタウンを止める前に戦争が始まる。
困った、どうしたら、そう思い始めた時、ルークは話を続けた。
「あの場の誰も、キャリーが悪いなんて思ってないさ」
「え?」
「あいつはお前らのボスを悪く言われて殴っちまったが……正直、よくやったと思ってるよ」
彼は誇らしげに言う。
なぜ、そうも、誇らしいのかと言えば、醜悪な趣味を持つビッチな看守長に嫌気がさしていたからだ。
ただ、ルークは話せる気がしないため、隠している。
「独房に連れてかれちまったが、あれは看守長がわざと仕向けた事らしい」
「ちょっと……」
レサトが低い声で口を開く。
ゾッと嫌な気配を感じた。
オリパスは彼女の方を見る。
「ちょっと、今からそのカスを殺しに行ってくるわ」
目は鋭く、冷酷な殺気がヒシヒシと伝わってくる。
メアリーとは別の、ゾッとする嫌な汗が全身から溢れ出そうだ。
「ちょ、ちょっと、話はまだ」
ルークの言葉は聞かず、向きを変えて、歩き始めようとした。
オリパスは慌てて、彼女の裾を摘んだ。
「た、頼む、レサさん、問題を起こさないでくれ!」
滑って離してしまいそうになる。
なぜ腕を掴まないのか?
殺されたくないからだ。
オリパスは細心の注意を払いながら止めようとした。
「それに話は終わってないんだよ。頼むからキレるのは、最後にしてくれ!」
しばらくして、彼女は足を止めてくれた。
深呼吸を行い、落ち着いて、向きを脅す。
「ごめんなさい、取り乱してしまったわ……」
目を逸らしながら謝るレサト。
オリパスは今にでも過労で倒れそうになっていた。
(こいつも、こいつで、苦労してるんだな……)
ルークは同情を抱きながら続きを話す。
「一様、すぐに出させてもらった。無事にその後はシルバー様の依頼を始めてくれたよ。それでなんだが……」
彼は少し言いづらそうにしてから口を開く。
「まだ依頼の荷物が運びきれていなくて、あいつは刑務所で一晩過ごすらしい……」
「!」
オリパスは思わず驚いてしまう。
「大丈夫なのか?」
彼の問いにルークは頭をかきながら答える。
「一様、頼れる屈強な男がいるし、看守長以外は、まともな感性だから問題ない」
彼の話を聞いて、不安はありつつ、キャリーが決めたことだからと納得する。
「そうか……それなら仕方ないな。ありがとう」
「礼なんていいよ。報告は仕事なんだから。俺は、シルバー様に無事に始まった事だけ伝えに行くさ。安心しろ、お前らが不利になるようなことは言わないどくからよ」
彼はそう言って木箱から立ち上がる。
「なぜだ?」
ルークの不思議な言い回しに、オリパスは首を傾げてしまう。
「お前の仕事は報告なら嘘がない方がいいだろ……」
「正直だな。まぁ、そうなんだが……」
歯切れが悪そうに首をさする。
「俺はキャリーを応援したいんだ」
ルークの脳裏には、あの日の光景が映る。
路地裏で本性を吐き出した少女の殺意に満ちた顔。
それでも、大切な人の願いの為に我慢した彼女の心をルークは応援したかった。
「あいつは踏み止まってくれた。もし、俺が同じ立場でも、あんな風に堪えられるか分からない。当たり前だ、我慢して当然。なんて、言えるわけがない。だから、今回もお前たちが自分の国を止めようとしているのを俺は、影ながらに応援させてもらうぜ」
ルークは拳をオリパスのハートにぶつける。
彼の言葉はとても重い物に感じた。
オリパスの胸にその重みがのる。しかし、憂鬱さはなかった。
背中を押されたそんな気分だ。
「それじゃあな」
ルークは再び、別れを告げて、宿屋に入っていく。
彼の顔は兜で見えないが、きっと、気さくな笑みを浮かべているのだと想像ができる。
オリパスは彼の様な男を仲間にできたキャリーが頼もしく思えた。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
今回は話ごとにタイトルを変えて見ました。どうかな?
キャリーの心の内を知っているのってルークだけなんですよ。
僕も書いてて思い出しました。はっきりと言ってたのは彼にだけなんです。
ルークは大人として敬意をひょすると言うんでしょうか?
仁義を通してるんです。




