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テレサ 1

 ソフィーリア・エル・デ・ロー=レタリア。

 ローレタリア王国第一王女。

 わたしの嫌いなあなた。


 第一王子アレクシス・エル・デ・ロー=レタリアの双子の妹。

 太陽のようなアレクシス王子と同時に産み落とされながら、その眩しすぎる光に焼き尽くされなかった美しき向日葵の王女。

 けして、蝶よ花よと温室で育てられただけのお姫様ではないことは分かっている。

 国民には完璧なお姫様として振舞い、出過ぎず、侮られず、内外にローレタリア王家の威光を高めるあなたのことを、王都にいれば知らないではいられない。

 ローレタリア国民が心酔する、可憐な姫君。

 もしあなたを国外のつまらない貴族にでも嫁に出せば、王家の求心力に傷がつきかねないほどの人気があなたにはある。


 それでいて、近衛騎士にも匹敵する武芸を納め、王家特有の莫大な魔力を自己強化に全振りした優れた騎士でもある。

 あなたは自分のことを近衛騎士になれるかどうか程度の武芸の腕と言うけれど、ローレタリアの近衛騎士は王宮のお飾りではない。

 まごうことなく国内最精鋭の武力集団なのだ。

 姫君の身の上で、その近衛騎士に匹敵するほどの武芸をおさめていることがおかしい。

 とくに王家の三宝具を装備したときは、大陸最高峰の戦士とすら言える。

 あなたが魔王討伐の一員に選ばれたのは、お飾りでも何でもなく、純粋にその実力に依るもの。


 あなたが才能に満ちて、何の苦労もなく生きてきたなんて思っているわけではない。

 アレクシス王子は誰の目から見ても天才だけど、あなたは優秀ではあっても、どの分野においても突出した才は感じられない。

 それで、あの天才と比べられて生きなければいけないとしたら、それはどれほどの苦痛だろう。

 普通であれば精神的に歪んでもおかしくない。

 まして、あなたは魔力形質に障害を持っていて、聖剣に認められなかった。

 王位継承権を持たない、王家の落伍者。

 そんな、口さがないことを言うものだって、少なくなかったであろう。

 だけど、あなたの心根はどこまでも陽性だ。

 ただ、お花畑のように人を疑っていないわけではない。人には悪意があって、どうしようもない悪人がいることも知っていて、それでも人の善性を信じている人。

 それが、わたしをひどく苛つかせる。


 旅の間はまだよかった。

 明日どうなるかも分からない戦いの日々。

 それぞれの役割に徹することが求められ、役割を演じてさえいればよかった。

 そして、旅が終われば行きつく先は決まっていたのに。


 あなたがあんなことを言うから。

 友だちなんて。

 対等なんて。

 わけも分からなくらいの怒りと嫌悪。こんなにみじめな気持ちになったのは初めて。

 だから、つい感情的になって嫌いだと言ってしまった。

 あなたの傷ついた顔を見て、昏い喜びを覚える自分が信じられない。わたしが他人に感情をもつなんて、あるはずがないのに。

 それは、もしかしたらわたしに宿ったものがそうさせたのかもしれない。


 それでも、それで終わるはずだった。

 なのに、あなたが踏み入ってくるから。

 似合わない悪役まで演じて、わたしに近づいて来ようとするから。

 苛々して、つい総主教猊下にあなたのことを話してしまった。

 なのに、宮殿にいるように言われてしまった。宿暮らしが無理なのは分かっていたけれど、せめて宮殿にはいたくないから、小さな教会は空いていないかとお願いしたのに。


 アレクシス王子まで、わたしをあなたに委ねようとする。

 何を考えているの。そんなことをして、困るのはあなたたちの方でしょうに。


 あんまり腹が立つから、祝典の間、ずっとあなたを見ていた。

 花に群がる虫のように、あなたを囲む男たち。

 あなたがお酒を過ごすほどに、それは増えていく。


 灯りを反射してきらきらと輝く、緩やかに波打った金色の髪。

 お酒でかすかに上気して赤みのさした、白い肌。

 もともと少し垂れ目がちの目元が緩み、潤んだ青い瞳。

 かすかに開いた桜色の唇が艶めいている。

 普段の、優しげでもどこか近寄りがたい気品が緩んで、雰囲気が柔らかくなっている。


 馬鹿じゃないの。

 自分が男を引き寄せる色香を放っていることを、理解してもいない。

 本当に苛々させる。


 間に入ったのは、別に助けたわけじゃない。

 みんながわたしをあなたに近づけようとするから、適当に利用しようと思っただけ。

 あなたを利用するなんて簡単。

 あなたが求めるわたしを演じればいいだけだから。


 王女として完璧でも、人との触れ合いに飢えているのでしょう。

 何不自由なく育てられたことに、後ろめたさを感じているのでしょう。

 王女としてのあなたではなく、ただの女の子として見てほしいのでしょう。


 無関心を装いながらも、あなたから近づいてきたときだけ、触れ合い多めに接する。

 それだけでほら、あなたはわたしに執着し始めた。


「わたしのことを知りたいなんて」


 わたしは寝台の上で丸まって眠る、あなたの首筋にそっと指を添える。

 最初は行儀よく仰向けで寝ているのに、いつもいつの間にか赤ん坊のように丸くなっている。

 子どものようにあどけない寝顔。


 綺麗な人。

 優しい人。

 気高い人。

 あたたかい人。

 にくらしい、ひと。


「ねえ。そんなに好きならわたしのところまで堕ちてきて」


 あなたも堕ちればいい。

 汚れたわたしのところまで堕ちればいい。


 壊れてゆくわたしと一緒に、あなたも壊してあげる。

 わたしと友だちになりたいなんて、後悔すればいい。

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