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第5話

 目覚めた時に感じたのは、眠ったときの温かさが失われた寂しさだった。

 うすら寒さにも近いものをおぼえて、身震いしながら体を起こす。

 ローレタリアの季節は初夏で、気温は暖かなのに。


「テレサ…?」


 部屋を見回しても誰もいない。

 不安が胸を掻き立てる。

 まさか、本当に出て行ってしまったの。


 ふと、空気の流れを感じて、バルコニーに目を向けると、窓が開いており、カーテンが風に揺れていた。

 誘われるように、寝台からおりた私は、裸足のままバルコニー向かう。

 カーテンを開けると、バルコニーにはテレサとティティスが立っていて、何か話をしていた。

 ティティスが誰かに自分から会いに来るなんて珍しい。


 ティティスは見た目は十代半ばの、小柄で愛くるしい容姿の少女だけれど、実年齢は数百歳を超えると言われている魔女だ。

 魔女はたんに女の魔術士という意味ではない。

 千年前の魔導文明滅亡とともに現れたといわれる、冠絶した外魔力をもつ存在。

 不老であり、不死ではないが九人より増えることもなければ減ることもない。その中でもティティスは最も古い魔女として伝説に謳われている。

 今回、私たちが魔王を倒す旅を成功させることが出来たのは、ティティスの力に依るところが大きい。


 それはそれとして、私に黙って二人で話しているのは、何かすごくモヤモヤする。

 だいいち、ティティスは旅の間だってアレク以外に話しかけることなんてほとんどなかったのに、わざわざテレサに会いに来るなんて。

 テレサも肌着一枚でバルコニーに出て、中庭から誰かに見られたらどうするの。


 テレサは旅で使っていた自分の背嚢をティティスから受け取ったところで、私に気が付いて振り向いた。


「おはようございます、姫さま」

 

 何事もなかったかのようなテレサの態度に、胸がざわめく。


「おはようございます…ティティスも」


 ティティスは、その茫洋とした灰青の瞳を私に向ける。


「あまりテレサに関わるな、ローレタリアの姫」

「はい?」


 意味が分からず聞き返すけれど、返事はなく、小さく何事か呟くと、空間が裂けてその中に姿を消す。

 此方と彼方をつなぐ、失われた古の転移魔術。

 視界内かアンカーと呼ばれる目印を設置した箇所に、しかも自分自身しか移動できないけれど、この魔術のおかげで、私たちは大量の補給物資を持たずに、少人数で目立たずに旅をすることが可能だった。


 とは言え、人の部屋に侵入しておいて、無視ですか、そうですか。


「何を話していたのですか?」

「大したことは。荷物を届けてくれただけです」


 そんなことのためだけに、わざわざ動く魔女ではない。

 私は自分の機嫌が急降下するのが分かった。

 昨日の夜のことだって、私はまだ納得できていない。

 私はテレサのお友だちになりたいのであって、彼女の機嫌をとりたいわけではないし、彼女に私の機嫌をうかがってほしいわけでもない。


「そうですか。出ていくおつもりですか?」


 私はテレサが抱える荷物を見て言う。

 返事がないことに疑問を感じてテレサの顔を見ると、少し困ったように眉を下げていた。


「そのことなのですが、しばらくおいてもらってもよろしいでしょうか」


 嬉しいけれど、素直に喜べない。

 テレサの判断は、私への感情とはまったく関係ないところで決められている気がする。

 でも、テレサは私のことが嫌いなのだから、欲張っていろいろ求めるべきではない。


「もちろんです」


 私はテレサの手を掴んで、バルコニーから部屋の中に引っ張る。

 彼女のあられもない姿を、他人には見られたくない。


「これからのお話しをしましょう」


 昨夜と同じように、二人で寝台に腰をおろす。


「私は日中ほとんど公務で部屋には戻れません。テレサはどうしますか」

「とくに?することもないのでここにいます。あ、ご飯どうしましょう?」


 少し、意外に思った。

 テレサは敬虔と言うよりは、聖女を仕事としてとらえていて、だからこそ仕事の手は抜いたりはしない人だ。

 それなのに今のテレサは、聖女の義務をこなそうとしているようには見えない。


「食事はここに届けさせましょうか」

「そういうのはちょっと」


 すごくいやそうな顔をした。

 自分のためだけに、手間をかけさせるのがいやなのだと分かった。


「手形を手配させますので、それで宮殿内の施設は自由に使えます。食堂は手形を届けさせるものに案内するように言っておきますので。服はクローゼットに入っているものを使ってください」

「ありがとうございます」

「…本当にずっとここに?」

「姫さまのお帰りを待っています」


 んん!!

 そういうことを、表情一つ変えずに言う。


「でも、退屈でしょう」

「暇になったら、本でも読んでいるか、散歩をしています。書庫を使わせていただいても?」

「禁書でなければ、書物の持ち出しも手形でできます」


 私は上目遣いにテレサを見る。


「あの、お散歩は少し待っていただけませんか」

「かまいませんが?」

「私がご案内しますので、なるべく早く予定を空けます」

「お急ぎにならなくても、大丈夫ですよ。部屋で待ってますから」

「絶対ですよ。約束ですから」


 食い気味に言う私に、テレサは苦笑いを浮かべる。


「分かりました。約束です」


 貴女が、私との約束なんて大したことではないという顔をするから。

 私は不安になってしまう。

 ここにいることだって、すぐに気が変わってしまうんじゃないかって。


「…あと、ここにいるのでしたら一つだけ決まりを守ってください」


 ああ、思い付きで余計なことを言おうとしている。

 でも、言葉は止められない。


「決まりですか?」

「はい。ここに帰らない日は必ず先に言ってください」


 めんどうくさい女。

 約束で人を縛ろうとするなんて。

 テレサが何か事情があって、ここに留まらざるをえないことを分かっていて、つけこんでいる。


「外には出ないと思いますが?」

「それでも約束してください。何も言わずに帰らないことはしないと」


 こんな約束してもらっても、意味なんてない。

 約束はお互いの信頼がなければ、ただの言葉でしかない。


「分かりました。もし外出するときは必ず行き先をお伝えします」


 私はテレサの膝に置かれた手に、自分の手を重ねる。


「約束を破ったら怒りますよ」

「ふふ」

「何で笑うんですか。本当に怒るんですから」

「怒ったらどうするんですか?」


 テレサの手が裏返って、私の手を握り返してくる。

 親指が私の手の甲をつうっと撫でて、くすぐったいような甘い痺れがはしる。


「どうするって…え、と、打ちます!」

「…え、姫さまに打たれたらわたし、死んじゃいますよね」


 しまった、本気で引かれてしまった。

 たしかに一緒に旅をして、私の白兵戦能力を知っているテレサからしたら、私に殴られるというのは恐怖かもしれない。


 私はテレサの手を、ぎゅっと握る。


「約束を破らなければいいだけです」

「それはそうですが」


 言ってから気が付いた。

 テレサが約束を破ったら、殺してもおかしくない自分がいることに。

 そんなことはしない。しないけれども、間違いなくそういう感情を抱くであろう自分が想像できてしまった。


 だから、お願いテレサ。

 勝手なことは分かっているけれども、私との約束を破らないで。

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