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テレサ 6

 夜半に目が覚める。

 どうやら、気を失っていたようだ。


 素肌に感じる温もりが心地よい。

 わたしを抱きしめるようにして隣で眠るあなたのあどけない寝顔に、自然と笑みが零れた。

 気を失うまで責め立てた人の腕の中で、こんなに温かで穏やかな気持ちになれるなんて、わたしもいよいよおかしくなっている。


 あなたのしなやかな腕から抜け出して、裸のまま上半身を起こす。

 寝乱れた金の髪に、そっと触れる。


 分かっている。

 本当はわたしが触れていいような人ではない。

 わたしが触れただけ、この人が穢れてしまう。

 それでも、わたしはこの一夜が欲しかった。


 戴冠式の前に、アレクシス王から式が終わり次第、王都を出ることを告げられた。

 それはただ来るべき日が来ただけのこと。

 どちらにしろ、浸食は限界まできている。

 わたしが思ったのは、もうあなたと話すこともできなくなるのか、ということだけだった。


 それなのに、あなたは会いに来てくれない。

 そんな理不尽な怒りを抱いてしまうほどに、会いたかった。

 だから、アレクシス王に最後の時間をもらった。

 まさか、認められるとは思わなかったけど。王はもう、あなたをわたしに差し出すつもりになっているのかもしれない。

 そんなことにはけしてさせないけども。


 離れの家であなたを待つ。

 この家が好きだった。

 おかえりなさい、と言える人がいる、わたしの初めての家。


 何も伝えなかったけれど、あなたは来てくれるだろうか。

 きっと来てくれるという確信に近い信頼があるのに、欠片のような疑惑だけで心が乱れる。

 

 だから、あなたが来てくれた時、本当に嬉しかった。

 それなのに、お姫様の顔なんてするから。

 腹立たしくて、いつものあなたになってほしくて、心にもないことを言ってしまった。


 あんなに怒るなんて思わなかった。

 そんな火のような目でわたしを見ないで。


 少し前から感じていたわたしの肌を見るときや、わたしと触れ合ったときのあなたの欲。

 神殿にいたころ何度も向けられてきた、でもそれらとはまるで違う情欲。

 見目の整った肉の塊に向けられたものではない、この人はわたしと言う人間に欲情している。どうしようもなくわたしにだけ向けられた欲。


 嬉しい、と思う。

 それが友情と呼ぶべきものかどうかわたしには分からないけれど、きっと愛情と言ってもいいものだとは思える。

 この世界は、わたしを愛していないと信じていた。

 別に自分が不幸だと思っているわけではない。わたしより悲惨な生い立ちの人なんていくらでもいる。

 ただ無関心で、わたしに何も与えてはくれない世界。

 あなたはわたしをこの世界で見つけてくれた人。はじめて愛をくれた人。


 だから別に体を重ねるくらい何ともない。

 女の人の相手だって初めてではない。


 そんな軽い考えは、あなたに触れられた途端に吹き飛んでしまったけれど。

 知らない。

 知らなかったの。

 特別な人に触れられることが、こんな快楽をもたらすなんて。

 どこをどう触られても気持ちよくて、頭がおかしくなりそうだった。


 思わずいやだと言ってしまったのは、拒絶したんじゃないの。

 あなたに溺れてしまいそうで、怖くなったの。

 だからそんな泣きそうな顔で意地悪を言わなくたっていい。


 孤独を知ったわたしは、魔王の器として罅が入ってしまった。

 遠くない未来に、孤独に耐えられずに魔王となったかつての魔女たちと同じ道をたどるだろう。

 この人にそんな姿を見せて苦しめたくはない。


 あなたに傍にいてほしい。魔王になるくらいなら、あなたの手で終わりたい。

 わたしの言葉にしない望みを、あなたは叶えてくれると言った。


 それだけで十分。

 その言葉と、今夜の思い出があれば大丈夫。

 せめて、あなたが天寿を全うするくらいは、魔王を抑えて見せましょう。

 ああ、でもあなたの手にかかって最後を迎えることができるなら、どんなに幸せだろうか。


 あなたの髪をかき分け、額に唇を落とす。

 最後の口づけ。

 唇では、未練が残りすぎる。


「さよなら。わたしの姫さま」

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