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第26話

 アレクの戴冠式は滞りなく終わり、宮殿へのパレードから、そのまま晩餐会が始まる。

 パレードからずっと、テレサはアレクの近くにいる。


 私も王室の一員として近くに控えているけれど、テレサに近づいたり、話しかけられるような雰囲気ではない。

 アレクの横で如才なく招待客の対応をしているテレサの横顔を、ずっと見ている。

 王室と正教会の連帯を見せるためだと理解はできるけれど、愉快ではない。

 アレクは戴冠式に先立って他の五王国の姫を正妃に迎えることを公表しているから、おかしな誤解をされることはないけれど感情は納得できない。


 それに。

 アレクが招待客に対応している時。

 次の招待客と入れ替わるほんのわずかな時。

 自分に誰の目も向いていない瞬間を捉えて、テレサの目線が私の方を向く。


 当然、ずっとテレサを見ている私と目が合う。

 何度も、何度も目が合う。


 何。なんなの。

 なんでそんな咎めるような目で見るの。

 不満なのは私の方なのに。

 そう思って、同じ目で返す。


 目が合う隙は一瞬で、すぐに視線は逸れてしまう。

 だけれど、また私の方を見る。

 そんなことを、ずっと繰り返している。


 こんな晩餐会は早く終わってしまえばいい。

 でも、終わったあと、どうなるのでしょう。

 テレサは戻ってきてくれるのでしょうか。

 戻ってきてくれても、あと何日一緒にいられるの。


 あの日から私はずっと考えている。

 アレクから渡された正教会の不正資料を読んでしまったあの日から。

 私はテレサと…


◇◇◇


 ローレタリアの宮殿を囲む城郭区は軍事施設になっていて、その地下には様々な施設がある。

 地下牢もその一つ。

 地下牢にも種類があり、私が今向かっているのは、社会的立場の高い要人を収監している一画だった。


 石造りの地下牢は、ドレスでは少し肌寒い。

 要人用の牢は、個人に一室が割り当てられていて、完全に隔離されている。これは厚遇と言うよりは、知能指数の高い犯罪者同士を会話できる環境に置くことで発生する危険を避けるためらしい。

 逆に言えば、牢の中での会話が外に漏れることもない。


「姫様、本当に一人で会われるのですか」


 鉄扉の鍵を開けながら不安を滲ませて、近衛のサリア隊長が言う。


「ええ。王家と教会の秘事に関わりますので、聞かせることはできません」

「…そうですか」

「サリア隊長。鍵を貸していただけますか」


 私の言葉に、サリア隊長は一瞬何を言われたか理解できない顔をする。

 直後に目に見えるほどの動揺を浮かべる。


「姫様、それは」

「拒否も理由を問うことも許しません」


 私がこんな理不尽で強い言葉を、王女として使ったのは初めてだ。

 たじろぐサリア隊長に心が痛む。

 それでも、今の私にはもっと優先すべきことがある。


 催促するように差し出した私の掌に、サリア隊長が鍵をのせる。


「…姫様、くれぐれもお気を付けください」

「ありがとうございます」


 せめてもの忠言に礼を言い、サリア隊長の開けた扉をくぐる。

 背後で扉が閉まる音を聞きながら、牢の中を見回す。

 石造りの牢はさほど広くもないけれど、圧迫感を覚えるほど狭くもない。入り口側が鉄格子で区切られているのは、接見や食事を支給するためでしょう。


 その鉄格子の向こう。簡素な寝台に座る囚人。

 年齢的には四十半ばのはずだけれど、それよりは全然若く見える端正な顔立ちの男性。

 着ている服こそ簡素な囚人服だけれど、入浴も許されるこの区画の囚人は髭も剃られていて清潔で、なるほど収監前の立場をうかがわせる雰囲気がある。


 私を見る、感情をうかがわせない静かな菫の瞳が、どこかテレサを思い出させて吐き気にも似た不快感を催す。

 その不快感は私の中の憎悪を容易に掻き立て、殺意が溢れそうになる。


「アーミッシュ主教ですね」

「元、主教です。王女殿下」


 穏やかな低音の声。

 見た目、声、雰囲気。全てが、この男の罪状を知っていても、悪い人だと思うことに疑問を覚えさせる。

 だけれど、私にとってはこの男が本当は善人であろうが関係ない。

 この憎しみは、この男が悪事を為したからではないのだから。


「よく、私のことが分かりましたね」

「ご尊顔を拝するのは数年ぶりですが、王家の方を見間違えることなどありえません」

「さすがに二十代で主教位に上り詰めた方は口もお上手ですね」


 心の中の憎しみとは裏腹に、どこまでも冷たい声が出る。

 その声も、揶揄も、穏やかな表情で受け流される。

 この男は、罪を犯すその時もこの顔だったのでしょうか。

 この表情で、こんな悟ったような顔で…!


 私は大きく息を吸って沸騰しそうな頭を冷やして、それから鉄格子の鍵を開ける。

 それを意外そうな顔で見ている男を横目に、私は鉄格子のなかに入った。


「殿下。少し不用心ではありませんか?」

「逃げ出そう、などとは思わないことです」

「勿論です。外には近衛の方も控えていらっしゃるでしょうし。しかし、私が殿下に危害を加えるとは思わないのですか?」


 その言葉に私は冷笑を返し、無造作に近づく。

 むしろ、是非危害を加えようとしてほしい。

 そうしたら何の呵責もなく、殴り殺してあげられる。


「魔力を封じられた貴方が、私を?試してみるといいのでは。ローレタリアの王族が、須らく騎士であることを思い知ることになるでしょう」


 魔術や法術を使える犯罪者は、「制約」の魔術によって術の行使を禁じられている。

 術を行使しようと考えるだけで耐えがたい痛みに見舞われ、無理に行使すれば死に至る。大陸条約で定められた犯罪者以外には使用を許されない禁術であり、強力ではあるけれど被術者が同意しなければ無理にかけることはできない術でもある。


 内魔力なら使えないわけではないけれど、魔力を意図的に運用しようとした時点で激痛が発生するため、戦いに用いるのは現実的ではない。

 そもそも、体つきこそ引き締まってはいるが、武芸者ではないこの男が内魔力を練れたところで、私なら素手で肉塊にできる。


「これは、言葉が過ぎました。なにぶん人と話すのは久しぶりなもので、ご容赦ください」


 漏れている私の殺気に対して、内心はどうか分からないけれど、表面的には落ち着いているのだから大したものだとは思う。


「いいでしょう。ですが、言葉には気を付けることです」


 私は男の目の前に立って、冷たく見下ろす。


「畏まりました。ああ、跪いたほうがよろしいですか」

「そのままでけっこうです」


 貴族同士では格式に応じた礼儀はあるけれど、庶民が貴族に対して取るべき礼儀は定められていない。

 とくに正教会は五王国でも不介入の相手。元とは言え、その主教の地位は大貴族にも正面からものを言って非礼にはならない格式。

 だけれど、この人が私に対して慇懃無礼なのは、きっと私の立場を知っているから。

 聖剣を継承出来なかった王族なんて、精霊を信奉する正教の司祭から見れば、精霊に見放されたようにすら見えるのでしょう。


「アーミッシュ元主教。このたびアレクシス王太子の即位に当たり、貴方には恩赦が下されることになるでしょう」


 恩赦と言う言葉にとくに喜びも見せずに、男は怪訝な顔をする。


「随分とお早い譲位ではありませんか。今上陛下に何かご不幸でも?」

「いいえ。魔王討伐の功によるものです」

「なるほど。魔王討伐者は聖剣の真の主。王権レガリアの体現者と言えますからね」


 納得して頷いた男は、そのまま言葉を続ける。


「さて、王女殿下がこの咎人に、わざわざ人払いまでしてそれを伝えに来られたわけではないでしょう」

「話が早くて助かります」


 私は小さく息を吐く。

 本当は知りたくなんてない。

 書類で読んだだけで、一晩嘔吐が止まらなくなったくらいなのだから。

 それでも、これを知らないままでは私は先に進めない。


「聖女テレサについて、貴方が知っている全てを」

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