夢
その日、俺は夢を見た。
壁一面にお尻がいっぱい埋まっていて、その壁がどんどん迫って来る夢だ。
そしてついに押しつぶされて――
目が覚めたらやっぱりケツがあった。
「何で!?」
いまが何時かはわからないが暗がりでもわかる至近距離のケツ。
慌てて跳ね起きて電気をつけたら、そのケツには真っ赤な髪がしだれかかっていた。
ケツ丸出しの赤髪バスローブの女が誰かはわかっているが、俺の部屋は一人部屋のはずなのだ。コイツがいるのはおかしいのだ。
v学の寮は相部屋が基本だ。俺も中学入学当初は九介と同室だった。
しかし、ほどなく「こいつと同室だと、幼女と寝ているみたいで落ち着かない」と他のクラスメートと交代。
そいつも「すまん。何かに目覚めてしまいそうで怖い」と二日で断念。
他にも強硬に同室になりたがる男がいたが、そっちは俺の方が怖いのでお断りした。
だからといって、v獣出現時の安全性の観点からも一人より相部屋が望ましい。
そこで寮長が自分と相部屋をと申し出てくれたのだが、その人もVTT上がりの20代女性である。みんなからも「カーチャン」と呼ばれているくらい包容力がある人だ。
多感でカッコつけな男子高校生たちがカーチャンと呼ぶくらいだから、ふわりちゃんの俺に対する可愛がりみたいな方向かというとむしろ逆で、豪快な姉御肌だ。カラッとして細かいことを気にしない器のデカイ人という印象。
俺が幼女扱いされるのは悲しいことにいつものことだが、寮長にかかったら、男子高校生全員幼児みたいなもののようで、軽くあしらわれる。
そんな人だが、俺みたいな奴を見たら、とにかく世話焼きになる。
小学生と幼稚園児の娘姉妹によく似ているらしい。切ない事実だが、その子に向けられるはずだった愛情がこちらに正面衝突してくるのだ。ふわりちゃんもたいがいだが、寮長もたいがいである。
そんなわけで流石に同室は断った。
10年20年して、このチャンスを棒に振ったことを後悔するのかもしれないけど。
そんなわけで、俺は一人部屋なのだ。
だから、ケツなんかあるわけないし、赤髪なわけもないのだ。
「何やってんだーっ!!」
「……むにゃむにゃ」
起きやしない。
むにゃむにゃとか言う奴はいないので、本当は起きてるんだろうと思うかもしれないが、こいつの場合はマジだ。
小学生の頃、うちに勝手に上がり込んで冷蔵庫を漁った挙句、リビングで大の字になって爆睡して、「もう食べられないぞよ……」とか寝言してたくらいだ。
ちなみにおかえしにこいつが勝手にうちの冷蔵庫に置いていた「暴君の」と書かれたプリンを食ってやったらマジギレした。
プリン食べられてあそこまで激怒する人間も実在するとは思わなかった。漫画かよ。俺のコーヒーゼリー3個入りを食らいつくしたくせに。
思いだしたら腹が立ってきたし、起きないので、鼻をつまんで口をふさぐ。
「ぷわっ!」
悪魔祓いの映画か何かというような垂直の跳ね上がり方して真っ赤な髪が風圧で広がった。
ベッドの上に立ち上がるバスローブ女。
「なにをするー!!」
「こっちのセリフだ馬鹿!」
「誰が馬鹿だ! 暴君は学年4位の成績だぞ!!」
「お前みたいなやつは1位かドベかどっちかにしろ!!」
「うぬぬー!! なんたる理不尽な物言い!! そういうのは暴君っぽいから、お前が言うのはダメだ!!」
キレるのそこかよ。
「っていうか、何でお前がここにいるんだよ!!」
「己の胸に手を当てて考えてみよ!!」
え? 俺、何か悪いことしたっけ?
いや、待てよ。
不可抗力といえ、あの最低のオブジェ状態になったのは、男として問題があるかもしれない。
……違うな。あれは不可抗力以前に、こいつが飛び込んできたせいだし、こいつが暴れたせいだ。
「覚えがないな」
「このヒヨコ者ぉ!!」
「ヒヨコ者ってなんだよ! 浮気者みたいな言い方しやがって」
「貴様の記憶力がニワトリレベルかつ愛らしいからヒヨコなのだ!!」
「説明しないとわかんねえこと言ってんじゃねえ!!」
「貴様、ふわりとイチャついていただろう!!」
漫画のように頬を膨らませて言う暴君。
「イチャ……? 事故だあれは!! っていうかお前には関係ないだろ!!」
「かっ……関係ないと申すか!!」
髪色に近くなるまで顔を赤くする暴君。
申すってなんだよ。大岡越前が裁いてるのか。
「ふわりは暴君のものだと言ったはずだ!! くんずほぐれつしていいのは暴君だけなんだぞ!!」
「本人否定してるだろ!! っていうかだとしてもここでケツ出して寝てるのはなんなんだよ!! 脳の回路が四次元と接続してるのか?」
「馬鹿者!! つまり命人の頭の中は、ふわりの尻でいっぱいということであろう!」
勝手に決めるな!!
……
…………
………………
いや、あんな夢見たくらいだもんな。
ない、とはとても……
「ほうら!! 返事できぬ! 図星だろう!!」
「だ、だから! だったらどうなんだよ!! お前には関係ないだろ!!」
「気にくわぬ!」
「は?」
昭和の名優みたいなオーラのバスローブ暴君が、腕組みしてあぐらになり、ドカッと座り込む。相当お怒りのご様子。
だが言ってる意味は理解不能だ。
「暴君の傍に侍っておきながら、暴君の尻以外に欲情するとは情けない!!」
「どういうプライドなのそれ!?」
「だから尻を下賜してやりに来たのだ」
「すごいな。同じ言語を喋ってるのに意思疎通が出来ない」
「ならば肉体言語といこう!」
暴君は飛び交ってくるや否や、素早い動きで俺のバックをとる。
悔しいが、体格はあいつのほうが全然でかい。素手での勝負で俺に勝ち目はない。うらやましいほど長い手足で簡単に体をロックされてしまった。
そしてそのまま俺の背中に腰を下ろし、両手で首をチョークする。
いわゆるキャメルクラッチの体勢だが、体格差がありすぎるので、そのままチョークスリーパーも出来てしまうのだ。
殺人技組み合わせてるんじゃねえ……!!
「ぐぐぐ……」
シンプルな技ながら、体格差もあってとても抜け出せない。
「ニャハハハハハ!! どうだ! 暴君の尻を背中に感じよう!!」
「バ……」
バカか。技が極まりすぎてそれどころじゃない。
背中の反りは大したことないが、首が完全に極まっている。
「存分にぷにを楽しめ! 我が恩寵である!」
苦し……
酸……そ……
このあとの記憶が無い。