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 尻だ。

 繰り返す。

 尻だった。

 階段のそばにはスペース――階段の横が収納になっているので、そこへ行くための通路――があるが、その奥の壁に、スカートのお尻部分だけが突き出している。

 つまり、女生徒の尻が、壁から生えていた。

「ま、まさか……ふわりちゃん……? おーい、おーい」

 声をかけてみたが、反応はない。

 ここの壁はそこまで厚くないから、反対側に顔は出ているはずだ。

 窒息はしていないと信じたいが……

 反対側に回るには、最短だとそばの教室の窓から出るしかない。

 意識がない以上、そんな悠長なことをしている暇はない。

 全く事態は呑み込めていないが、最悪の想像が頭に浮かんでしまう。

 仕方ない――

「悪いけど、緊急事態なんだ……!」

 俺は、気付けのつもりでその尻をひっぱたいた。

「ひゃあん!?」

 すると、壁の向こうで声がした。

 ふわりちゃんの声だった。

「誰ぇ!? 私のお尻を叩いたの~!!」

「そ、その……すまない。俺だ……」

「その声は……アキラちゃん!?」

「意識が無いみたいだから、気付けをと思って……」

「そ、そうなんだ……でも、女の子のお尻を叩いちゃ、めっだぞ!」

「返す言葉も無いよ……」

 俺だって慌てて判断を誤った気がするが、もうどうしようもない。

「もう……なんでよりによってアキラちゃんなの……こんな姿見られて……やだぁ~」

「いや、ほんと、なんかごめん……」

 女の子がたとえスカート越しとはいえ、お尻を晒す羽目になったんだ。

 恥ずかしいなんてものじゃないだろう……

「でも、何でこんなことに……?」

「それが……シャッターを下ろしに来たんだけど、ヌリカベに捕まってしまって……」

「ええっ!?」

「それで、慌ててEGGを使ったんですけど……気づいたらこんなことに……」

「なるほど……そういうことか」

 これで、合点が行った。

「何が何だか……」

「おそらく、v域と校舎が重なってたせいだろうね。ヌリカベがv域側にふわりちゃんを連れて行こうとした、その途中でEGGを使って気絶したものだから、観測が途切れてv域から現実空間に引き戻された……でも、現実のそこは壁の中だったんだ」

「そんな~……」

 v域は疑似仮想空間だが、その本質が上書きであるために、侵食時は実体空間より優先される。

 だから座標的な意味で言えば、現実側では壁でもv域がジャングルなら、そちらが優先されて事実上の壁抜けは起こる。

「まさか……私、校舎と合体しちゃったってこと……?」

 ふわりちゃんの声は震えていた。

 無理もない。ゾッとするような想像だ。昔、戦艦の実験で人が壁に埋まるような映画があったけど、トラウマものだった。

 だけど――

「いや、それは大丈夫だと思う。融合してる感じじゃないし。そっち側に壁の一部が押し出されてるんじゃないか?」

 たぶん体勢的に逆くの字型にハマっているので見づらいかもしれないけど、足元に壁だったものは落ちているはずだ。

 なぜなら、自分に壁が混ざるのは人間の想像力を超えている。

 現実と仮想の辻褄合わせは想像力に依るが、人と壁の分子と分子がどう混ざるかなど、完璧にイメージできるとは思えない。

 だが、壁を押し出すだけなら、咄嗟の無意識下でも容易なはずだ。

「え? あ、ほんとだ。まるっと壁が……ちょっと胸が邪魔で見えないけど、落ちてるみたい」

 v域と重なり合った空間は半分仮想だ。

 存在強度が落ちているだろう。

 そうなれば、壁くらい破壊されても不思議じゃない。

「良かった。じゃあ、後はどうやって抜け出すかだけど……壁を壊すにしても一人じゃ無理だもんな。みんなを呼んで来るよ」

「ダメーッ!」

「え?」

「みんなにこんな姿見られるくらいなら死ぬっ!」

「そ、そんなこと言わないでさ……」

「アキラちゃん、押して」

「ええ?」

「引っかかってるのお尻だけだから、押してくれたらすぽんって抜けると思う!」

 どうやら、一番、骨盤が出っ張っている部分が向こう側の出口くらいの様子。

 それなら押せば出れなくはないだろうが――

「で、でも、それだとお尻を触ることに……」

「もう一回叩いたじゃない。アキラちゃんだったら触られてもいいから、押して」

 ……複雑だ。

 俺だからいいって、幼女にカテゴライズされてるってことだろ。

 男として見られていない。こんなつらいことはない。

 慣れっこだが、慣れない。

 流せるようになるだけで、言いようのないつらさは消えないのだ。

 しかし、今はそんなことを言っている場合じゃない。

「……わかった。押すよ」

 勇気を出して、両手を壁のお尻に当てる。

「ひゃっ」

「我慢して! んんんんんんん!!」

 全体重をかけて押す。

 押すほどに柔らかい感触が伝わるので、修行僧並みの精神力が要求されてくる。俺は修行僧でもなんでもないから、もう反応しちゃうのが仕方ないが――

「ぐぬぬぬぬ……」

 動いている感じがしない。v域との重ね合わせの性質上、1ミリの隙間もないジャストフィットだから仕方がないが、全体重をかけているのにビクともしないのには参った。

 ……全体重といっても、悲しいことに40キロもない、アニメのアイドルキャラみたいな体重だが……!

 かくなる上は、多少手荒になるが、助走をつけてから押してみるしかない。

 体重が駄目なら加速度だ。物理の授業でやってたアレだ。

「ごめん。ちょっと助走つけて押す」

「なんでもいいから早くしてぇ~」

 リクエストに応えて、そうすることにした。

 下駄箱から階段横のスペース奥まで、10メートルほどある。無論、校舎から出ればもっと助走を取れるが、そこまでは必要ないだろう。

「……っし!」

 俺は勢いをつけて走り出した。

 充分な加速度とともに、壁に向かって一直線。このままお尻に体当たりすれば押し出せるはずだ。

「あっ」

 と、そこで予想外のことが起きた。

 走った際の衝撃でベルトのバックルが外れてしまったのだ。

 さっき仕込みナイフを出し入れしていたのがよくなかった。もともとそのギミックのせいで強度は低いのだ。

「わっ、わわっ」

 男子用制服は最小のSを使っているが、俺の体格的にはそれより小さいため、ベルトを締めて支えている形だ。

 それが、ベルトが外れたもんだから、一気にずり落ちて足にまとわりついた。

「うわあっ!?」

 加速したままもつれた足は、止まることもできずに壁のお尻に突っ込んで行く。

「ひゃあんっ!?」

 そして視界はブラックアウト、ただ顔面に味わったこともないほどの柔らかさを感じて、重力によって引きずり落とされていく。

「うう……」

 立ち上がろうとして手をついたら、また柔らかい感触。顔面を覆う柔らかさとは別種の芯のある弾力。

「ひゃっ」

 その瞬間、全てを理解した。

 いま、大変なことになっている/していると。

 おそるおそる顔を上げると、精緻な黒いレースが見えた。

 ドウミテモシタギ。

 壁から抜けた勢いで、体の小さな俺はそのまま穴から落ちた。

 それはいい。だけどこの状況は、ヤバい。

 ふわりちゃんは頭から落ちて意識が朦朧としているのか、状況を理解していない様子。

 だが、気づいたらえらいことになる。

 上半身がうつぶせに倒れ込んで膝をつき、くの字に持ち上がったお尻からスカートがめくれて背伸びした下着があらわになっている、その真ん前に俺の顔面。

 おまけに、俺の両手は彼女の太ももの上に乗っていて。

 何よりヤバイのは、俺のズボンは完全に足元まで落ちてしまっていて、パンツ丸出しなことだ。

 どう客観的に見てもヤバさしかない。

 誰かに見つかる前に、早くどかないと――

「何をしている」

 見つかった。

 目が、合った。

 壁の向こうの暴君と。

「ちがっ、これは――」

「ふわりを手ごめにしようとしているなーーーーーっ!! そやつの乳尻太ももは暴君(ボク)のものだーーーーーっ!!」

 烈火の如く怒った暴君が、壁の穴に両手を揃えて飛び込んで来た。

 そのままもみくちゃになり――

「はわわ~!? 何ですかこれぇ~~~~~~~!!??」

 後から来た吹田先生が顔を真っ赤にして叫んでいるのが、俺の最後の記憶だった。

 なお、意識を取り戻してから、そのまま保健室で滅茶苦茶怒られた。なお、他二人はもう怒られて先に帰されたらしい。

  保健の神田先生――髪ぼさぼさで、真っ赤で大きなフレームのメガネの女性――はげらげら笑っていた。「あっはっはっ、可愛い野獣もいたもんだね」とか言われても!

 ところで、v学は女性の先生が多い。

 これは、女性の方がv域知覚を喪失するまでの平均年齢が高いためだ。

 また、緊急時のためにもv獣の視認が出来る人は大歓迎ということで、戦教以外の新卒採用も非常に多い。

 結果として教員に若い女性がたくさんいるのだ。

 何が言いたいかと言うと。

 とんでもない淫行事件(冤罪)を引き起こした生徒を一目見ようと、保健室にいっぱい集まって来ているのである。

 廊下の窓という窓に先生たちの顔が見える。

 古賀先生に至っては、背伸びして届くのか、上の狭い窓から見てる……こわい。

「よっ、うらやまハーレム」

 誰だ今の言ったの。

 仮にも先生でしょうが!

「進んでる……ね……」

「こっちは出逢いないのに許せねー」

 知らないよ! 出逢いっていうより大事故だからあれ!

 そんなこんなで、大人げない好奇の視線に晒されながら、お説教は続いたのだった。

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