エピローグ:箱雲丹丹生、羽田ときじく
それから代わる代わる人が入って来た。
「こんちはー! 元気しとるか?」
足音は二つだったが、聞こえてきたのは、陽気な関西弁だけだった。
俺が反応できないことなどお構いなしに喋りまくったのは羽田さんだ。
「知っとるか? v獣たちはな、「決して人を殺さへん」。v7も同じや。だからウチや長官たちもやられこそすれ、戦線に復帰できたんや」
それは聞いたことがある。奴らは、観測者としての人類を必要とするがゆえに、さらいこそすれ殺すことは無いと。
「それが「お前さんだけは」、明確に殺そうとした。奴らがルールを曲げてまで、殺そうとしたんや。ホンマ、大した奴やで」
「寝ているようです。あれだけの激戦の後ですから起こしては可哀想ですよ」
その声に、俺は心底安堵した。
なぜならそれは、ヴァージン・ヴァレイに倒されたらしいことだけがわかっていた、箱雲丹さんのものだったからだ。
「それ言うたら、アンタだって寝とかんとアカンのちゃうん? ケガもあの筋肉馬鹿より多少マシなくらいで、肋骨も何本かイッとるんやろ?」
「……どうしてもお礼を言いたかったんですよ」
「珍しな。長官以外に興味ないんや思とったが」
「……」
「なんや、黙ったら変なリアル感出るやないか」
「……そうですね。私はそういうところがあったのだと思います。でも、部下だった古賀くれはを失って、それで初めて気づいたんです。大事なものはたくさんあった。大切なひとはたくさんいた。私は周りが見えていなかった……」
「それは……」
「遅いでしょう? でも、それからはみんなが愛おしくなって……短い期間とはいえ、初めて受け持った生徒たちは、特にそうです。くれははこんな気持ちだったのですね。だから命がけで生徒を守った。私も、そうするつもりでした。だけど……私は敗れた」
それは仕方がないことじゃないか。
v7は恐るべき化け物だった。負けたからって誰が責められる。
「ですから、彼や生徒たちには、お礼を言いたいのです。私に出来ないことを成し遂げた。みんなを守ったんです」
違う。箱雲丹さんたちがダメージを与えてくれていたから、なんとか出来たんだ。
「そやな。本人はあの後、倒れたから知らんやろが、あれは奇跡としか言えん成果やったからな……」
え? どういうことだ?
「ええ。何しろ、臨界樹の根には最近【神隠し】にあった人たちが多数接続されていた。さらわれた人々を奪い返したのは、初めての成果です。それは棘抜長官ですらできなかったこと……」
そうだったのか。
でも、それは偶然だ。知っていて助けることが出来たなら、凄いことかもしれないが、本当にたまたまなんだ。
「おかげで、私は大事なひとたちを取り戻すことが出来ました。いくらお礼を言っても言い切れない……」
え? まさか――
「くれはも見つかったんやったな」
「ええ。彼女もまだ目を覚ましていませんが、自分が教えた生徒の働きぶりを、誇りに思う事でしょう……」
古賀先生が見つかったのか!!
血が熱くなるのがわかる。
ちっとも動けないけど、こんな嬉しいことはない。
「それはウチも同じや。……弟もいつか見つかるんやないかって希望が持てたわ」
え?
「そうでしたね、弟さんが昔【神隠し】に……」
「どこに囚われているかもわからんが、絶対に救い出したる」
「きっと出来ます」
「せやな。前なら気休めに聞こえたかもしれんけど、今はちゃう。このコが教えてくれたまぎれもない現実や」
羽田さん、弟をv獣にさらわれていたのか……。
まるで影を見せない人だから、想像だにしていなかった。
「……と、そろそろ帰る時間やな……。次は、くれはと見舞いに来たいもんやな」
「そうですね。本当に、そうです」
箱雲丹さんの声は、どこまでも優しい響きだった。
「ま、早よ元気になりや。そしたらウチらがまたバシバシしごいたるから」
「改めて、目覚めたらお礼を伝えに来ますね。いい夢を」
胸の奥がほのかに熱くなった。
こんな自分だけど、ひとつくらいは成せたのかもしれない。
そう思うことが出来たからだ。
こうしてVTTの人たちの訪問が終わると、吹田先生や小金丸寮長がやってきたが、俺に意識がないと思い、お見舞いの品だけ置いて帰って行った。
サイドテーブルに置かれた際の音からして本だと思うが、確かめるすべはない。
動かない体に、もどかしさと、漠然とした不安だけがつのる。
それから、しばらくまた時間が空いた。




