エピローグ:刺抜紗々璃
気が付いた時、俺はどこかに寝かされていた。
限界まで体力と頭を使ったあと倒れるのは、もう何度目だろう……。
自分の体力の無さが嫌になる。
目が明かないが、どうやら包帯を巻かれているようだった。
布団をかけられているのはわかるが、指一本すら動かせない。
おそらくは病院だと思うのだが、確認のすべはない。
声を出そうとしたが、全くでない。
無理をしすぎた反動か、頭と体が一致していないような気がする。脳だけが熱をもって、意識だけがはっきりしているような、そんな妄想。
感覚としてはよく似た経験がある。
金縛りだ。あれがいつまでも続くような、そんな感覚。
ただただ時間が無限に流れていくような気がして、自分だけが世界から取り残されたよう。
夢とも思い出ともつかぬ映像が脳裏に浮かぶ。
それでふと、セノのイモータルパレスで出現した石柱やアーチ、あれをどこで見たのかがわかった。
幼少時に見た教育テレビの、歌の番組で流れていたストップモーション映像だ。
女の子が美術館で石像やミイラと踊っていたか、追いかけられていたか……何か怖い映像だったような気がする。
確か誰かと見ていてひどく怯えていたような覚えがあるが、夜崩だったか……?
でも、夜崩と会ったのはもう少し後のはず……
考えがまとまらない。
何か浮かびそうだったが、ドアがスライドし、人が室内に入って来る音がした。
看護師さんだろうか。
意識を取り戻したことを伝えようと思ったが、やはり声が出ず、体はぴくりとも動かない。
「おや、まだ意識を取り戻しておらぬか」
この声は、棘抜長官か。
無事だったんだな……良かった。
「ふふん、まったく、呑気な寝顔よ……」
その声は優しかった。
「世間でおぬし、どう言われておるかわかるか? 【東京タワーを折った男”だ。これはさしもの妾も魂消たぞ。v域ではなく、実体世界でこれほどの騒ぎを起こされては大人たちも無視できぬ。ニュースは連日、おぬしのことで持ちきりじゃぞ」
そんなことになっていたのか……
起きるのが怖くなってきた。
東京タワーを折った男って、テロリストにしか思えない。
「空想だと騒いでいた大人どもも、今度ばかりは認めざるを得ぬだろうて。なぁに心配はせんでよい。賠償請求がおぬしの方に行かぬようにだけは何としても戦うからの」
声は笑っていたが、それは容易ならざる交渉のはずだ。
寝ているだけの自分が、恥ずかしくなる。
「……実際、妾も今回は負けたと思うたのだ。集結したv7たちに突入部隊ごと壊滅させられ逃げ出すのが精いっぱいじゃった。全部隊に撤退命令を出そうにも、司令本部を破壊され連絡もつかぬ始末……。最悪の想像がよぎったわ……。学生まで巻き込んでおいて、ふざけた話だと思うじゃろ。おぬしらにはいくら謝っても謝り切れぬ……」
その声はいつになく力が無くて。
自信に満ち溢れた長官しか知らないだけに、衝撃ですらあった。
実際にはその時の戦闘で、v7を一人落としているはずだ。それでも、責任感から自分が許せないのだろう。
「じゃからな、あの糸を見つけたときには、心が震えたぞ。斯様なエフェクトは知らぬ。じゃから、学生のもののはずなのじゃ。学生が戦っていたのじゃ。雷に打たれたようじゃったよ。妾がもう一度戦えたのはな、おぬしのおかげなのだ」
違うんだ。俺が戦えたのは成り行きなんだ。
たまたま、そういう状況になっただけだ。
きっと、残るv7が集結していたであろう突入部隊は、地獄だったに違いない。
それと比べて凄いなんてことはないんだ。
そう言いたかったがやはり声は出なかった。
「ふふ、今は寝るがよい。じゃが、お前はVTT長官になるべき男じゃ。逃がしはせぬよ」
怖いことを言い残し、棘抜長官は出て行った。




