赤い暴君
「どうしたんですか?」
「v域が広がってないか?」
「えっ、あ……」
校庭の一角だったはずの【森】が、校庭の半分以上まで広がっている。
解像度の低いジャングルの領域が校舎にまでかかり始めていた。
「しまった! 「みんなが気づいた」んだ!!」
奉仕活動という名の罰と居残り説教の関係で俺たちは残されていたが、他の生徒が全員帰ったわけではない。
毎日戦闘訓練がある関係で、わざわざ運動部をやる人も少なく、校庭はがら空きだったが、それでも部活動自体はあるし、特に文化系も多い。
その校舎に残っている組が【森】の侵食や戦闘に気づいたのだ。
気づく人間が増えたことでv域の範囲も広がるスパイラル。
「おいおい、あれv域じゃね?」
「嘘、マジで!?」
「え、えっとこういう時どうすればいいんだっけ!?」
ざわざわする声が聞こえて来る。
まずい。
まだ慣れてない1年が、セオリーを破っている。
v域は「見てはいけない」のだ。
多人数が観測することで存在強度が上がってしまう。
そのため、直接交戦しているメンバー以外は、見ないことがセオリーだ。
セオリー破りのせいで【森】の侵食が加速している。
「ふわりちゃん! 校舎に戻ってシャッターを起動させて!」
「う、うん!」
さしものふわりちゃんも、今度は素直に校舎に走り出した。
ネジが外れるととんでもないコだが、成績優秀な彼女のことだ。
緊急シャッターで学校の窓を隠してしまう必要性を理解している。
「よし、あっちはいい。問題は――」
わらわらと。v獣が【森】から現れ始めていた。
ヌリカベだけじゃない。きゅうりの体にきゅうりの手足をつけたような、深緑色のv獣・カッパや、緑の蓑を纏ったニンジンのように長い赤鼻の――
「まずいぞ!! 【テング】までいる!!」
動きの鈍重なヌリカベはともかく、テングはヤバい。
緑色の蓑はニンジンの葉そっくりだが、展開すると翼になる。
確認された中では珍しい飛行型のv獣だが、人間は飛べない以上極めて脅威だ。
【神隠し】被害の最大の原因とされていて、v学生は緊急避難を行うよう指導されている。
「夜崩! 緊急避難使うか!?」
俺は防犯ブザーにも似た緊急避難装置・EGGをポケットから取り出して掲げる。
正式名称はエスケープ・グレネード・タイプGで、いわば閃光手榴弾だ。
v獣は双方の観測で存在する。
つまり、「気絶してしまえば」こちらに干渉できない。
EGGとはつまり、襲われる前に自ら気絶するアイテムと言える。
v学生でなくても若者のほぼ全員が所持している護身用器具だ。
「いらん!!」
しかし、夜崩は、鉄球を振り回して【森】に突っ込んで行く。
暴君としてのプライドが自ら意識を刈り取ることを許さないのはわかっていた。
だったら――
「仕方ないな!!」
EGGをポケットに戻して、矢を弓に番える。
視認できたv獣は5体。【ヌリカベ】2、【カッパ】2、【テング】1。
迷うことなくテングに向けて矢を放つ。
相手と弓矢にピンと糸を張って当てるイメージ。
本当にイメージで、残念ながら糸が出たりはしない。
糸のエフェクトなんて聞いたことも無いが。
しかし、今はそんなことは関係ない。
狙いを過たず、飛び上がろうとしたテングの羽根に弓矢が突き刺さった。
「ギョエ!!」
ニンジンの葉が散り、テングが落ちる。
俺の想像力は貧弱で、ろくなエフェクトは発生させられないが、命中率は悪くないのだけが取り柄だ。
ちなみに、普通の飛び道具と違うのは、「命中を認識する必要がある」ことだ。
ダメージのイメージを、仕手と受け手の双方がその過程を含め、観測することで確定させるわけだ。
そのため、v獣が見えない人間の攻撃や、弾速が速すぎる武器では、ダメージはない。
「ゲギャア!!」
攻撃から俺を認識した手近なカッパが突っ込んでくる。
「くっ」
こちとら弓だ。接近戦は分が悪い。
ベルトのバックルにはナイフも仕込んであるが、最終手段だ。
カッパはスライスしたきゅうりのような手のひらで攻撃範囲が広い。
近づけずに速射あるのみ!
矢を可能な限り最速のスピードで番える。
直通の糸のレールに乗って当たるようなイメージで、即座に放つ。
「ギャッ」
カッパの胸に矢が突き立つ。
その隙に距離を取るためバックステップ――
と背後でガシャガシャガシャッと金属音が鳴り響く。
思わず振り向くと、校舎の窓にシャッターが下りていく音だった。
強制シャットアウトで、これ以上の観測を防ぐ措置――ふわりちゃんがやってくれたのか、誰か他の人か――などと意識をそちらに持っていかれてしまう。
気づいた時には、矢が刺さったままのカッパがすぐ目の前に――
「ゲギャッ!?」
そのカッパの頭に穴の大きいCDのような円盤が突き立った。
そして、雷に打たれたように――いや、実際に電流が走ってカッパは倒れる。
「馬鹿者。油断するな」
円盤は、夜崩の放ったチャクラムだった。
雷のエフェクトを発生させたそれを、左手の人差し指で2、3個回している。
飛んでいる間もエフェクトのイメージをし続けないといけない飛び道具を、こともなげに扱えるのは超高校級と言っていい。
それも右手では鉄球を振り回しながらとなると、もはやどう評価していいかもわからない。
「さ、サンキュー」
「経緯が足りん! 最上級に敬え!」
「サンキュエスト」
「良し」
いいのかよ!
適当に言ったウソ最上級だぞ!
本当に無茶苦茶な奴だが、頼りになることこの上ない。
エフェクトを複数種類発生させられる奴なんて、高1では他に一人もいないだろう。プロのv獣対策員ですら何人いるか。
本当にコイツは――
「ふふん。いい表情だ。暴君への敬意が見える」
喋らなければ超絶天才美少女で済むのに。
しかも、会話しながら、迫っていたカッパを鉄球で薙ぎ払い爆破、飛べなくなったテングにチャクラムを乱れ撃ち。
調子に乗っていいだけの実力が、コイツにはある。
あっという間に敵を全滅させてしまった。
もう立っているv獣はいない。
v域もどんどん薄まっていく。
相互の観測を前提とする空間だけに、v獣を駆除すれば侵食は消えるのだ。
校舎のシャッターも上がっていき、中にいた生徒たちが状況を見に出て来る。
彼らが見たのは、笑いながらヌリカベにトドメを刺す蛇崩夜崩。
「ニャハハハハハハハ!! 喚け! 嘆け! 擦り潰れろ! 暴君に逆らう愚を犯した者は絶望のうちに死すがよい!!」
沈みきる夕日より赤い、暴君だった。