デジャヴ
目が合った。
ああ、なにか、デジャヴ。
ふわりちゃんが、風呂場から出てきたところに、完全に、目が合った。
お互い全裸だが、ダメージは遥かに彼女の方が大きく、俺の罪は同じだけ大きい。
ピンクの髪にも負けないほど顔を紅潮させるふわりちゃん。
終わった。
俺の人生はここで、終わった。
だが、天祐か。ふわりちゃんが目配せをした。
どうやら、俺の死にそうな顔から状況を把握してくれたらしい。
「あのっ、箱雲丹先生! アキラちゃんは私が洗います!」
「そうですか? ではお願いします」
ふわりちゃんは自然な動きで俺を奪い取る。
「安心して。中には他に誰もいないから」
小声でささやくふわりちゃん。
「とにかく、体を洗ってから抜け出すのがいいと思う」
「あ、ありがとう……でもふわりちゃんに悪いよ」
「いいから、ママに任せて」
「ありが……ママ?」
今とんでもないことを言って――
「わあっ!?」
箱雲丹さん以上の力で俺は風呂場に飲み込まれた。
「さぁきれいきれいしましょうね~」
あの、その幼児相手の言葉遣いはなんなんですかね。
目がぐるぐる回っててこわい。
どちらにせよ腕も上がらないほど疲弊していたので、成すがままだ。
あっという間に泡だらけになってスポンジで洗われていく。
俺は雑念を無にすることにだけに集中していた。
なにしろ俺だってアレがついているのだ。
とにかくそこだけは尊厳を守るためにも、雑念を消し去る。
って言うか隠してよ! なんでそんなに堂々としてるの!?
「さぁ流しましょうね~」
その泡も流されていく。
終わった。俺が終わる前になんとか終わった。
「はい。お風呂に入りましょうね~」
「い、いやいいよ。早く上がらないとやば――」
「めっ! ちゃんと湯船に浸からないと駄目ですよ」
めって。完全にスイッチの入ってしまったふわりちゃんを止めることが出来る人間は、おそらく存在しない。
俺は背中からがっちりホールドされたまま、100数えさせられたのだった。
いや、当たってるんですけど!!
それで100数えるとか、もう正気を保てなくなるくらいの何かだった。ただ数字を数えるだけのロボ。それが俺。そう念じる。
そうして何とか命からがら、風呂を上がる。
ふわりちゃんはもう少し浸かっているとのこと――ピンクのカピバラといった様子で長風呂態勢だった――だが、俺はとにかく早く逃げ出したかったのだ。
脱衣所に入った瞬間、終末がやって来た。
目が、合った。
デジャヴのデジャヴ。
「は?」
着替え中の梃子だった。
豹柄の攻めた下着を脱いでいるまさにその瞬間であった。
「ハアアアアア!? なんでアンタがいるの!? 何してんの!?」
「わあっ!?」
俺は反射的に股間を隠すが、そういう問題ではない。
「何を騒いでいるのです」
風呂場から箱雲丹さんがやって来た。
終わりだ。終わりの上塗りだ。
「何をも何も、男がいるじゃん!!」
「何を馬鹿な」
「いや、コイツ、男じゃん!!」
梃子は俺の後ろに回り込むと羽交い絞めにし、股間を隠せないようにしてきた。
何これ。
「見ろよこいつのコカン!」
「?」
メガネをかける箱雲丹さん。そしてそのまま固まった。
はい終わり。
もうとっくに終わってたけど、確定的に終わり。
次の瞬間、流れるように箱雲丹さんが、崩れ落ちた。
違う。
土下座だ。土下座だこれ。
何で。何で?
「申し訳ありません。私が勘違いして強引に連れてきたのです。この責任は全て私にあります」
いやそれはそうではあるんだけど、土下座するのは違うよ!
って言うかこの絵はヤバイって!!
そんな俺の心理を見越したのか、神は更に俺に運命をもたらした。
夜崩が脱衣所に入ってきたのである。
しかも、入った瞬間に全部服を脱ぎ捨てる早業で。ちびっこか。
そんな全裸の暴君と、目が、合った。
もう何度目かの、デジャヴ。
「あーーーーっ!! 命人が全裸土下座させておるーーーーー!! 先にやりおったな!! 暴君でもやったことがないのに!!」
どういう怒り方なんだよ。
「もう、どうしたの~? ママももう上がるから待ってて……」
スイッチがオンのまま壊れたらしいふわりちゃんまで上がってきて。
裸の女性四人に囲まれた、男一人。
さんざん否定してきた俺ではあるが。
今日この瞬間だけは、いっそ本物の幼女になりたかった。




