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箱雲丹丹生

先生は教室から出ると、もう一人を連れてすぐに戻って来た。

 その人物には見覚えがある。

 スーパーモデルのようにスマートで折れそうなほど細い四肢――だが実際には俺を担げるほどの筋力があるのを知っている――に、地面につきそうなほど長い黒髪。アニメに出てくるエルフを黒髪にしたらこんな感じだろう。

「VTTの箱雲丹丹生(はこうににう)です」

 言って黒板に名前を書く箱雲丹さん。

 丹が多い。

「一応言っておきますが、これは母方の姓です。両親も丹が並ぶのを意図して名前をつけたのではありません。棘抜長官と並んだ際の名前のバランスを考えて自分でこちらを名乗っているだけです」

「は、はぁ……」

 という声がクラス中の総意として漏れて来る。

 いやマジでなんなんだこの人。

「おや、貴方は先日、迷い込んでいた子ですね。また入ってきてしまったのですね。きょうだいでもいるのですか?」

「あの俺、迷い込んだ小学生じゃないです。ここの生徒です」

「びっくり」

 口でびっくりとか言う人間いるのかよ。リアクションは小さいが、目をむいているあたり本当に驚いているのだろう。

「それは申し訳ありませんでした。制服よく似合っていますよ」

 どういうフォローなんだ。

 不器用な人だと言うのはわかったが。

「私はVTT東京本部では、小隊長をしております。今回は、臨時の戦教を担当することになりました。暫くお世話になります」

 再びざわつく教室内。

 先日の模擬戦のように、イベント的に長官が来るなどはまだわかる。それはいわば一日署長のようなものだ。

 だが、教員として赴任するのは意味が違う。

 プロ選手がチームの活動を止めて部活の顧問になるようなものだ。

 戦闘特進クラスとしての編成の本気を感じる。

「2年生は別の教官が担当し、3年生に関してはVTT本隊との合同訓練を行うため、私はみなさんの専任だと思ってください」

 九介が居たら美人講師が来たと大騒ぎしていただろうに。とことん間の悪い男である。

「さて、みなさんには学校側から事前に連絡があったかと思いますが、これから機密事項を話します。守秘義務が発生しますので絶対に公言しないでください。先日の襲撃で遭遇した人もいるでしょう。v人についてです」

 箱雲丹さんが淡々と喋っているので流しそうになるが、とてつもなく重要なことを話している。

 吹田先生のほうが緊張でガチガチな様子で、カーテンを閉めて回っていた。

「v人とは、v域に生息する敵性存在です。総数は不明ですが一人や二人ではなくある程度のまとまった数が存在しています。人類が初めて遭遇する知的生命体および、その集団と言えるでしょう」

 ごくり、自分が唾を飲み込む音が聞こえた。

 それくらいの静寂がクラスを包んでいる。

 夜崩がやけにおとなしいと思ったが、肉食獣のような顔つきで武者震いしていた。

「彼らの存在が確認されたのは二年前からですが、このことはあまりに重大な案件であるために秘匿されてきました。知性があるならば、国家が交渉を行うべきだからです。しかし、v人を認識できる政治家は地球上に一人も存在しません」

「ジジババしかおらんからの」

 夜崩の言葉はいつも真空領域にストンと現れる。天性の間なんだろう。

「言葉は悪いですがその通りです。国家としても国際社会としてもこれは非常に都合が悪い。今は騒がれたくないのです。どのような形で政権に批判が巻き起こるか、誰にも予想できない。そのため、政府もVTTの行動を監視しつつ、表向きは黙認という形を取っています。棘抜長官の卓越した立ち回りがなければそれも出来なかったでしょうが」

 すごいぶっちゃけぶりだ。機密という言葉に偽りはない。

 これが漏れようものなら、v人の人権問題となり、大騒ぎしている間に、若者がさらわれ続けるのは目に見えている。

 今だってたまに学校の前に市民団体が乗り込んで「v域はデマ」とか騒いで行くくらいだからな……。時々、夜崩はそこにチャクラムを投げて雷を落としているが、見えないので問題ない。いや、ある。

 それはともかく、これは何か問題が起きたら、政府は棘抜長官とVTTの独断ということにして、スケープゴートにする腹づもりということでもあるんじゃないか……?

「v人は集合的v識から発生したため、人類と同じ言語を喋りますが、我々とは行動原理は全く違います。彼らにとっては、人類の認識こそが存在の固定に重要であり、その安定のために人をさらいます。ある意味では人類を家畜同様に見なしていると言っていい」

「あ、あの……交渉の余地はないんでしょうか? 見るだけで安定するなら、協力すれば済む話では……?」

 おずおずとふわりちゃんが手を挙げて言った。

「自然な疑問です。実際、VTTもv人と数回の接触で交渉を試みました。しかし無駄でした。彼らに交渉の意志はない。人類の文化に興味を持ってはいるようですが、それを拉致という形で得ようとしています」

「そんな……」

 ふわりちゃんは顔面を蒼白にするが、俺や夜崩に驚きはない。

 俺自身、ヴァイスに同じ話をして通じなかったこともあるが、それよりも実際に戦ったからこそわかる感覚だ。

 あれは、明らかに「違う」。話し合いとかそういう相手ではない。

 特に、トマト髑髏――ヴァイタミンの見せた悪意がそれを確信させる。

 そういえば奴は歴史の無さをコンプレックスにしていたから、文化への興味というのは、その反動なのかもしれない。文化と歴史は兄弟のようなものだ。

 ヴァイスが妙に、音楽にこだわっていたのはそれが理由なのかもしれない。

「無論、交渉を放棄したわけではありません。しかし、武力による制圧・拘束でもしないかぎり彼らが交渉のテーブルにつくことはないでしょう。そのためにも戦いは避けられません」

 悲しいことだが理には適っている。

 現実に攻めてきている相手を交渉のテーブルにつけるには、打撃を与えるしかないことは、歴史が証明している。

「どうやら彼らは、海外で猛威をふるうv域【海】と敵対関係にあるらしく、それで焦っているのではないか、それが強硬的な行動の裏にある、というのが長官の考えです」

「奴らに話が通じぬのはわかる。しかし、v7とはなんなのだ?」

 v7という語に、箱雲丹さんの目つきが鋭くなる。

「そうですね……それも説明しておきましょう。v人には指導的立場の集団が存在します。それがv7です。おそらく言葉通り7人で構成されていると思われます。政治力ではなく戦闘力で成り立っていると考えられ、v値換算で最低15程度はあると推定されています」

「15……!」

 思わず声が漏れる。

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