解放
え?
一瞬で指先まで血が冷えていくのがはっきりわかった。
ざわつく教室が、やけに別世界の出来事のように思えて来る。
それほど現実感がなかった。
確かに最後の記憶は、先生が倒されたところまでだ……。
あの後、さらわれたってことか……?
「VTTも現在全力で捜索しているそうです」
捜索って言ったって……【神隠し】になった人を取り戻せた事例は一件もない。
あの長身でゴスロリ姿は、v学にあってひと際目立つものだった。
それを、もう見ることはできない?
だいいち、古賀先生がさらわれたのなら、俺たちの責任だ。
逃げろと言われたのに逃げなかったから、先生は無謀な戦いを挑む羽目になったのだ。
俺たちを守るために。
「おい、落ち着け」
横から声をかけてきたのは、夜崩だった。
夜崩はクラス替えのドサクサで、席を俺の横に変えていた。勝手に。
「ヴァイスからは逃げようがなかった。戦う以外の選択肢はなかったのだ。思いつめることは許さん」
内心まで踏み込んで許さんというのは無茶苦茶だが、割り切れるコイツを見習うべきかもしれない。
それに、言ってることは正しい。
責任を感じること自体、おこがましいのかもしれないが……。
「悔しければ強くなるしかないのだ」
「ああ……」
教室では、女子たちがわんわんと泣き出していた。
「は、はわわ、みなさん落ち着いて……」
「でもっ、古賀先生ともう会えないなんて……!」
「こ、古賀先生は19歳ですから、数年したらきっと【解放】されますよ」
――【解放】。
v獣は、v域の強固化のために人をさらうと考えられている。
そのため、観測できない年齢になったとき、突然【解放】されるのだ。
それを聞いて、女子たちの涙が止まりそうになったのだが――
「【解放】されたからオールオッケー? んなわけないっしょ。むしろ死んだ方がマシってこともあるし」
梃子が吐き捨てるように言い、場が凍り付いた。
その冷たい目には、おそらく身の回りで誰かが【神隠し】に遭い、そして解放されたのではないか……そう思わせる真剣さがあった。
プライバシーに関わることのため、【解放】された人がどうなったのか、よく知られていない。
一部には、数年分の記憶を丸ごと失ったうえ、無気力状態で社会復帰もままならないなんて話も聞くが……。
「そ、その……」
「先生よ。今日はv人についての説明があるのではなかったか?」
慌てる先生に助け船を出したのは夜崩だった。
俺も忘れていたが、今日はクラス替えによる顔合わせだけではなく、今後のオリエンテーリングも行われると聞いている。その中で、先日の戦闘でv人やv7と遭遇した生徒の疑問にも答えると告げられていたのだ。
「そ、そうだった。でもそれは、先生からじゃないのよ。ちょっと待ってね」




