侵食
もう日が暮れ始めている。
季節は初夏でだいぶ日も長くなっているから、ずいぶん奉仕作業をしたことになる。
夕日が校庭に並木の影をのっぺり伸ばしていてデ・キリコの絵画のようだ。
「ニャハハハ! 血のように赤い夕陽! 風情があるな!!」
「あら~、もう陽が傾いてますね~」
帰り道が同じなので怒られ三人衆でとぼとぼ帰っている。
というのも、v学はその性質上、全寮制だ。
男子寮と女子寮、それも中高別々の計4軒が学校に併設されている。
若者しかv獣に狙われないため、若者を固めておくほうが守りやすいのだ。
ちなみにv獣は認識により存在が確定するため、寝ている間は襲われない。
だから、門限は滅茶苦茶厳しいのだが――
「まぁ、うちは全寮制なんで多少遅くなったところで大丈夫だけどな」
「めっ、油断したら危ないですよ!」
めっ、て。
「だから俺は幼女じゃないってば」
「お姉さんと手を繋いで帰りましょうか?」
「どう言ったら通じるの!?」
幼馴染の暴君でもう慣れてるつもりだったんだけど、話の通じないモンスターが他にもいるとは思わなかったよ!
「夜崩! お前からも言ってくれよ!」
「お前とは不敬! 我が君と言うがよい!!」
「お前も話が通じねえな!!」
「馬鹿者! 貴様は暴君の所有物。早く来い!」
「なんで女子寮へ行くんだよ!!」
「お前が暴君の椅子だからだろうが!!」
「違うわ!! もうツッコむのがめんどくさいからしぶしぶ従ってるんだよ!! お前だけどんどんデカくなってそろそろしんどいんだよ!!」
「誰のケツがデカいだ!!」
即座にムチが飛ぶ。
「いてぇ!!」
背中に当たってそら痛い。
「もう! 命人ちゃんをいじめちゃダメよ!」
またロックしてこようとするふわりちゃん。
躊躇のない動きが怖い。昔の格ゲーの青い残像みたいなのが見えるようだ。
「全然反省してねーじゃねえかお前ら!!」
節穴だよ海野先生!!
と。
「!」
真っ先に反応したのは、夜崩だった。
彼女が向いた先には、何もないように見えた。
しかし、よくよく見ればおかしい。
校庭は夕日に染まっている。
だのにその一角だけは、まっ昼間のように明るい。
――つまり、「違うもの」が見えている。
俺らの脳と向こう、チャンネルが合ってしまった。
「下々(しもじも)ズ! v獣が来るぞ!!」
「何だその呼び方は!! ふわりちゃん! 戦教を呼んで来てくれ!!」
「そんな! 危ないわアキラちゃん!」
「うろたえるな!! どうせそんなヒマはない!!」
夜崩は、鞄から取り出したトゲ付き鉄球をブンブン振り回している。
ガンダムかお前は。そんなの使うヤツいるのか。どうやって鞄に入っていたのかはわからない。組み立て式だとしても、それ入れてたら教科書入れるスペースないだろ――と言いたいことはいっぱいあるが、動き出しの速さは流石だ。
1テンポ遅れて俺が折りたたみ式の弓矢を、ふわりちゃんが組み立て式のなぎなたを鞄から出して構える。
これでもv学生だ。いざという時の準備は出来てる。
ジジッと空間に電流のようなものが走り、侵食が始まった。
校庭が、あっという間に緑に変わる。
【森】の侵食だ。
人類の集合的v識に存在するそれは、若者の観測によって世界と重ね合わされる。
そもそもがデジタルな存在であり、こうして接続した【森】は外縁に過ぎず、解像度が低い。
まるで昔のゲームのポリゴンように、ブロックの集合体の森だ。バナナの木やハイビスカスのような南国が、解像度の低さは別にしてそこにあった。
そして、そこから現れるのは――
「フシュー……」
真っ白な壁だった。
壁に手足がついている、化け物。