齟齬
事後処理のあと、保健室に通された。
そこには緊急に呼び出された神田先生が到着しており、応急処置を受けた。
神田先生は「休出ファック!」とは言っていたが、無事を喜んでくれた。
これはツンデレなんだろうか。違うか。
ちなみに保健室のベッドで、半裸で寝かされていたふわりちゃんは、人が入って来たことで目覚め、状況がわからず盛大にパニクっていた。夜崩が済まない……。
俺も夜崩も、打撲こそすれ骨折はしていないとのことで、寮で休むように指示された。
だがいま、当然のように夜崩が俺の部屋にいるのは指示とは関係ない。
いや帰れよ。
「そう恥ずかしがって邪険にするな。暴君が敵ならば、もう一度今夜襲う。油断しているだろうからな」
「恐ろしいことを言うな……」
だが、可能性がない話ではない。
v人が自己の観測により存在を定義できるなら、相手の意識の有無に関わらず襲撃が可能ということになる。
そういう意味では一人ではなく二人で寝るというのは理に適っているのだが……倫理には適っていない。
「……まったく、お前は昔っからそうだな」
「なんの話だ?」
「森で探検して、怖くなってひとの寝床に忍び込んでくる」
「待て。何の話だ?」
「え?」
本気で忘れているらしい。
「ほら、よく神社の森を探検してたろ。その後、たたりが怖いとか言い出して、夜中に布団に忍び込んできただろうが」
「暴君の所有物のくせに姦通の告白とはいい度胸だ」
怒りの形相で拳を鳴らし始める暴君。
自分で自分に嫉妬してんじゃねえ!
「落ち着けよ! 小学校に上がる前だから、覚えてないのは無理もないけどよ……」
「暴君とお前が初めて会ったのは、小1になってからだ!」
「は?」
「お前こそ覚えておらんのか! ド田舎で近所に同年代が一人もいなかった暴君のところにお前が来たんだ! それはもう天にも昇るほど嬉しかったのだ! 母上も相手をしてくれぬし、遊び相手も長らくいなかったからな! だから暴君が間違うはずがない!」
俺が幼い頃に大分県の山の中にいたのは事実だ。
v学の中等部に入るために上京するまで、あの田舎で過ごした記憶ははっきりある。
だが、それは5歳だったか? それとも6歳からだったか?
「待て待て待て……」
じゃあ、あれは、誰?
物心つくかつかないかの頃に、俺といつも遊んでいた、あの女の子は?
「吐け!! 誰だその泥棒猫は!! 市中引き回しにしてくれる!!」
時系列を超越した怒りで暴君というより時代劇のようなことを言いつつ三角締めを仕掛けて来る夜崩の攻めを受けながら、俺の脳は過去をほじくり出そうとぐるぐる回っていた。
しかし、一向に思い出せず、そのまま締め落とされた。
*
その夜、親に電話して、例の女の子について聞いてみたが、歯切れの悪い答えしか帰ってこなかった。
覚えていないならそれでいい、と言われて気にならないはずがない。
何か触れられたくないことでもあるのだろうか。
だが、調べようもないことだ。
いつか思い出す日が来るのだろうか。
それは、必ずしも心地よい過去ではないのかもしれない。
言いようのない後味の悪さだけが、残った。