処理
「夜崩!!」
夜崩の体は、木の上方の枝に引っかかった。どうやらケガはないらしく、おかしな具合にパンツが挟まった枝から抜けようとモゴモゴ蠢いている。
心配させやがって……
「撤退すっぞ!!」
「え」
「負けたんだよ! それにVTT本隊が来ちまった時点で計画ァ失敗だろうが!」
「そりゃ帰りたいけど……連れ帰らないと怒られる……」
「うるせェよ! 文句は作戦立てたヴェジタブルに言え!!」
「……音楽家が欲しかったな……」
「黙れ! オレは帰って風呂に入る!!」
口論しながら二体はv域の奥へ走って行く。
v域化の進行で、鬱蒼と生い茂った解像度の高いジャングルに、あっという間に紛れていく。
「長官! 追いますか!」
「それより、行方不明者がいないか確認せい! あの二匹はいま誰も連れとらんからよい。しかし別動隊がいるかもしれぬ」
「流石長官! 的確なご判断!」
この隊員、太鼓持ちとかではなく、心底そう思って言っているっぽい。こわい。
「生徒の無事は確認出来ていますぞ」
「北川口!」
そこにやって来たのはマッチョの男――北川口……ということは確かv値第3位。そりゃ強いわけだ。
「学校職員が手分けして確認してくれました。保健室で寝ていた生徒はおりますが」
保健室にいたのは、ふわりちゃんのことだな。
とすると被害はなかったのか。良かった……
「どういうことですか? これほどの侵攻で生徒の被害がゼロとは考えられません。ちゃんと確認したのですか?」
「落ち着いて下さい箱雲丹さん」
俺を担いだままのこの隊員の名は箱雲丹というらしい。
「この学校には師範がいますからな」
「師範というと海野氏ですか。しかし彼は当然、v域を見ることも出来ないでしょう。それが生徒の安全とどう繋がるのです?」
海野……ってあのおじいちゃんの先生だよな?
師範? なんのだ? 書道とか?
「見れない「から」いいのですよ。【森】の中に逃げ込んでも、師範の目には飛んでいく生徒しか見えないわけですから、隠れようがありませんしな」
「それは……そうかもしれませんが、しかし観測できなければ、干渉も出来ないでしょう。【神隠し】を防げないのでは?」
「運ばれる生徒の姿から、敵の位置関係を把握し、そこに技を打ち込んだようですな。それでv人たちは次々と即死したのでしょう。死体があちこちに残っていますぞ」
v人、たち? ヴァイタミンみたいなのが何人も入り込んでいたのか?
「待って下さい。それはおかしい。認識できていないのに、技が通じるはずがない」
「はははははははは!! そうか! それは盲点じゃった!!」
話を吟味するように聞いていた長官が突然笑い出した。
ひどく楽しそうに。
「ちょ、長官? どうされたのです?」
「妾にも全く想定外の出来事じゃ。これは、感服するほかない」
夜崩とは別ベクトルの自信家の長官が、こんなことを言うとは。
「ふふん、つまりこういうことじゃろ。技が通じるかどうかではない。その技を食らったら死ぬ、そう相手に認識させた。結果として、v人たちは「即死のエフェクトを自らに発生」させた」
「そ、そんな無茶苦茶な! 有り得るのですか!?」
箱雲丹さんが驚くのも無理はない。俺だってそうだ。
要は、あまりの技のキレに、相手が死んだと思い込んだってことだろ……?
「理論上は可能じゃ。いや、つい今しがたまで考えてすらいなかった理屈じゃがな……はははははははは!! 触れもしない相手から一方的に殺されていく。まるでホラー映画じゃ。奴らには同情するぞ。はははははは!」
あの物静かな海野先生と、VTTが語る内容が全く一致しないが、とにかくおかげでみんなは無事なようだ。
「はは……しかし海野翁が戦力として期待できるということは、v学の守りはある程度計算できるということじゃな」
「ええ。例の作戦の人員編成にも現実味が出てきますな」
「なるほど。しかし、人員という意味では今回の被害――」
箱雲丹さんの言葉を長官が手で制した。
「今は言うな。それよりこやつらを安全な場所へ連れていけ」
長官は、担がれている俺と、いまだ木にひっかかってわたわたしている夜崩を指し、箱雲丹隊員と北山口隊員に指示。自身は火炎のエフェクトで森を焼き始めた。
v域はv獣との相互の観測で固定化されるから、駆除が終わったいま、自然に消えていくはずだが、それを待つのはリスクが高いということだろう。
会話の内容的に何らかの被害は出ているらしいが、それは教えてくれなかった。
v人やv7についても、どうやらVTTは情報を持っているようだが、それについては後日正式に連絡するとのことだった。
とにかくv学襲撃を、乗り切れたということだ。
じわじわと実感が湧いてくるが、これはとんでもないことなんじゃないだろうか。
ふと、校章のvを押してみると、6の文字が表示された。
1上がっている……。
激しい実戦の中で、成長したということだろうか。
ガッツポーズを取ったが、その瞬間、脇腹に激痛が走った。
音符の爆撃で体を痛めたことを、いまさら思い出した。
とても、痛い。




