棘抜紗々璃
虹の残光が翻り、音符が五線譜を流れることすら許さない。
寸断された楽譜の中で、音符はうろちょろするだけだ。
「よくも足止めしてくれたのう! 貴様らも奴らの後を追うがよい!!」
「……あなたもしかして……トゲヌキ・ササリ?」
「大天才・棘抜紗々璃以外の何物であろうか!!」
「フヘ!? 人類最強じゃん……話が違うよ……!!」
「知らぬ!! 妾こそが状況を作るのじゃ!!」
子どものように嘆くヴァイスを、長官の刀が襲う。
バナナの皮を回転ノコギリのように投擲する技も、ほとんど牽制になっていない。
あっという間に肉迫されて、剣撃を葉で受けるのが精いっぱいだ。
音符も単発で爆発や火炎、雷や吹雪などを巻き起こすが、経路を切断されたために直撃していない。
「ヴォルケーノ・ヴァンガードぉ、助けてよぉ……!」
「自分でなんとかしろ!!」
ヴォルケーノは例のマッチョマンと楽しそうに交戦している。
まともに食らったら体がちぎれそうな攻撃の嵐をいなしながら、的確に拳や蹴りを叩きこむマッチョな隊員。
「ハ! 陽動部隊を蹴散らして来ただけのことはある!!」
ある意味では一方的ですらあるが、ヴォルケーノの筋肉は更に一回りも二回りも大きいために、効果が出ている様子はない。
いや、二回り?
先ほどより大きくなっていないか?
ヴォルケーノの体が、どんどん肥大化している。それも太るのではなく、等倍に大きくなっていく。
「これがオレの能力! 【カサンドラ・クロス】だ!!」
「……参りますな」
恐るべき能力を目にしながらも、マッチョ隊員はそれほど困っていなさそうに言う。
少なくとも拮抗しているのは確かだ。
「ハ! いい戦いになりそうだ! 今日の風呂は、さぞ爽快だろうぜ!!」
「帰れると思われているのは、残念ですぞ」
マッチョ隊員は、巨大化したヴォルケーノに踊りかかる。
「戦力が足りない……自分なんかが勝てる相手じゃないよ……グス……」
一方、援軍の来ないヴァイスが泣き出したが、誰が来るわけでもない。
その体を、袈裟懸けに刀が切り裂いた。
「ぬ」
しかし、手ごたえがなかったのだろう。
長官が顔を歪める。
それもそのはず、ヴァイスの体がぬるりと剥げ、中から無傷のヴァイスが飛び出したのだ。
背中から裂けたために、そこから伸びる葉と五線譜はそのままで、夜崩も拘束されたままだ。
「あぶあぶ……寿命縮んじゃう……」
「ほう、そんな手もあるのか」
まるでダメージがない。
なんてインチキ。
「俺……は……いいです……長官を……援護……」
「気づいていないかもしれませんが、貴方はずっとあのバナナのv人から狙われています。私が離れればすぐにさらわれるでしょう」
「え?」
この女性隊員がムチをぴしりと鳴らすと、自分の背後で何かが爆ぜた。
それが前まで吹っ飛んできたからわかったが、五線譜が回り込んで伸びてきたのだ。
もしかしたら、夜崩もこの手で拘束されたのかもしれない。
あの卑屈さに惑わされそうになるが、奴は超存在なのだ……。
「棘抜長官を相手していながらこの余裕は腹立たしいですが、それほど貴方に執着しているのかもしれません」
「そんな……こと……」
あるわけがない。
俺は一方的にあしらわれただけで、相手にすらなっていなかった。
曲がりなりにも戦えていた夜崩とは違う。
あるいは、ヒグマのように獲物に執着する性質があるのかもしれない。
「いずれにせよ、援護は不要です。長官は無敵ですから」
信仰に近い確信の色を込めて、隊員は言った。
「貴様の手の内、妾に見せよ!」