猛者
「おいバナナ」
「ヴァイス・ヴォイスだよ……!」
「あっちは失敗したらしい。戦闘態勢を取れ」
「え?」
担がれていたままの俺の体に、強烈な加速度が襲い掛かる。
ヴォルケーノが走り出したのだと一瞬あとになって理解した。
その時にはもう、ヴォルケーノの拳が、何かに衝突していた。
「なにィ!!」
「マッソウ!!」
筋肉の塊。
正面にも、筋肉。スキンヘッドの大男。
ブーメランパンツがはちきれんばかりのマッチョマンがそこにいた。
「フン!」
「ハ! やるじゃねえか!!」
肉食恐竜めいた笑みを浮かべたヴォルケーノが拳を連打する。
拳の連打といっても工事用杭打機が襲ってくるようなものだ。
しかし、マッチョマンはそれを、掌を横から当てて捌いていく。
まるで、少林寺ものの映画を見ているような洗練された動きだ。
「ハ! ハ! こりゃあいい!! いい汗がかけそうだ!!」
興奮したヴォルケーノが前傾姿勢を取った瞬間、ジャングルから飛び出してきた影が俺をかっさらった。
「なにっ!?」
「幼女を確保」
もうこの間違いにも慣れているが、俺を助けたのはムチを木々にひっかけて跳んできたVTT隊員だった。
押したら折れそうなほど線の細い女性で、年齢は大学生くらいだろうか。
細いフレームのメガネが似合う理知的な表情はエルフかなにかのような非現実感すらあり、地面につきそうなほど長い黒髪が、宙に一筋の川を描いていた。
そんな美女に抱っこされている。きまりが悪いが気にしていられる状況でもない。
「もう心配はいりません。VTTです」
「あ……あな……」
声を出そうとして、まともに出なかった。
その時自分が、肋骨を骨折していることに気づき、そして引きつるような激痛が襲って来た。
ちゃんと肺が酸素を取り込んでいて頭は回るのに、痛みで喋るのが難しい。
だが関係ない。事態を伝えないと。夜崩のことを伝えないと。
「喋る必要はありません」
ひどく事務的な声だが、冷たさはない。
「友……が……捕ま……って……」
「そちらはもっと心配する必要がありません」
「てめェいい度胸だなァ!!」
俺を奪われて、激怒して突進してくる重戦車。
しかし、例のマッチョマンが足払い。
「ぷわっ!? うおおおおお!?」
突進の凄まじさはそのまま転がる勢いとなり、ジャングルを蹴散らしてすっ飛んでいく。
「なにやってるの……もー……」
夜崩を確保したままのヴァイスが膨大な五線譜を展開する。
こちらを追撃するように放たれる音符。
「ふふん、ドヴォルザークの交響曲第9番じゃな。趣味は悪くないの!」
その五線譜が、天から落ちてきた虹色の軌跡に斬り裂かれた。
「じゃが、演奏させるかは妾が決めること!!」
「ヒェッ……ヤバイのきた……」
大きめの軍帽を被っていたが、それはまさしく棘抜紗々璃だった。
軍服に似たVTTの戦闘服に、更に明治時代の将校のようなコートを肩から掛けているが、そのコートの裏からは大量の刀が見えている。いわば、あのコートは鞘なのだろう。
長官のエフェクトは世にも珍しい虹。
これは複合属性といい、炎や雷や氷などが同時に発現しているためにそう見えるという。
夜崩ですら使い分けは出来ても同時発現は出来ない。
それはそうだ。炎と氷を同時に出すイメージなんて誰が出来ようか。
長官が如何に規格外かがわかる。
「ハァハァハァ……」
ん?
この女性隊員の息が急に荒くなった。
何があったのか、敵の攻撃か。
「素敵……」
顔も上気し、冷静沈着そうな表情はとろけ切っている。
棘抜長官へ向ける視線は、狂気的ですらある。
えっ。どういうこと?
「この子があの方との子だったらいいのに……」
あの、長官は女性ですよね……?
あと、僕、子どもじゃないです。
とりあえず、もう聞かなかったことにしよう。




