成る
「おおおおおお!!」
下腹に力を入れて、走り出す。
遠くで、「バカ者!」と聞こえた気がするが気にしない。
四分音符が肩に直撃。爆風を感じるが強引に――
ああ、駄目だ。
俺の体格じゃ、ふんばりも出来ない。
肩を軸にスピンしながら、そのまま背後に吹っ飛ばされる。衝撃で肺の空気が押し出される。
そこに次の音符が着弾。
空中をさらに吹っ飛ばされて、意識が飛びそうになる。
だが、執念で意識を残した。
しかし、視界を埋め尽くす音符が心を折りに来る。
折れるな。折れるな。意識を残せ。
アイツに殺す気はないはずだ。
捕まえに来た時に、ひとかけらでも体力が残っていれば、チャンスはある。
しかし、相手はもっと上手だった。
全く同じ四分音符にしか見えないのに、着弾と同時に、爆発ではなく重力が発生――
「かっ、はっ」
俺をその場に縫い付けた。
まるで漬物石でも乗せられたかのような重圧に、指先すらまともに動かせない。
おまけに爆風であちこち痛めたらしく、呼吸するだけでアバラが引きつる。
そんな俺のほうへ、陽気なステップでヴァイスがやってくる。
夜崩も背中の葉から伸びる五線譜にくるまれているが、ぐったりしているように見える。
くそ……!
「キミってさ……何部?」
「なにを……言って……」
「合唱部か吹奏楽部だと嬉しいな……フヒ」
自己肯定感が低そうに笑うヴァイス。
どういう意味だ。【神隠し】の相手を、選んでいるということか。
「キミも「成ってくれる」といいんだけどね~」
成る?
何に? 合唱部? 吹奏楽部?
いや、そんなことはいい。
指を動かせ。体を動かせ。
隠しナイフを掴め。
痛みは忘れろ。少しずつでも呼吸しろ。
近づいてきているぞ。動け。動け。握れ。切れ。くそ。動け!!
「どうかな……?」
ぐいと体をかがめ、俺の顔をまじまじと見て来る。
吸い込まれそうなほど真緑の瞳が、間近に迫る。
人間にはあり得ない完全な均整がとれた顔。
不気味の谷なんてものは超越している。神々しささえ感じる。
「まぁ……いいか……持って帰ろ……」