ヴァイス・ヴォイス
「先生!」
一瞬にして、先生の意識は刈り取られていた。
慌てて駆け寄って揺するが、起きるわけもない。
「夜崩!! こいつはやばい!! 逃げるべきだ!!」
「ならん!! 逃げれる相手には見えん!!」
暴君はチャクラム2丁を投擲する。
「それは合ってるけど……」
ヴァイスは両手を交差させてまるでピースサインでもするかのようにチャクラムを受け止めた。雷のエフェクトが爆ぜるがお構いなしだ。
「うわ……結構強いんだ……。そっか……ヴァイタミンを倒したの、キミか……」
ヴァイタミンというのが、あのトマト髑髏の事だろう。
「だったらどうする!」
「自分なんかが……どうこうなんて……そんな……」
弱々しい言葉とは裏腹に、存在するだけで放たれる圧は恐るべきものがあった。
まずい。このまま交戦しても勝てる気がしない。
「お、おいあんた、なぜ俺たちを襲う。戦う必要がある? 会話できるんだろ?」
「人類だって会話出来てても殺し合うじゃん……」
さっきから煙に巻かれている気がする。
とにかく、油断は出来ない。トマト髑髏――ヴァイタミンで痛いほど学んだことだ。
「でも……自分たちは見られないとやっていけないからね……貧相な自分なんか……見られたくはないけど……フヒ……」
「観測転倒論……棘抜論文の予想通りだ。それはわかっている。だけど、それだけなら俺たちを襲う必要はないはずだ。観測は強制である必要ないだろ」
棘抜長官はその論文で、人類を「我思うゆえに我あり」、v獣を「見られるがゆえに彼らあり」と定義した。
存在を安定化させるためには観測されることが不可欠。
だが、さらう必要はない。見られさえすればいいのだから。
「倫理観って言うの……? 自分たちがそれを知ったの最近だし……知ってたらこんな格好しないし……人間の感覚だと恥ずかしいとか……先に言ってよ……っていう……」
それでこんな露出度が高い恰好をしておきながら、恥ずかしそうにしているのか。
だが、価値観の違いは相互理解で分かり合えるが、倫理観の違いは埋めがたいものだ。
これは……会話が通じることが、果たして救いになるか……?
それに、考えてみれば、コイツらは人間の感覚を、どうやって学習した……?
「あ……そういえば時間ないんだった……知りたいなら連れてくよ……?」
唐突に態度が変わって、バナナの葉から五線譜を起動するヴァイス。
人間の情緒では有り得ない。
「行かんわ!!」
夜崩が鉄球を五線譜に投げつける。
五線譜の端まで音符が来ると効果が発動するのは見た。だが、五線譜の途中で攻撃されたらどうなるのか?
即座に試す夜崩の戦闘センスには舌をまくしかない。
結果はすぐに出た。
先にある音符は、逆流して鉄球に向かったのだ。同時に奥の音符も鉄球に向かい先に進む。
そこで鉄球が引かれたため、音符同士が激突した。
「きゃっ!?」
四分音符は爆弾だった。だからそれ同士の激突でも、爆発が起きる。
至近距離で起きた爆発を、背中のバナナの葉で自身を覆うことでしのぐヴァイス。
「そんな手があるの……やだー……」
「暴君とは拷問のアイデアに富むものよ!」
大鎌を持って突っ込む夜崩。俺も手をこまねいているわけにはいかない。
弓に矢を番えて――
「まぁそのくらいなんてことないけど……」