暴君大暴れ
慣性と風圧で、真っ赤な髪が歌舞伎の連獅子のように吹き上がる。
蛇崩夜崩である。
パジャマ姿を見て気づいたが、どうやら襲撃に対して屋上に向かったのではなく、襲撃に気づかず眠っていたようだ。そっちかー。
眠っているとv域もv獣も干渉できない。この可能性も考慮すべきだった。
あいつ、休みの日に昼まで寝てることも時々あるもんな。
「命人、無事かの?」
暴君の瞳が、動けない俺と倒れたふわりちゃんに向いた。
「ああ。動きは取れないが無事だ」
「ふわりはどうか?」
「意識はないが、【神隠し】が目的のようだから多分無事だ」
「……」
暴君は髪色と同じように顔を怒りで真っ赤に染めた。
「よくも……よくも……!!」
トマトv人に向き直る夜崩。
背中には無理やりパジャマのズボンに突き刺した大鎌のパーツがあった。
それを目にも止まらぬ速さで組み立て、フェンス際で首吊り状態になっているトマト髑髏に切っ先を向けた。
「暴君の所有物に手を出してタダで済むと思うでないぞ」
「何……をっ!!」
トマトのv人は、人間には絶対不可能な脱出法、鎖の輪を下から突き抜ける形で抜け出した。スライムでもなければそんな抜け方はできないだろう。
首から下は骨のように見せているだけでイミテーションなんじゃないだろうか。
何もかもが嘘。あの野郎……!
「肉詰めにして焼き殺してやるぞピーマン!!」
「私のどこをどう見ればピーマンに見える!!」
「トマトがそう間違われるのは屈辱であろうからな!!」
「人間めぇ!!!」
v人は気づいているだろうか。
もう完全に、夜崩に主導権を握られている。
人間をいくら研究してようが無駄だ。こいつは常識では測れない。
大鎌から炎のエフェクトを噴き上げ、間合いを測る。
それでもトマト野郎は確実な手を取ろうと考えたのか、両手の間からプチトマトを生み出す。
「気をつけろ夜崩! あれは粘着液を出すぞ!」
言って、失敗だったかもしれないと思った。
あいつの悪意から考えて、違う性質のものを生み出し――
しかしそれは発射されるより前に、パジャマのポケットから早撃ちされたチャクラムが直撃。電撃が弾け、v人の掌の中でプチトマトが爆発した。
「ぐおおおおお!!」
「ニャハハハ。粘着弾と見て焼き払えば爆風でダメージといったところか?」
夜崩は読んでいた!
「き、きさま……!!」
爆発で全身がズタズタのv人が激高して飛び掛かる。
びちゃびちゃと液漏れをしながら、腕を突き出す髑髏トマト。
「さっき、顔だけを逸らしてたなぁ」
「!」
そうだ、コイツは爆発の時、「顔を180度回転させて」爆風をかわした。
それを見切っていた夜崩は、燃え盛る大鎌を投げつけた。
まるで輪入道のように炎上する縦回転のノコギリだ。
「!」
髑髏トマトは首だけ真横に折り曲げて当たらぬようにしながら、構わず胴体で受けてそのまま突っ込む。
鎌が貫通して両断された胴体に火まで燃え移るが、v人は残っていた体を自切。
頭だけになって突っ込んで行く。
「馬鹿め! 武器を捨てたな!」
髑髏の口から大量の手を生やして襲い掛かるv人。
その後頭部に、矢が突き立った。
「!?」
射たのはもちろん、俺だ。
「な、に?」
「馬鹿者が。人間にはできない避け方をするからそうなる」
そう、v人は敵から目線を逸らさぬよう、顔を正面に向けたまま、体自体を曲げて回避した。
そのせいで、相手にフォーカスした視野だけでなく、周辺視野にすら鎌の行方が映っていなかった。
鎌は、俺の方に飛んで来ていた。
そして俺の傍に落ちたそれの、炎のエフェクトが粘着液に引火した。
俺はそのまま火だるまになったが、「エフェクトは人体に作用しない」。
イメージの投影であるエフェクトは、集合的v識より生まれたv獣らには効果を及ぼすが、実体世界を生きる人間をはじめとする物質には影響を与えないのだ。
当然、燃焼による酸素の消費すら起こらない。
ゆえに、足から火を噴きだして飛ぶというような使い方は出来ないが、今回のように、敵の生み出したものだけを焼き払うことも出来る。
おかげで自由になった俺は、矢を連射する。
「ぐ、ぬ」
次々頭に矢を受けたv人は流石に動きがにぶる。
「だが……!!」
それでも飛行を続けるトマト髑髏。
夜崩は逃げるが、その背がガシャンとフェンスに激突する。
「追い詰めたぞ!」
「逆よ」