知性
美人……いや【v人】か。
これはもう、間違いない。
いたんだ、v獣の上位存在が。
途端に全身に汗が噴き出す。
理解を超えた存在に遭遇したことを、本能が察知しているのだ。そう考えるのは余裕があるからではなく、生命の危機を感じて思考がクリアになっているんだろう。心臓だけがバクバクと音を立てている。
「……そこの女の子をどうするつもりだ」
「つれて、いく」
「なぜ」
「おしえ、ない」
「だったら、奪い返すだけだ」
「それ、むり」
なんの予備動作もなく、v人が直進してきた。
人間の骨格を見せておきながら、それとはまるで違う異質な動き。足の裏にキャタピラでもついているのだろうか、直立姿勢のまま高速で突っ込んでくる。
だが、身長差が幸いした。
咄嗟に横へ避けた俺を一瞬見失い、その隙に俺はナイフを取り出す。
そのまま飛びつくようにナイフを脇腹にねじ込んだ。
「ぐぇ」
気味の悪い声が漏れたが、手ごたえはない。
「くっ」
ナイフを諦め反射的に飛びのいたが、そこを伸びた腕が薙ぎ払った。
緑に侵食された屋上のコンクリが、えぐれて破片が散らばる。
「あたま、いいな」
ヒヤリとする。
こいつはおそらく、与えたダメージを誤認した俺を仕留めるつもりだったのだ。
駆け引きできるだけの知性がある。カッパやテングとはまるで別の生き物だ。
知性のある相手との戦いは、心の削られ方が全く違う。
格闘ゲームで対戦している時に近い。
知性あるもの同士の戦いとは、「いかに相手がされて嫌なことが出来るか」だ。
それを考えろ。
こいつのされて嫌なことは――時間を稼がれることだ。
こっちはVTT到着まで粘れればいいんだから。
「ふっ!」
息を吐き、距離をとる。そして弓に矢を番えて射る。
察知したv人はかわそうとするが遅い。
正確に矢尻と奴の額を糸でつなぐイメージは出来ている。
糸はいわばレーザーサイト。あとはそこに放つだけ。
「ぱぁ」
トマト頭に矢が突き立つ。
またおかしな声を漏らすが、動きを止めていない。
矢もずるりと抜けて垂れるように下に落ちていく。
「プチボム」
奴が両手を合わせると、その間にプチトマトがどんどん生えて来る。
それが無造作にバラまかれた。
「!」
判断するヒマもなく、咄嗟に弓を盾にしながら横っ飛び。
しかし、避け切れない。
雨あられと飛んで来るプチトマトを、体のあちこちに受けてしまう。
強酸性の攻撃ではと最悪の想像が頭をよぎるが、違った。
「う、ぐ……」
弾けたプチトマトは、とりもちのように粘性を発揮し、弓から手からにべったりついてしまっていた。
これでは攻撃ももう出来ない。
おまけに体中についたトマトとりもちは、床と足をも縫い付けていた。
「おまえ、エフェクト、ない。こわく、ない」
髑髏が笑う。
ちくしょう。
だが、炎のエフェクトがあれば焼き尽くせていただろうし、風のエフェクトがあれば吹き飛ばせていたはずだ。
俺の力不足が露呈した……!!
くそっ、でもどうして……
「どうして、えんぐん、こないか、ふしぎ?」
トマト髑髏は煽るように言う。
そうだ。こいつには悪意がある。
人類が、生き残るために得た、悪意という知性に匹敵するそれが。
なら、答えは明白だ。
「あっちも襲撃されているのか……!」
「うん、やはり頭がいい。連れて帰るとしよう」