防戦
安全のため、ここからは徒歩で行く。いつv獣が飛び出してくるかわからないのだ。
v学生は全員、v器を普段から持ち歩いている。
ウエストポーチの類をつけていたり、ポケットの多いジャケットなどを着ていることも珍しくないため、年配の人には釣り人と間違えられることも多い。
だが、その苦労のおかげでこんな非常時にすぐに対応できる。
弓を構えて学校前の並木道を走って行く。並木はもう奥の方はv域に侵食され、解像度の低いジャングルになっている。
矢の数は多めに用意しているが、足りるとは思えない。ナイフを使う場面もありそうだ。一応、以前の失敗をふまえて、ナイフはベルトのバックルじゃなく、太もものホルダーに収めてあるが……
ふわりちゃんはなぎなたを組み立て、颯爽と走る。知らない人が見たら、俺たちは武道系の部活動の朝練に見えるかもしれない。
しかし、ここからは練習のように安全は保証されていない。
覚悟を決めてv域に突っ込んで行く。
レゴブロックに近い解像度の緑に覆われた校門の先、校庭が見えた。
そこは、戦場だった。
大根に似た【ヌリカベ】、キュウリに似た【カッパ】といった、目撃例の多いv獣だけじゃなく、干したかんぴょうに似た【キョウコツ】、瓜に似た【ウシオニ】、そしてニンジンに似た【テング】などがひしめいていた。
それを寮に残っていた学生たちが総出で迎撃していたのだ。
数は見えるだけで十数人。
全員、私服だし、パジャマの者もいれば、パンイチの男もいた。
長官が危惧していた通りの状況だが、あの訓練のおかげで集中して戦えているように見える。
その中には、クラスメートのベンゾー君こと粟田賢三の姿もあった。
槍に雷のエフェクトを纏わせ、近づく順にv獣を切り払っている。
「ベンゾー君! 大丈夫か!」
彼の近くのv獣に矢を射かけながら近づく。
邪魔なヌリカベを、ふわりちゃんの風のなぎなたが薙ぎ払う。
「ハァ、ハァ、な、なんとか、ハァ、持ちこたえてます、ハァハァ」
ずっと戦っていたのだろう。息も絶え絶えだ。
ベンゾー君は俺たちが周りの敵を倒している間に呼吸を整える。
「ハァハァ……フゥ、もう大丈夫です。ハイ」
「あの~、古賀先生たちはいないんですか?」
常任の戦教は古賀先生のほかに2人いる。
学年ごとに担当が違うので俺たちは古賀先生以外にほぼ面識はないが、中学の担当も別に1人いるので、全部で4人いるはずだ。
「先生たちは、最初に襲われた寮に向かったみたいです、ハイ。逆に僕たちは避難するように言われて外に出たのですが……」
「この状態だったわけか……」
「ハイ。こうなったらやれるとこまで戦ってやろうと、ハイ。最悪EGGもありますし」
「男だねぇ!」
クラスメートのガッツに嬉しくなる。
ベンゾー君は、本当は有名進学校に行きたかったが、【神隠し】を心配した親に、半ば強引にv学へ入学させられた、なんて話してくれたこともある。
v学に入ってからも勉強を続けている。もちろん成績はトップで、夜崩は一度も勝てたことがなく、成績発表のたびに地団太踏むのが恒例行事だった。
ベンゾー君というのも、夜崩がくやしまぎれに言ったのがそのまま定着したものだ。
そんなベンゾー君が、自分の意志で戦っている。
それがひどく嬉しかった。
「ところで、夜崩見てないか?」
「蛇崩さんは見ていませんね。でもあの人の性格ですから、真っ先に屋上に向かったのでは?」
「あり得る……」
流石の判断力だ。
空から敵が降って来ているのを見て、アイツが一番高いところに登らないはずがない。
とすれば寮ではなく、より高い三階建ての校舎へ向かうはず。
「よし、俺は校舎へ向かうよ」
「もちろん、私も行きますよ!」
ふんすふんすとふわりちゃんの鼻息も荒い。こんなに興奮しているのは珍しいけど、ベンゾー君の熱意にあてられたのだろう。
俺たちが呑気に話ができるのも、ふわりちゃんが近寄って来るカッパやヌリカベを薙ぎ払ってくれるからだ。
「わかりました。でも気を付けてください。校舎のほうで、見たこともない赤い影を見ました。ハイ」
「赤い影? テングとか?」
「いえ。人型でしたが、翼はありませんでした。ハイ。最初はそれこそ蛇崩さんかとも思ったのですが、全身真っ赤に見えました。すぐにv域化した草木に隠れてしまいましたが……」
「噂の上位存在かもしれないな。わかった気を付けるよ」
v域はわからないことだらけで、未確認情報や怪しい噂はいくつもある。
その中に、知性を持った人型のv獣、いわば上位存在がいる……なんてものもあった。
テングは人型だが、知性は高くない。飛行できるため脅威度は高いが、上位存在とは言えない。カッパやキョウコツも人型だが、同じく知性は低い。
他にも人型のv獣はいるが、言語や道具を用いるものはいない。
だから上位存在というのは眉唾だが、否定しきるだけの材料もない。
実際、今回の襲撃には、ひっかかる部分はある……