3・v人迫撃
俺は学生寮、ひいてはv学方面へ走っていた。
ヤバい。絶対にヤバい。
急がないと……!!
こんな距離から見えるv域なんか異常だ。
商店街と学校は1キロ以上離れているんだぞ。
v域が最大でどのくらい広がるかはまだよくわかっていない。
だが少なくとも国内では巨大なv域の発生は確認されていないはずだ。
海外となると、【海】の侵食で巨大な禁足地が出来てしまったなんてニュースもあったが……巨大な壁で覆われた某国の都市の映像は衝撃だった。
絶対にそんな風にさせるわけにはいかない。
それに、空にv域が出るなんて聞いたことがない。
v域の【森】が侵食してくるのが問題なのに、あれは明らかに空だ。上空というほどでもないが、少なくとも校舎よりかなり高い位置にある。
異常な事態が起きているのは間違いない。
それは理屈じゃなく肌感でもはっきりわかる。
だいいち、あそこには夜崩たちもいるんだ。
あの暴君は休みの日は「怠惰こそ暴君のサガ」とか言って大抵だらだらしている。
巻き込まれているとみて間違いない。
早く助けにいかないと!
だが、悲しいかな。俺の体格でどんなに走っても、かけっこしてるちびっこの速度だ。しかし、学校への最短ルートは小道が多いし、タクシーを拾ってる暇はない。
焦燥感ばかり募る中走っていると、背後から声が飛んできた。
「アキラちゃーん!」
「ちゃんじゃないよ!」
自転車で爆走してきたのは、ふわりちゃんだった。白いパーカーと、青いスカートのすそをはためかせている。
「後ろ乗って!」
「後ろ?」
二人乗りは褒められた行為じゃないが、今は緊急事態だ、許してもらえるか……なんて思考も、俺を追い越しざま現れた自転車の後部を見て吹き飛ぶ。
茶色い、小さな座席。
「あの、それって」
「姉の自転車を借りました!」
そうだね、君は七人姉妹の真ん中と聞いたことがあるから、もう結婚しているお姉さんがいたんだろう。お子さんもいるんだろう。近所に住んでいたのかな。そこをたまたま訪ねてたのかな。
でも、そうじゃ、ない。
君の自転車にそれがついてることを疑問に思ったんじゃないんだ。
俺に、そこに乗れと言っている点にだね……
「早く!」
「ちくしょう仕方ない!!」
プライドなんか犬に食わせてしまえ。
俺は走りながら、自転車の後部座席に飛び乗った。
「飛ばしますよ!」
「頼む!」
「ぬーーーーん!!」
妙にかわいい掛け声とは違って、猛烈な足の回転で自転車が疾走する。
流石、v値7。基礎体力が違う。
なんでも中学では水泳部だったらしいから、納得だ。
ふわりちゃんの自転車は、あっという間に学校へ接近した。
街路樹が並ぶ通学路の先に、v学の白い校舎が見えてくる。
いや、白じゃない。緑に――
「あ、あれって……」
「ああ。間違いない。v域だ」
空が裂けて、ツタがいくつも垂れていた。
そして、そこからv獣が次々とv学へ滑り降りて行っている。
まるで特殊部隊がヘリから降りて来るかのようだ。
衝撃の光景に、ふわりちゃんの自転車を漕ぐ足も止まっていた。
「なんて数だ……」
うじゃうじゃ。
そうとしか表現できないほど、大量のv獣が出現している。
空はテニスコートほどの大きさの侵食が起こっているが、地上や校舎はその比じゃないだろう。
この位置だとまだよく見えないが、ツタが巻き付いているのはわかる。解像度にばらつきがあるために形は捉えづらく、そのせいで白い校舎が緑色に見えていた。
「そんな……これじゃもう……」
「いや、あそこには夜崩がいる! アイツは絶対に戦ってるはずだ!」
「アキラちゃん、そこまで蛇崩さんを信頼して……」
信頼?
違う。事実だ。アイツはそういう奴だって、俺は知っている。
「でも、あの数は助けに行ったって……」
「それでも――」
行く。
そう言おうとした時、町内放送のサイレンが鳴った。
「緊急のお知らせです。現在、大規模なv域侵食が発生しています。各家庭では児童・生徒を自宅内に戻してください。また、子どもや若者は、決してv獣対策学校の方向を見ないようにして下さい。また手元にEGGを準備し、いつでも使用できるようにしてください。なお、既にVTTへ通報はされていますので、ご安心下さい。繰り返します……」
VTTへ通報されているのは心強い。
ただ問題は、ここは都内とはいえ、最寄りの東京本部からすぐに到着できるような距離ではないことだ。
どっちにしろ、やはり助けがいる。
「ふわりちゃん。ここまでありがとう。ここからは一人で行くよ。お姉さんのところに戻ってくれ」
「そうはいきません! アキラちゃん一人で行かせはしません。見くびらないで下さい。これでもけっこういいv値なんです!」
「正直……助かる」
俺よりv値は高いんだ。
「じゃあ、行くぞ!」
「はい!」