v値
模擬戦が終了し、生徒たちは整列させられた。
保健室送りになった者が多数なので、なかなかの歯抜けになっている。
今頃、保健の神田先生が怪我人の量に「ファック!」と叫んでいる頃だろう。それが口癖のあの先生もたいがいだが。
残っている生徒も、生傷は絶えない。今回の訓練の激しさを象徴していた。
再び長官が前に出てきて、総括が始まった。
「どうだったかの。より実戦的な訓練は。おそらく思うていた以上に動けなんだという者が大半じゃろう」
頷く生徒がちらほら。
傍から見ていても、多くがパニックを起こしていたと思う。その大半が保健室送りになってしまったわけだが……
「つまり、実戦じゃったら、おぬしらの大半は【神隠し】に遭ったということじゃ」
「!?」
再び突き付けられる現実。
一同に動揺が走るが、反論の余地は微塵もない。
「無論、これが実戦ならば、妾のある戦場で【神隠し】など絶対に許さぬ。じゃが、いつも妾やVTTがいると思うでないぞ。常に鍛え、備えよ」
VTTの支部は全国に5か所しかない。
カバーの範囲が広すぎる。呼んだからと言ってすぐ来てくれるとも限らない。
「じゃが、もっと大事なのは考えることじゃ。トロッコ問題を知っておるか? 突進してくるトロッコすなわち路面電車。おぬしはレールの切り替え機の前におる。電車が直進すれば軌道上の5人が死ぬ。じゃが、切り替えれば1人の犠牲で済む、そんな状況があるとして、どちらを選ぶか、というようなものじゃ」
有名な話だ。誰しも聞いたことくらいあるだろう。
「そんな……選べません……」
後ろに立つふわりちゃんがぽつりと漏らす。
「ニャハハハハハハ!! 暴君を讃えよと言って反応のよい方を助けるぞ! 電車が声より速い道理はないからな!」
「ふふん」
暴君のいかれた案は鼻で笑われた。
かと思ったら――
「それでよい」
ええっ。
「ニャハハハ!! そうであろうそうであろう」
「じゃが勘違いするな。内容を褒めたわけではない。「即断できること」を褒めたのじゃ。既に決めていたのかもしれぬがそれでもいい」
長官の真剣な瞳が生徒一同を刺す。
「よいか。このトロッコ問題で、肝要なのは「アクロバティックな解決法を思いつくことではない」し、大喜利大会でもない。備えだと思うがよい。同じ場面に遭遇する可能性があるということを意識せよ。友人二人がそれぞれ別のv獣にさらわれようとしていたらどうじゃ? どちらを選ぶ?」
それは。
過酷な質問だが、現実に起こり得る話だ。
例えば俺は、夜崩とふわりちゃんが同時にさらわれようとしていた場合、どちらを助けるべきなのか。
俺は――
「遅い。すぐに決められなければ、二人ともさらわれるだけじゃ」
……二人とも失ったかもしれないわけだ。今のように迷っていたら……
「つまりはそういうことじゃ。時間切れという最悪を防ぐため、決めよ。己の中に基準を作れ。どういう順で救うか。それが正解かどうかはどうでもよい。体が動かなくなることだけは避けられるのでな。たとえその選択が後でなじられようと構うな。妾が許す!」
長官の言葉が、身に染みる。この特別講義は、大成功だったと言っていい。
俺たちの持っていた、甘い考えを力づくで取っ払われてしまった。
「そうそう、この戦闘でおぬしらのv値を測定した」
ええっ、と声が上がる。俺もその中の一人だった。
投影機に観測機能もあったんだろうが、不意打ちだった。
「おぬしらも授業で習っただろうが、v値とは、v域観測能力とイメージ力、そして戦闘能力を掛け合わせた評価値を指す。厳密な数値ではなく目安だと思えばよい。ちなみに言っておらんかったが、校章のバッジにはv値の表示機能がある」
「えええええええええええええええええ!!」
3年すら知らされていなかったのか先ほどよりも更に大勢がどよめく。
「では開示じゃ」
非難の声など受け付けないであろう、ただ決定事項を伝える声。
衆人環視の中、不意打ちにもほどがある。
これは、受験の合格発表のようなものだ。
自分の価値が告げられる、そんな人生を左右する数字は――




