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暴君の斜陽

 見渡してみると、おはぎくんの数も減ってきている。

 特に経験豊富な3年や2年の固まっていたあたりは、どんどん撃破しているようで心配ない。その辺にいるのは残り1、2体程度。全撃破も時間の問題だろう。

 やはり同期を援護だ。

 と1年の固まっている方へ向かうと、ピンク色の髪がなびくのが見えた。

 ふわりちゃんが先頭で戦っている。

 彼女もさらわれかけたとはいえ、実戦経験者だ。

 なぎなたに風のエフェクトを纏わせ、おはぎくんが攻撃のために伸ばしてきた手を斬り払っている。

「援護するぞ、ふわりちゃん!」

 弓という武器の都合上、俺の位置を伝える。射線をあけてもらい、フレンドリーファイアを防ぐために大事なことだ。

「ありがとう!」

 おはぎくんの突進の出鼻を、矢でくじく。

 そこにふわりちゃんが飛び込んで、なぎなたを体ごと回転させて斬りつける。

 まるでフィギュアスケートのように、美しい回転軸でコマのよう。

 なぎなたの風のエフェクトが、竜巻のようにおはぎくんの胴を斬り裂く。

 問題は、回転でスカートが思いっきり腰と並行のシャンプーハット状態だということだ。もうスカートを履いていないのと同じだが、長官の訓示の通り、気にしないのがマナーだ。

 黒のレースの細緻な、かなり攻めたものが見えたが気にしてはいけない。えっ、この人こんな派手なのをとか思ってはいけない。

 心を無に――

「……見ました?」

 顔を真っ赤にして言われたら、そりゃもう駄目だよ。

「き、ききき、気にしてないから!」

 冷静さを装うことも出来ない。

 だが、その間にもおはぎくんが腕を振り上げている。

 動揺する心を抑えて、あるいは意識を分割するように、努めて冷静に矢を引き絞る。

 射る。射る。射る……。

 頭から黒いパンツの残光を消そうと無心になったのが良かったのだろう。

 気づけば、おはぎくんを滅多打ちにしていて、倒れていた。

 矢も全部使ってしまっているが、本物の矢と違い、拾って再利用できる。

 矢を拾いに近づいて行くと、ふわりちゃんが呆然としていた。

「どうしたの? ケガでもした?」

「凄いんですね……」

「え?」

「アキラちゃん、とっても強い……」

「だからちゃんはやめてくれ……まぁ、俺や夜崩は中学からここだから、慣れてるだけだよ」

「そうでしょうか? エスカレーター組の人はたくさんいますけど、こんなに強い人はほとんどいませんよ。ほら……」

 ふわりちゃんが示した先には、何人もノビていた。

 その中には見知った顔も多い。確かにエスカレーター組の面々だ。

「きっと特別なんでしょうね」

「そんなことはないと思うけどなあ……」

 考えてみても、夜崩がトラブル体質だから、修羅場に遭遇することが多かっただけのように思う。

「ところで、私の下着の色、覚えてます?」

「え? 黒のレース……あっ!」

「覚えてるじゃないですかっ!」

「誘導尋問はきたない」

「いけない子は、めっ、ですよ!」

 ぷんすこするふわりちゃんに怒られつつ、残るおはぎくんを倒すのを援護して回った。

 やがて、全校生徒の力で、おはぎちゃんの大半を制圧することに成功したのだった。

 残る2体も多勢に無勢で撃破は時間の問題だ。

「夜崩はどうしてるかな……?」

 長官と夜崩の戦っていた場所へ急ぐ。

「待って下さい~」

 ふわりちゃんも、とたとたついてくる。

 そもそも校庭の中だから走ればすぐだ。

 現場に着くと――

「ええっ!?」

 思わず声が出た。

 夜崩が、首だけ出して地面に埋められていた。

「きゃあっ!?」

「どうしたんだお前!」

「ヒンッ」

 泣いてる……。

「けちょんけちょんにやられた……」

「そうか……相手は日本最強とまで言われる人だからな……」

 夜崩は客観的に見ても、天才だと思う。

 3年でも勝てる人間はいないだろうし、戦教相手ですら互角以上に戦えるポテンシャルがある。

 それでも、VTT設立者にして、人類最強と噂される棘抜長官の相手は厳しかったか……。

「暴君としちゃ、負けたのはショックかもしれんが、世の中そんなもんだ。元気出せよ」

「いや、負けたのは別にいい。暴君(ぼうくん)とは滅びの美学を持つ者だからな……いつか必ず斜陽を迎えるのが暴君なのだ」

 いいんかい。

暴君(ボク)が悲しいのは、一の配下たるお前がっ、暴君(ボク)を見捨てたことだっ!!」

「そこなの!?」

「敗れて滅びるのは構わん! でも、お前はっ、暴君(ボク)に従い、一緒に滅びないといけないんだっ! ヒンッ」

「ええ……」

「せめてブルータスるところだろう!! 一緒に滅ぶか、トドメを刺すかだっ!!」

 ブルータスまで動詞化するなよ。

「はいはい。わかったわかった」

「あらあら、可哀そうに……」

 ふわりちゃんが頭を撫でているうちに、近くに落ちていた剣を使って掘り出していく。

「つらいわよね~埋まっちゃうのって……」

 壁に埋まっていたふわりちゃんにしか言えないセリフだ。

 そうか。

 長官がわざわざ埋めたのは、v獣に敗れるとどうなるかということを、夜崩に教えてくれたのかもしれない。

 強すぎる夜崩は、通常の訓練では危機にすらならないからこそか。

「つらくはない。敗れた暴君(ぼうくん)の首が晒されるのは世の習いだ」

 どういう神経なんだよお前は。

 長く付き合ってきたが、コイツの言う滅びの美学の基準はいまいちわからない。

 一度掘られたことで思いのほか土が柔らかい。さくさくと掘り進め、意外なほど早く腰まで来た。

「うむ。これくらいならもう引き抜けよう」

 バンザイする暴君。かわいい。

「もう少し掘らないと、お尻がつっかえちゃいますよ」

「ニャハハ。これで抜けんとはどんなデカ尻だ。問題ないわ」

 壁に尻がハマった人もいるんですよ!

 ふわりちゃんの表情が固まっているが見ないことにする。

「それじゃ引き抜くぞ。力抜けよ」

「ふん、暴君(ぼうくん)は配下への丸投げは得意なものだ」

 どういう自信の持ち方だよ。

「俺の体格じゃ一人で引き抜けないから、ふわりちゃんは反対側から頼む」

「あ、う、うん」

 表情筋のフリーズがとれたふわりちゃんが真後ろに回り込む。

「行くぞー、よいしょおっ!」

「そぉれ!」

 果たして、スポンと夜崩が引き抜けた。

 カツオの一本釣りを思わせる、スムーズな釣り上がりぶり。

 だが、やはりちゃんと腰まで掘るべきだった。

 スムーズに抜けたのには訳がある。

「あ」

 暴君の口から、そして俺とふわりちゃんから同じ母音が漏れた。

 下が全部脱げていた。

「ニャワーッ!?」

 暴君は奇声を上げ、ふわりちゃんに吊り上げられたまま、両足で俺を蟹ばさみ。

 俺に密着することで、局部を隠す戦法に出た。

 かくして、先日の最低なオブジェと化した我々は、今度は最低の騎馬戦の馬となったのだった。

「おーい、そこの。パンツが見えるくらいで気にするなとは言ったが、脱げとは言っておらぬぞ」

 さしもの長官の声にも、呆れの色があった。

 返す言葉は、なかった。

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