真剣
「えっ……」
気圧されて、ふわりちゃんの拘束が解ける。
おかげで見えるようになったが、長官は相変わらず胸丸出しだが、その目は真剣だった。
これが露出趣味だとかセクハラの類ではないのは理解できる。
だが、生徒一同、意図はわかっていない顔である。
その時、暴君が腰に手を当てて宣言するように口を開いた。
「ニャハハハハ!! 要はいつなん時でもv獣は襲ってくる。だからパンツが見えるとかその程度のことで騒ぐなということだろう」
「その通りじゃ!」
どこから取り出したのか、長官が扇子で夜崩を指す。
「よいか。v獣は、風呂に入っているときだろうが、トイレ中だろうが、構わず出現する。じゃがその時、お前たちはどうする? セクハラだと言えば「v獣が配慮してくれる」のか? 裸じゃから助けを呼ばんのか? 女風呂じゃからと躊躇して踏み込まんのか?」
――正しい。
長官の言っていることは、正論だ。
でも――
「そ、そんな……「何で私たちばっかり」そんな目に……」
誰がつぶやいた言葉だったのかはわからない。
生徒の一人が漏らしたその言葉が、俺たちの本音をまさに表していた。
v獣は若者にしか見えず、若者しか襲わない。
世間の理解を受けにくく、いまだに陰謀論だ、v獣対策は税金の無駄だと騒がれる。
映像にはv獣は映らない。
必死に戦っている姿でさえ、大人からはパントマイムにしか見えず、嘲笑される。
いつv獣に襲われるか、怯えながら暮らす毎日なのに、大人たちに理解されることはない。
友達と出歩く時だって、1秒後には襲われているかもしれないのに。
今日は登校していた友達が、明日には【神隠し】でいなくなっているかもしれないのに。
どうして、こんな世界になったんだろう。
どうして、俺たちばかりこんな目に遭うんだろう。
それは常に、俺たちみんなが心の中で思っていることだった。
「諦めて受け入れよ」
だが、長官の言葉は冷たかった。
「よいか。それは我らの理屈であって感傷じゃ。じゃがv獣にそんなことは関係ない。我らがどんなに泣き言を述べたところで、奴らは気にしてはくれぬ」
冷たい。
「じゃから、生き残れ。生き残りさえすれば、今の地獄もただの昔話じゃ。そのための手段を、妾たちが教えてやる」
冷たいが、優しい。
ここで見せかけの優しい言葉をかけたところで誰も救えない。
それはただの現実逃避だろう。
俺たちはv学を選んだのだ。それは戦って己の身を守ると決めたことを意味している。
とうに決まっていなければいけなかった覚悟は、本当の意味でいま決まった。
「ふふん。良い目になった。……わかっておるじゃろうが一応、言っておく。羞恥心は不要じゃが、じゃからと言って女体をジロジロと見るような下衆は、股間のものをねじり切るからな」
覚悟がタマヒュンとともに消えそうになる。
「では訓練開始と行こう」
長官が白衣から銃を取り出した。
その先にはボトルのようなものがついていて、長官はそれを天空へ撃ち出した。
パンッと音がして、煙が上がる。
体育祭が思い出されるが、直後空から降って来たのは、黒い塊だった。
轟音を上げて、土煙と衝撃のもとに着地した、身長2メートル近い巨人。人型のフレームを、緩衝材で覆ったような、ゆるキャラにも思える異様な姿だった。
その数、十数体。ちょうど我々を取り囲むように校庭の外縁に落ちていた。
これは噂に聞くVTTの最新兵装か……!
「疑似v域投射器起動! 並びに、v獣型兵装・おはぎくん起動!!」
着地そのものに驚き、動揺していた生徒たちが落ち着くのを待つことなく、校庭の四方に埋められていたライトのようなものが起動。
同時に黒い巨人――おはぎくんが動き始めた。
「うわーっ!?」
おはぎくんに吹っ飛ばされ宙を舞ったのは同じクラスの、粟田賢三だった。
ベンゾーくんとあだ名されるほど勉強熱心な彼が地面に落ち、少し遅れて彼のメガネが落ちてきた。
その間に、既に夜崩は戦闘態勢に入っていた。
大鎌をぐるりと一回転。残像が月のように円を描く。
「行くぞ命人!」
「あ、ああ」
戦闘訓練の日は、鞄ではなく、ウエストポーチなどにv器を入れている生徒が多い。
俺の場合は、腰の後ろにホルダーを用意しているので、そこから取り出す。矢筒は両太ももだ。
夜崩に遅れること数秒、俺も戦闘態勢に入る。
その間にも生徒の悲鳴は続いていた。
重戦車のようなおはぎくんの突進に対応できない生徒たち。
「どうした! おはぎくんの強さは平均的v獣の脅威度と変わらんのだぞ! そんなことではヌリカベにすら勝てんな!!」
長官の叱咤が飛ぶが、はっきり言ってヌリカベなんかより全然強い。
いずれにしても、高校入学組の大半は実戦経験がなく、戦闘教員の指示のもと、動かない的への攻撃や、同級生と組手くらいしかまだやっていない。
いきなりあんなのと戦えというのも無理があるだろう。
だが、明らかにそれ自体(、、、、)が目的なのがわかる。
上位のv獣がいきなり現れる可能性だって、常にあるのだ。
「キャーッ!!」
おはぎくんに投げ飛ばされた女生徒の悲鳴を切り裂いて、真っ赤な影が踊りかかっていく。
「ニャハハハハハハ!! 暴君の名を刻んでくれるわ!!」
大鎌は赤い髪に加えてこの言動と相まって、悪魔的ですらある。
そしてその強さも。
噴き上がるほどの炎のエフェクトを纏った大鎌が、おはぎくんの表皮を引き裂いていく。おはぎくんの振り回す両腕は、夜崩に触れることもできない。
v域ではないここでエフェクトが発生するのにはカラクリがある。
校庭の四方などに設置されたライトのようなものは疑似v域投射器であり、AR(拡張現実)技術とプロジェクションマッピングによって、v域を再現するのだ。
言ってしまえば見た目だけだが、おはぎくんの表皮にもダメージが再現投射され、動きにもそれが適用されるため、感覚的にはv域戦闘と何ら変わりがない。
「まぁ、俺の場合、もともとエフェクトはないんだけど、と」
弓を引き絞って矢を放つ。
いつも通り、糸で矢を相手の頭に繋ぐイメージで放つと、矢はおはぎくんの額にぶち当たる。
ヌリカベより硬質な体表のため、矢は弾かれてしまうが、衝撃は正確に計算・投射されて頭にダメージの表現が成される。
具体的には、額が真っ赤になった。
「ほう、やるじゃないか。弓を許可されているだけある」
長官にほめられた。うれしい。
弓は味方に当たる危険があるので、使用には許可がいる。
俺は中学もここだから、段階を経てちゃんと許可をもらって来た。
ちなみに矢の先はラバーなので、目にさえ当たらなければ基本的には大事には至らないが、逆に言えば下手な腕だとその危険もある。
でも、夜崩をサポートしようと思ったら、あのトゲ鉄球や大鎌より遠い間合いの武器が必要だから弓一択なのだ。
そんな弓矢だが、ヌリカベがそうだったように、一撃で倒せるほどの威力はない。
だが、たたらを踏ませる程度の隙があれば――
「ニャハハハハハハッ!! 大・惨・殺!!」
火炎十文字の残光を残し、おはぎくんを斬り裂く暴君。
さしものv獣型兵装も撃破判定が出たのだろう。その動きを止めてうずくまった。
その姿はまさにおはぎのようだった。




