0・プロローグ
v獣。
それはv域に生息する生命体。
デジタルに生まれながら触れている若者をデジタルネイティブ世代という。
彼らが世代を重ねることで、ヴァーチャルに対する脳の適応が進んでいった。
適合の高まりが、彼らの集合的v識と呼ばれる意識の交感を起こし、その拡張した認識が、Wi-Fiのように世界に重なる並行仮想空間たるv域の知覚を可能にした――
……と、ややこしい話はいいや。
教科書的な説明しても余計わかりにくいだけだ。
簡単に言えば、「若者」はヴァーチャルな並行空間を認識できるということだ。
その認識力が、そこに潜む生物・v獣を呼び込んでしまった。
v獣は人間を襲ってさらう性質を持っており、その被害に遭うのも、認識が出来る若年層だけだった。
そこで若者の自己防衛を目的として、v獣対策学校――通称v学が設立。
なんかvだらけだが、文句はそういうネーミングをした政府に言って欲しい。
前置きが長くなったが、俺が入学しているのもそこで。
「ニャハハハハハハハ!! 喚け! 嘆け! 擦り潰れろ! 暴君に逆らう愚を犯した者は絶望のうちに死すがよい!!」
王冠が載った血のように赤い長髪を振り乱し、鎖付きでトゲ付きの鉄球を振り回して、巨大な大根を叩き潰している長身の少女が、俺の幼馴染だ。
赤い髪と青い制服のスカートが好対照だが、爽やかさよりバイオレンスが引き立つ。
暴君を自称する頭のネジ全ハズレガールだ。
ところで、v獣は植物的性質を持っている。
いま彼女がぐちゃぐちゃにしている大根こそが、v獣だったものだ。
もう大根おろしにしか見えないが……。
そして学校の壁が大根おろしでべったりだが、気にしても仕方ない。
せっかくグランドで戦っているんだから、校舎に向けなくても良さそうなものだけど、そんなことを気にする奴じゃない。なんなら校舎にも鉄球当たってるし。
「何を呆けている命人!」
……気づかないでくれたらよかったのに。
ギザギザの歯でニカッと笑う暴君。
「暴君は疲れたぞ! 椅子れ!!」
椅子るって何だよ、ディスるみたいに言うな、椅子を動詞化するな、そんなツッコミはとうにやり飽きた。
だから俺は、そっと両膝をつく。
いまや危険で行われることも減ってきた組体操のピラミッド、その一番下のように。
「うむ! その意気やよし!」
どしんと腰を下ろす暴君。
こう言ってはなんだが、背中に天上の柔らかさを持つ二つの重みを感じるのは、気分が悪いわけではない。
問題は――
「……また蛇崩がアキラを虐めてる」
「かわいそう……」
「あんな小さい子を……」
「おかしい奴がいるとは思ってたけど、幼女を椅子にしてるぞ!」
客観的に見て、「俺が幼女にしか見えない」ということだ。
勘違いしないでほしいのだが。
俺・旭命人には、ちゃんとついているものはついている。
しかし、体格は140㎝という、高1男子としては珍しいほどの低さ。
そして、男性ホルモンが少ないのか筋肉のつきが悪く、中性的な体つきだ。声変わりも起こらなかった。
本当はスポーツ刈りなどの男性的な髪形にしたいところだが、幼女に対する陰湿ないじめと勘違いされて大騒ぎになったことがあるので、以後、おかっぱ頭にしている。
もちろんスカートではなく、男子の制服を着ているのだが。
だから、納得はしていないのだが。
……俺が幼女に見えるのは、仕方がない。
だが、赤髪ロングの長身貧乳三白眼ギザ歯の女が、俺を椅子にしているのは、仕方ないことだろうか。
違うと思う。
その暴君が、俺の尻を撫でまわしているのも、何か違うと思う。
でも、どうしてこうなっちゃったんだろな……
「ニャハハハハハハハ!! 命人は最高の椅子だな!! 褒めて遣わす!!」
こいつも、どうしてこんななっちゃったんだろな。
昔はこんなんじゃなかったのに。
蛇崩夜崩……。
いや、名前と同じで最初からぶっ飛んでた気もする。