7 追放後(ギース視点)
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俺は、いつも通りふかふかなベッドの上で目を覚ました。
特に変わったことはない、いつも通りの部屋にいつも通りの朝。
だというのに、いつもよりも気持ちのいい気分だった。
なぜなのか。
そんなの決まっている。
あの忌々しくてたまらなかった俺の弟ーーいや、もう弟じゃないか。
俺の弟だった、フィオが追放されたからだ!
憎たらしくて堪らなかったアイツが遂にいなくなってくれた。
これ以上嬉しいことはない。
オルデリン公爵家の長男として魔法の素質も高かった俺は、幼い頃から大きな期待を受けていた。
父上と母上からはたくさん褒められ、使用人たちからはもてはやされていた。
そんな期待に囲まれていた俺は、失望されないように小さい頃から礼儀作法や魔法の授業などの高度な内容に食らいついて、必死に物にしようとしていた。
そんなある日、アイツーーフィオが生まれた。
最初は俺も弟が出来て、本当に嬉しかった。
兄として、頑張っていこうとも思っていた。
だが、そう思っていたのも束の間。
フィオの魔法の素質が俺以上で、おまけにメギアであることが発覚した。
その瞬間から俺の生活は一変した。
周りの奴らは途端にフィオをもてはやし始め、父上と母上もフィオの方に構うようになった。
食事の時も外出の時も、全てフィオが主役になった。
今までは俺が主役だったのに、何の努力もしていない奴があっさりとその座を奪っていったのだ。
憎かった。
憎くて憎くて、堪らなかった。
俺が前まで必死の努力で手に入れていた場所を、必死にもなったことがない奴に今、居座られている。
そう考え始めてから、俺はフィオに悪感情しか抱かなくなった。
フィオが何をしていても、不愉快に感じるようになったのだ。
プリエラが引き取られて、公爵家に来た時もフィオのように自分を貶めるのではないかと思い、不愉快に感じた。
だから、関わらないようにしていた。
そんな毎日のように悪感情になる日々を送っていると、予想外の事態が起きた。
フィオが無能であることが知られ始めていたのだ。
膨大な魔力も持っているにも関わらず、魔法が使い物にならない公爵家の次男として。
これには正直驚いたが、同時にチャンスだと思った。
(アイツが無能になればなるほど、俺は元の居場所を取り戻せる。そうすれば、今まで耐えてきた分を全てやり返しが出来る!)
そうして、フィオが完全に無能扱いされるようになってから、復讐と言わんばかりに俺が満足するまで嫌がらせをしてやった。
父上と母上、使用人たちにアイツの悪口を言ったり、アイツを見かけたら必ず煽ってバカにしてやったり。
どんどん落ちこぼれていくアイツを見ていると、気分が良くなった。
(今の気分はどうだ? 悔しいか? 憎いか? 今のお前が味わってる思いを俺はずっと味わってたんだ。次はお前の番だ! ざまぁみろ!)
そんなことを心の中で思いながら、アイツが今までいた場所に居座ってやった。
だが、アイツは何をしても何を言われても平然としていた。
どんなに煽っても、どんなにバカにしても、怒りや憎しみなどないかのように反応してくるのだ。
その反応が、再び俺を不愉快にさせた。
立場を失ったくらいでは、アイツへの仕返しにはなっていなかった。
「チッ。思い出すだけで、不愉快だ」
過去の出来事を思い出しながら、俺は軽く舌打ちをする。
するとすぐに、扉からノックをする音が聞こえた。
「ギース様。そろそろ朝食のお時間になりますので、お手伝いに参りました」
メイドがいつも通りに、着替えを手伝いに来たようだ。
「そうか。入れ」
許可を出し、着替えるためにベッドから下りる。
「失礼いたします」
メイドが部屋に入り、そのまま俺の着替えを手伝う。
こんな俺にとって当たり前なことを、フィオは当たり前ではなかった。
むしろ冷遇されていた。
だというのに、平然といられるなんてどんな神経してるんだ?
俺があれほど憎かった状況を平然と受け入れるなんて、意味がわからない。
そんなことを考えていると、着替えが終わった。
考えるだけ、不愉快になるだけだ。
アイツの精神なんて知ったことか。
メイドが部屋から出ていくのを見ながら、俺はフィオの内心を考えるのをやめる。
「朝食に行くか」
俺は部屋を出て、食堂へ向かう。
フィオがいない家を歩いているだけで、とても愉快な気分になる。
この家には、あの憎たらしい存在はいないのだ。
廊下を歩きながら、改めてそのことを実感する。
それにしても......食堂はいい思い出になった。
昨日の食堂での一件。
(『ーーこの時をもって、フィオ・オルデリンをオルデリン公爵家から永久追放とする!!』)
「あれは、良かったなぁ。」
俺は今までで最高の仕返しの瞬間を思い出していく。
あの時のフィオの絶望した表情は、俺が仕返しとして求め続けていたものだ。
もっと絶望感させるために、ここぞとばかりに父上の意見に賛成してやった。
どんなに煽っても変わることのなかった平然さをフィオは昨日は失っていた。
あの時ほど、達成感を感じたことは今までなかった。
そうして、件の食堂に到着して中へ入る。
父上と母上、プリエラは既に席についていた。
だが、食堂内は静まりかえっており、会話の一つもしていなかった。
プリエラはフィオと仲が良かったから、父上と母上を恨んでいるのかも知れない。
少し重たい空気の中、俺たちは父上の合図で食事を食べ始めたーー
食事が終わり、プリエラが食堂を後にしたのを見て、俺は慌てて後を追う。
「......おい。待てよ、プリエラ。お前怒ってんのか?」
廊下に出て、急いで部屋に戻ろうとするプリエラを呼び止めた。
「......」
立ち止まったプリエラは俺を無視するが、俺は続けて言う。
「怒っているのなら、それは筋違いだ。原因はフィオ自身の問題だ。アイツは追放されるべくして追放されたんだよ!」
俺は正論だと信じて疑わない事実を、堂々と言い放つ。
「......はぁ~......」
プリエラは呆れたように大きなため息を吐きながら、こちらに振り返る。
その態度が少し気に食わなかった。
「なんだよ。何か文句あるのか」
少し語調を強めて、プリエラを問いただす。
「文句というか、呆れですよ。ここまでくると愚かですね」
肩を落としながら、プリエラは俺のことを侮辱してきた。
俺のことを愚かな奴だと言ったのだ。
聞き捨てならなかった俺は、反論する。
「俺のどこが愚かなんだよ! 正論しか言ってないだろ!」
「では、この際なのでしっかりと言っておきましょう。貴方は愚かな人間です」
「なぁ!?」
プリエラはキッパリとそう言い切った。
愚かだと言われるですら初めてだったのに、それを二回も言われて、俺は驚きのあまり大きく反応してしまった。
「まず、貴方は私に納得させる為に来たわけではないですよね?」
「は? 何を言って......」
プリエラが突然訳のわからないことを言い出した。
「貴方は明らかに兄さんの追放そのものを喜んでいるように見えませんから」
「何を言い出してんだ? 意味がわからないぞ」
俺はあの憎たらしい存在が居なくなってくれて、間違いなく嬉しいのだ。
今日の晴れ晴れとした気分が物語っている。
「そうですか......意味が分かっていないのであれば、無意識なのでしょうね。つまり、貴方は誤魔化したいだけなんですよ。仕返しの虚無感を」
本当に何を言っているのだろうか。
「貴方は過去に受けた仕打ちの仕返しとして、兄さんを虐めていたのでしょう。でも、いつも平然としている兄さんを見て満足しなかったのではないですか? 『こんなことして意味があるのか』といった感じで」
虚無感? 満足していない? 意味がない?
そんなこと、俺が感じているわけがない。
プリエラは、見透かしたように続ける。
「だから、その虚無感を必死に誤魔化そうと毎日のように兄さんを虐め続けた」
ありえない。
俺は、満足していた。
昨日だって大満足だった。
「でも、虚無感を誤魔化せる対象の兄さんが追放されてしまった。昨日の出来事を思い出して、『満足だ』と自分の頭を誤魔化すことは出来たでしょう。でも、虚無感だけは拭えなかった。だから、次は私のところに来たのではないですか? 『俺の仕返しは完璧だった』と自分に言い聞かせるために」
「......れよ」
「誤魔化しが無意識だとしても、虚無感は少しぐらい自覚はあるのではないですか? 毎日のように虚無感を紛らわすために兄さんを虐めていたのですから」
「だまれよ!! お前に何が分かるんだ! 俺の何が! 虚無感? 誤魔化し? ふざけんな。そんなの、ありえない。単に俺はアイツを恨んでいた。だから仕返しに虐めていたに過ぎないんだよ!」
俺は頭に血がのぼり、強く言った。
なぜか、今のプリエラの検討外れな発言を無視することはできなかった。
言い返さずにはいられなかったのだ。
そんな俺の態度を意に返さず、プリエラは続ける。
「そんなの見ていれば分かりますよ。......貴方が兄さんを恨んでいることは事実なのでしょう。ですが、虚無感を誤魔化していることもまた事実だと思いますよ? まぁ、その辺はご自分でゆっくりと考えられた方がよろしいかと。......では、失礼します」
プリエラは言うだけ言って、再び前を向いて去っていった。
俺が虚無感を感じているなんて、そんなバカな話があるわけない。
今まで感じていた満足感は自分自身に言い聞かせていただけで、実際は満足などしていないとでも言うのか。
「クソッ。なんなんだよ......」
誰もいなくなった廊下で一人悔しさを露わにする。
この悔しさは、プリエラから一方的に言われ続けたことに対するものだろう。
間違っても図星を突かれたから、なんてことはない。
ーードクン。ドクン。ドクン。ドクン。
心臓の鼓動が速くなっているのを感じる。
不快感というのは、心臓の鼓動すら速くするようだ。
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