4 追放
何か感想、アドバイスがあったらどんどんお願いします!
今回は、ちょっと長めです。
雑談の中で、リエラが言った。
「そういえば、ダスクの街中で、また神聖会の人たちと人心連合の人たちが暴れちゃってましたよ。ワーワーワーワー叫んで。本当に困った人たちですね......」
”神聖会”は、「この世は神の采配によって成っている」と主張する人たちの集まり。
”人心連合”は、「この世は神ではなく、この世に生きる我々が構築している」と主張する人たちの集まりのこと。
つまり、大雑把に言うと
”神聖会”は神の不在を否定する集団。
”人心連合”は神の不在を肯定する集団。
というわけだ。
今回はどちらも相容れぬ主張をめぐり、ヒートアップして暴動になったといったところだろう。
いや......今回はではなく、今回もの間違いか......
「......そうか。最近はあちこちで起きてるみたいだしな。リエラ、気をつけろよ? いくら護衛がいるとしても、注意しておくことに越したことはないからな」
神聖会と人心連合はどちらもさらに勢力を拡大しており、いたるところでちょっとした事件が起きている。
だから今は自分の身に何も起きていなくても、いつ巻き込まれるかなんて分かったもんじゃない。
リエラもいつ被害を受けるか分からないので、真剣に注意を促しておく。
「~~っ.....はい。ありがとう.......ございます......」
リエラは頬を少し赤くして、何とも言えないような表情をしながら、ボソッと感謝してくる。
そして何故か、そのままリエラはうつむいてしまった。
「お~い、リエラ。どうした?」
「......」
無視されてしまった。
......俺は今、何かまずいを言ってしまったのだろうか?
今言った言葉を思い返してみる。
......うん。何も変なことは言っていない。
ただ、兄として妹の安全を心配しただけだ。
何も問題はない。万事オーケーだ。
だが、先ほど大事件を起こしたばかりの俺だ。
自分では大丈夫だと思っていても、後からやっぱり駄目だったなんてことになったら、今度こそ許してもらえなくなってしまう。
もしかしたら、先ほどの発言のどこかが、リエラの癇に障った可能性もあるからな。
ここは一度、念のために謝っておこう。
素直に自分の過ちを認めることが、良好な関係への近道と本にも書いてあった。
「ごめん。もしかして......何か癪に障ること言った? 自分では分からなくて......」
少しの沈黙の後、リエラは口を開いた。
「......いえ。兄さんは何も悪いことしてませんから。ただ......私の問題です。気にしないでください」
どうやらまずいことは、何も言っていなかったらしい。
だが、リエラに問題があると言われると、それはそれで心配になってしまう。
「そ、そうか? でも問題があるなら相談しろよ? 俺は兄ちゃんだからな」
気にしないで。と言っているのだから、無暗に聞き出すのは良くないだろう。
兄として、リエラが相談してくれるのを待つことにする。
「......ありがとうございます」
「おう!」
小さな声で言ってくるリエラに、俺は元気よく返事する。
「......」
「......」
そして再び訪れる静寂。
今日は、沈黙になることが多いな。
だが、今回の沈黙の居心地はそれほど悪くはなかった。
沈黙のおかげで、少し暇になった俺は、周囲を見渡す。
普通の私室なので、真新しいものは何もないが、俺はベッドに置いてあるぬいぐるみに目を止めた。
「......おっ!あのぬいぐるみ、まだ持ってたんだな」
あのぬいぐるみ......懐かしいな。
「......当然ですっ!」
少し間を置いた後、リエラは語尾を強めながら返事をした。
でも......そうか。まだ持っていてくれたのか......
あのぬいぐるみは俺が初めてリエラにあげたプレゼントだ。
俺とリエラは実の兄弟ではない。
リエラの父母は市井の生まれで、リエラを産むと同時に入れ替わるように亡くなってしまった。
父母の死後、途方に暮れていたリエラを父上が彼女の能力に目を付けて、引き取ったのだ。
公爵家に来て間もないころは、市井の生まれで公爵家の血も流れていないということで、少し家の中で差別されていた。
その時はまだ俺も家の中で天才扱いを受けていろいろ連れまわされていたので、リエラとあまり関わる機会はなかった。
しかし、ある日リエラが一人、部屋の中で寂しそうに人形遊びをしているのを見て、俺は何かしてあげたいと思ったのだ。
そこで思いたってプレゼントしたのがあのぬいぐるみってわけだ。
(あの時のリエラの笑顔は可愛かったなぁ。天使だった)
プレゼントが余程嬉しかったようでまんべんの笑みで喜んでくれたのだ。
プレゼントしてからというもの、リエラは俺のことを気に入ってくれたみたいで、一緒に遊んだり、勉強したりしていた。
俺が無能と言われるようになってからも変わらずに。
「なんですか? どうかしましたか?」
ちょっと昔のことを思い出していたら、顔に出てしまっていたらしい。
それに気づいたリエラが言ってきた。
「ん~。いや別に。ただあのぬいぐるみまだ持っててくれてうれしいなって。」
昔のリエラを思い出してにやけていたなんてとても言えないので、少しごまかしておく。
「.....て、あれは......と...大切な......ですから......」
ゴニョゴニョと小さく何か言っているが、うまく聞き取れない。
なんて言ったのか聞き直そうと思ったその時
「あっ!ほら兄さん。そろそろ夕食ですよ。準備してきたらどうですか?」
「本当だ。もうこんな時間か」
時間が経つのって本当に早いな。
夕食前に着替えないと。
なんて言っていたのか聞きたかったけど。
まぁ、なんて言ってたのかは後でいくらでも聞けるから、後ででいいか。
自室に戻るべく、立ち上がる。
「じゃあ、準備してくるから。またあとでな」
「はい。またあとでです。兄さん」
リエラに声をかけた後、扉を開けて、部屋を出る。
久々にリエラとたくさん話したな。
さすがは誕生日。特別な日って実感させられるな。
「とにかく急いで準備しないと」
夕食が終われば、いよいよお楽しみのパーティーだ。
ウキウキして勝手に歩調が速くなっていった。
**
部屋に戻って着替え終わった後、俺は食堂に向かっていた。
妙に騒がしい。
いつもよりも多く使用人が行きかいしていて、何かに追われている様子だった。
いったい何に追われているのか気になるが、俺の問いに答えてくれる使用人はいないので、そのまま気にせず歩き続ける。
そしていつもよりも騒がしい廊下を歩き終え、食堂の前に到着した。
そのまま扉を開く。
すると、いつもよりも装飾された内装と豪華な食事が用意されていた。
肉から果物まで高そうなものばかりが、並んでいる。
何事かと思っていると、不意に後ろから声をかけられた。
「早く座れ。通行の邪魔だ」
そう言ってくるこの人は、ライアン・オルデリン。
オルデリン公爵家の現当主で、俺の実の父親だ。
俺と同じ、紫交じりの黒髪を綺麗に固めて、威風堂々とした佇まいで俺を見下ろしてくる。
「す、すみません、父上」
急いでその場から飛び退き、いつもの席に座る。
俺を見る目は相変わらずだった。
まるで、ゴミを見るかのような冷徹な目線。
もはや俺のことは、息子とすら思っていないだろう。
つづいて、艶やかな黒髪を腰までスラッと伸ばした女性が入ってくる。
この人は、メアリー・オルデリン。
俺の母親で、現当主ライアン・オルデリンの妻だ。
母上も相変わらず、俺に対して何も言わない。
俺をいないかのように扱って、無視をする。
俺が、無能だと蔑まれるようになってからは、会話の1つもしたことはない。
次にギース兄さんが入ってきた。
「おや? 今日は珍しく早いじゃないか、フィオ。心を入れ替えたのか? 無能の割にはいいことじゃないか。......ん? なんだかよく見たら今日の部屋とメニューは豪勢だな。何かあんのか......」
そう言ってギース兄さんは考え込んだ。
ギース兄さんも理由は知らないらしい。
本当にどういうことだ......今日の夕食は。
「ハッ! 分かったぞ。そういえば、今日は無能君の生誕祭じゃないか! 遂に父上と母上がお前の生誕を祝ってくれるようになったんじゃないか?」
俺に肩を組みながら、盛大に笑ってギース兄さんは言ってくる。
それは俺も一瞬頭に過ったが......ありえない。
先ほど、あんなにも冷ややかな目で俺を見てきた父上と俺をいないかのように扱っている母上が、急に俺の誕生日を祝いだすなんて、あり得るはずがない。
リエラが帰ってきたからだろうか?
でも、これまでリエラが帰ってきた時でもここまで豪華な時はなかった。
この公爵家にビッグニュースが飛び込んできたのだろうか?
そんな話聞いてないし、あったら朝の時点でグラン爺が教えてくれるだろう。
今日の夕食は本当に謎だ。
そうこう考えているうちに、最後の1人であるリエラが食堂に入ってきた。
「よぉ、プリエラ。久々だな。元気にしてたか?」
いつの間のか俺から離れたギース兄さんが、リエラに気づいて話しかける。
「はい。元気にやっておりました」
リエラは聞かれたことだけを答えた。
すぐに会話を終わらせたいという様子が、ありありと見て取れる。
だが、そんなリエラの様子を気にも留めず、ギース兄さんは話しかける。
「そんなつれない態度とるなよ~。たった2人の兄弟じゃないか! おっと。すまんすまん。
3人だったな。ハッハッハッ!」
そう言ってギース兄さんは大笑いする。
俺は別に気にしないのだが......
リエラはそんな兄さんの発言を聞いて居てもたってもいられず、口を開いた。
「いい加減にして......」
「おい。ギース。そういうのは後にしろ」
リエラが言う前に父上がギース兄さんを注意した。
父上がギース兄さんをたしなめるなんて初めて見た気がする。
「は~い。申し訳ございませんでした。父上」
反省しているのかよく分からない口調で、ギース兄さんは返事をした。
まぁ反省はしてないだろうな......ギース兄さんだし。
リエラは何か言いたそうではあったが、我慢して席に向かった。
そして、リエラが席に着いたタイミングで
「では、食事を頂くとしようか」
父上が合図を出して、皆食事を始める。
結局、まだ今日のこの豪華さの説明はされていないが......
まぁいい、後でグラン爺にでも聞いてみることにする。
それにしても本当に今日の食事は豪華だな。
一品一品全てに力が入れられているのが、分かる。
皆、どんどん食を進めた。
黙々と食べ続け、あっという間に料理は無くなっていった。
やがて残り僅かになったというところで
「皆、今日は大事な話があるから食後もここに残ってほしい」
父上がそう言ってきた。
こんなことは初めてだ。
皆ということは、俺も含まれているのだろう。
無能扱いされ、いないも同然の俺すら呼び止めるのだ。
さぞ重大な話があるに違いない。
そうして全員が食事を終え、使用人たちが食器をテーブルの上から片づけた後で、父上が口を開いた。
「貴様ら、もうよい。一度この場から去れ」
父上が、使用人たちに食堂から退出するように命令をする。
急いで、使用人たちは食堂から出ていく。
使用人全員が出ていったタイミングで再び、父上が口を開いた。
「今日ここに残ってもらったのは、プリエラも帰ってきたということで、皆に大事な話があったからだ。」
そう言われると、全員の態度が真剣そのものになった。
やはり、重大な話があるらしい。
父上の表情から見て、あまり悪いニュースではなさそうだが......
「あまり時間を取るのも面倒なので、結論から言おう」
全員が父上の発言に注目する。
「ーーこの時をもって、フィオ・オルデリンをオルデリン公爵家から永久追放とする!!」
あまりに突然すぎた。
聞き取れはしたのに、頭で全く理解できていなかった。
ん? 父上は今なんて言ったんだ? 追放って言った?
懸命に理解しようと、先ほどの言葉を自分に対して復唱する。
「ちょ、ちょっと待ってください、お父様! ど、どうして急にフィオ兄様を追放なさるのですか!」
あまりの出来事に言葉を失っていると、リエラが父上に迫った。
「急すぎます! ちゃんと理由をお聞かせください!」
リエラが父上に説明を強く求める。
「ふむ......理由など分かりきっていることであろう? フィオが無能だからだ」
追放されるにしても、普通の人であればそれなりの理由が出てくるだろう。
だが、俺に関しては、
”無能”
その一言で説明がついてしまうのだ。
こうもあっさりと。
「フィオは、メギアであろうが。なのにもかかわらず、能力は使い道がない。あったとしても、代わりをいくらでも用意できるレベルときた。これでは、全く話にならん! このオルデリン公爵家に無能は要らぬ! 実力がすべてだ! 最近は、書庫から出てきたかと思えば、意味のない剣になど手を出しおって...... 身体強化が使えないお前がやって何になる! これ以上、醜態をさらすな! 我が家に泥を塗るつもりか!」
あまりの言葉の数々に、俺は心が痛んだ。
今まではいくら言われても傷つかなかったのに、今回は流石に許容範囲を超えてしまったようだ。
「その通りです! 父上! このフィオは無能であるにも関わらず、身の程も弁えずに公爵家の恥となるような奴です。今すぐにこの汚点を取り除かれたほうがよろしいでしょう!」
ギース兄さんは不敵な笑みを浮かべながら、意気揚々と俺の公爵家追放を支持する。
どうやら俺はよほど出て行ってもらいたい存在らしい。
「......で、でも。いくら追放するにしても『この時をもって』はないでしょう! 急すぎますよ!」
リエラが、必死に言い放つ。
「ん? 急ではないだろう。しっかりと送別会も開いてやったことだし。なぁ?」
「ええ。豪華な食事を用意して、開いてさしあげたわよ?」
父上の促しに、母上が便乗する。
......そうか。
だから今日の夕食はあんなに豪勢だったのか。
変だとは思っていたが......
すべては、俺を追放したがための行動だったということか。
「......ッ!? 何を言ってるんですか! そんな理屈が通るわけ......」
「もういいよ。リエラ。ありがとう」
リエラが屁理屈を言う両親に対して文句を言おうとしたところで、俺が言葉を重ねて遮る。
俺にはどうしても聞いておかなければならないことがあった。
「......父上、母上。つかぬ事ことをお伺いしますが、いつから追放を考えていらっしゃったのでしょうか」
俺が剣術の修業を始めたのは、半年とちょっと前からだ。
それよりも前から考えられていたとあっては、今まで俺は本当に無駄な努力をしていたということになる。
ゴールがないにも関わらず、行っていたことになるのだから。
外でやっていくために修業をしていたのだ。
修業が終わっていないのに、外に出されては意味がない。
俺は、意を決して質問した。
「そんなもの......ずっと前からに決まっておるではないか! いつお前を追放しようかずっと考えておったわ!」
どうやら、本当に無駄な努力だったらしい。
俺はゴールのない努力をしていたのだ。
俺は与えられていた時間を、ただ剣術に注いでいただけ。
自分でも分かるほどに心が絶望に染まっていく。
「するとある日、思いついた。今まで公爵家に泥を塗ってきた分、どうせならお前の誕生日に言い渡してやろうとな! ちょうどお前の誕生日になるとプリエラも帰ってくるからな。一石二鳥だったわ!」
大笑いしながら、父上は俺に止めを刺しに来る。
リエラは席に座ったまま、身を震わせて絶句している。
母上は、そんな父上の発言を隣で「うんうん」とうなずいて、同意している。
ギース兄さんに至っては、「流石です! 父上!」と父上を称賛しながら、一緒に大笑いしている。
もはや、言いたいことはなかった。
「そうそう。これからは、オルデリンの名を語るなよ? お前はこれからただのフィオだ!」
かくして、俺の公爵家追放が決定した。
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