18 再会と自覚
リーリス師匠のおかげもあって約一週間の療養の末、すっかり万全の体へと戻った俺は師匠と一緒に朝食をとっていた。
「さてフィオ。体も魔力ももとに戻ったということで今日から君の魔力強化を始めようと思うんだけど、大丈夫?」
「はい。よろしくお願いします」
俺のことを弟子らしく呼び捨てで呼ぶようになったリーリス師匠と今後の方針を確認する。
俺の魔力”回帰”は物質を以前の状態に戻すことができる。
ただその力の使い道が少なく、数少ない使い道でも他の汎用的な通常魔法に劣っている。
あのメギアが聞いて呆れるものだ。
「せっかく満タンになった魔力ももう一回カラっカラになるかもしれないから......覚悟してね?」
そう言って魅惑のエルフの女性は小悪魔のような表情を浮かべる。
俺の魔力量は平均と比べて突出して多い。
先日の戦闘ではギリギリまで戦ったために、魔力のほとんどを使い切っていしまった。
ただ、普通にしていれば俺の魔力はそうそう切れることはないので、そんな魔力を使い切らせる宣言はなかなかに恐ろしいものだ。
前々から言われてはいたが、考えるだけで顔を引きつらせるしかない。
「お手柔らかにお願いします......」
「任せて! っと言いたいところだけど、君の鍛錬自体は私だけでやるわけではないのよ」
「? それはどういう......」
「来たわね」
ドンッ!
その言葉とともに家の扉が大きく開かれる。
「......ったく、もう少し静かに開けなさいよ。相変わらず私の所有物には遠慮がないわね」
「ホッホッホッ。お待たせしたかな?」
「グラン爺!?」
リーリス師匠はため息を吐きながら、頭を抱える
一方で、扉を開け入ってきた人物に俺は驚きを隠せなかった。
なにせ旅を始めるきっかけをくれた人であり、再会を約束した恩人と再会が叶ってしまったのだから。
「お久しぶりですな、坊ちゃん」
「グラン爺、なんでここに!? 公爵家はどうしたのさ!」
やや興奮気味になってしまったのは仕方ないだろう。
まさかこんなにも早く再会することになろうとは思わなかったのだ。
グラン爺は落ち着くようにと俺を椅子に座らせてから、設枚を始めた。
「公爵家の執事としての職は辞めてまいりました。あそこにいる理由はなくなりましたからな」
「辞めてきたって......お爺様はそれを許したの?」
その疑問は当然の帰結だった。
グラン爺をスカウトしたのはお爺様であり、そのグラン爺を手放すとは到底思えなかった。
「許したも何もかの家に仕える条件がなくなれば、辞めるのは当然の流れですよ」
「......条件?」
グラン爺が仕えるのに条件を出していたとは初耳だった。
「はい。私は仕える条件として一つ提示しておりました。それは、時期が来たら私を坊ちゃんの専属執事にすることです。その条件も叶わなくなったオルデリン家に私が仕える理由はもうありません」
「え? 俺? なんで......」
聞こうとしたがそこで思いとどまる。
グラン爺がスカウトされたのは俺がまだ赤ん坊の頃。
つまり、俺が神童だともてはやされ始めた時期だった。
そんな俺の考えを察したのか、グラン爺は優しい声で俺を呼んだ。
「確かに当時は坊ちゃんを噂を聞いて打算的に条件を出しました。しかし、坊ちゃんの優しさや努力を遠くから見ていて私は本当の意味で貴方様に仕えたいと思ったのです。そこは勘違いしないでくだされ」
グラン爺の目はまっすぐ俺の目を見ていた。
先日のリーリス師匠と同じ目だ。
嘘偽りなどない、まっすぐな視線。
それだけで、俺は安心できた。
「なら......グラン。もういいんじゃない、それ」
俺がグラン爺に頷きを返すと、リーリス師匠が口を開いた。
若干喧嘩腰なのは気のせいだろうか?
旧友というから仲がいいのだと思っていたんだけど......
「あぁそうだな」
そう言うのはグラン爺。
やはり旧友との久々の再会にしては淡白な気がする。
「さて坊ちゃん。もう一つだけ言っておきたいことがありまして」
「?」
咳ばらいをしてグラン爺は緊張の面持ちで言ってくる。
事情を知っていそうなリーリス師匠はグラン爺を急かすような態度をとっていた。
首を傾げるしかない俺はただ次の言葉を待つ。
「論より証拠ですな。ただいまお見せするので少々お待ちを」
するとすぐにグラン爺の姿が歪み始める。
「......え?」
見間違いかと思い目をこするがやはりグラン爺の姿が別人へと変化していた。
そうしてすぐに歪みは消え、姿形が完全に分かるようになると、そこにいたのは超イケメンな赤髪の青年。
あまりに奇想天外な光景に絶句していると、リーリス師匠の方から声がかかる。
「あの姿がアイツ本来の、グランとしての姿なの。さっきまでの品のいいお爺様は魔力で作られた偽りのものってことよ」
「............えぇぇぇぇぇぇぇぇl!!!!!!」
冷静な解説のおかげでやっと理解が追い付いた俺は、思わず素っ頓狂な声を上げた。
だってそうだろう。
長年一緒にいた姿が偽りでこっちが本物だって急に言われたら、驚かないはずがない。
しかも上品な年配者だったグラン爺が一瞬にして超絶イケメンの好青年になったのだ。
その変わりようと言ったら、前と後の差がデカすぎて今でも自分の目を疑ってしまうほど。
「えっと......リーリスの言った通りこっちが私本来の姿となっておりまして、今後からこちらの姿でいさせていただきたいのですが......」
自分であまりに奇想天外なことをしていた自覚があるのだろう。
低姿勢になったグラン爺がおずおずと別に取らなくてもいい許可を求めてくる。
それに返答しようとすると、隣にいたリーリス師匠が笑いを堪えきれずに肩を震わせていた。
「いただきたいのですがって......その姿で、その口調は無理っ......見てられない......]
リーリス師匠は手で顔を覆ってはいるが、体全体を震わせて大爆笑。
そんな様子を見ていたグラン爺?の表情がどんどん曇っていく。
こめかみが動いてきた辺りで我慢できなくなったのか、怒気の含んだ表情をリーリス師匠に向ける。
「おい。いつまで笑ってんだ、バカ女」
姿だけではなく新たな口調の変化に俺はギョッとする。
「あら? なにか言ったかしら? クソ野郎」
今までからは想像できないリーリス師匠の発言にこれまたギョッとする。
「ちょっと黙っててくれるか? 今は坊ちゃんと話してんだ」
「だからその姿で坊ちゃんとか......言うんじゃ、ないわよ。笑い死にさせたいの?」
なにやらリーリス師匠はグラン爺?があの姿で敬称や敬語を使っているのがツボらしい。
話しながらでも笑ってしまっている姿を見てグラン爺?はリーリス師匠を鋭く睨む。
なんだかいたたまれなくなってきた......
「なんだ、そんな簡単に逝ってくれるのか? そいつはラッキーだな」
「あらあら、喧嘩を売っているのかしら? 喜んで買うわよ~」
グラン爺の睨みにリーリス師匠もガチの睨みを始める。
ただ一言ーー威圧感が凄い。
ただの睨み合いなのにここまでの恐怖を生み出す二人に思わず戦慄する。
「はぁ~。ぼ......フィオ。あのクソ女がうるさいから、この口調でもいいか? 俺のこともグランで構わないから」
「う、うん。全然かまわないけど」
「なによ~」と騒いでいるリーリス師匠を無視して、グランは言ってくる。
今までの会話でこの二人の関係性はなんとなく察したが......実際に聞くのは怖いな。
だが、二人の新たな一面を見られた気がしてなんだか嬉しくなった。
グランに関しては姿形も全て変わっているが、自分でも意外なことに驚くだけ驚いてもう順応してきている。
目の前でガミガミ言い合っている二人を見ながら、俺は二人を観察するのだった。
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