16 使命と盟約、そして目覚め
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「......どこだ、ここ」
目を覚ますと、そこには何もない真っ白な空間が広がっていた。
確か,魔獣と戦って......そう、そうだ、思い出した。
俺はさっきまでパンクウルフと戦っていたはずだ。
そして、吹き飛ばされてその勢いで気を失ってしまった。
「てことは......もしかして死んだのか?」
真っ白な空間。
ここが死後の世界だとするなら、俺はパンクウルフに殺されてしまったのだろう。
少女を守り切れなかったことに、強い後悔が溢れ、発散しきれない力が全身に広がった。
しかしその時、いきなり声が発せられた。
「......違うぞ」
何もない空間に響いた声の方に意識を向けてみると、そこには金色と白銀の光が細かく宙を舞っていた。
人......いや生物ですらない、その姿に俺は驚愕した。
「だ、誰だお前。それにその姿は一体......」
動揺を隠しきれないまま、謎の存在に言い放つ。
あまりにも異様な光景に、俺の頭はパニックで理解が追いつかなかった。
すぐに声に反応して、謎の存在は光を放ち始めた。
「ん? あぁ、お前には俺の姿が見えていないのか......それは、お前の魔力量の問題だな。現に俺は隠さず、現物としてここに存在しているつもりだからな」
訳が分からなすぎて、思わず頭を抱え込んでしまった。
俺の問題? 魔力量?
何の話を......
「そんな顔するなよ、まるで俺がおかしな奴みたいじゃないか」
「いや、実際そうでは?」
あまりにもおかしなことを言いだすので、俺は真顔で即答する。
それが気に入らなかったのか、謎の存在は一気にこちらに近づいてきた。
「ちがっ......あ~もういいわ、面倒くさいから難しいことは気にせずにいこうか」
目と鼻の先にいる奴が勝手に話を切り上げようとするので、俺は即座に反論した。
「いや、まだ話は終わって......」
「いいから......いいな?」
「だからよくないって......」
「いいな?」
「わ、わかったよ」
「それでいい............どうせ何もかも忘れるしな」
俺が納得した瞬間に光は目の前から離れ、最初の位置に戻っていく。
有無を言わせぬその態度に反論する気が失せたので、おとなしく従うことにしてしまったがよかったのだろうか?
まぁ、これ以上俺が何かしてもアイツが要望を聞いてくれるとは思えないし、反論するだけ無駄か。
最後にボソッと何か言った気がしたが、その言葉は俺には届かなかった。
「なら......結局お前は何者なんだ」
ため息を吐きながらも、俺は明確にしなければいけないことは聞いていくことにした。
まずは相手を知らないと会話もなにもあったもんじゃないからな。
「あ~、俺は何というか......そうだな......先達者、だな。俺はお前の先達者。お前は俺であり、俺はお前であるけど、経験知的に俺はお前の先生的な存在だ!」
いよいよ駄目かもしれない。
何を言っているのかさっぱり分からない。
やはりコイツはおかしな存在みたいだ。
理解を諦めた俺は、素直に思い浮かんだことを聞いていくことにした。
「じゃあ、ここはどこだよ」
「ここはお前の精神世界。今のお前の実体は柔らかいベッドの上だから安心していい」
「精神世界っていうと、つまり、俺は死んでないのか?」
「あぁ、死んでない。最後の一撃で体はボロボロだろうが、命に問題はないな」
その言葉を聞き、思わず俺の体が反応した。
「さ、最後の一撃ってなんだ? 俺は魔獣に止めを刺されていないのか?」
勢いよく謎の存在に今ある最大の疑問を投げかけた。
僅かな沈黙の後、目の前の存在は光を放ち、再び話し始めた。
「......最後の一撃というのは、お前が魔獣に対して放った止めの一撃のことだ。俺がお前の魂に干渉して、無理やりにでも体を動かさせてもらった。だから、魔獣はお前に止めをさすどころか、逆にお前に止めをさされたということになるな」
「......へ?」
気の抜けた声が何もない空間に響く。
あまりに常識を逸したその内容だったから、それは仕方のないことだった。
まさか俺が気絶した後に、こいつが俺の体を動かして、魔獣を殺した?
やはりコイツはおかしなやつなんだ、信用するわけがない。
だが、真剣そのものな奴の声音を聞いていると嘘をついているようにも思えなかった。
「し、信じられねぇ......」
「信じる信じないは勝手だが、これが事実であるとは言っとくぜ」
「......」
言葉を失い、ただ立ち尽くすことになってしまった。
あまりに非現実的な話すぎたのだ。
「あぁ......もういいや。それが真実だとして、お前は俺を助けるためにでてきたのか?」
頭を抱えながら、俺は自分の中にある疑問を解消していく。
「もちろんそれはある。だが、本来はーー」
そこまで言うと金銀の光は黙り込んでしまった。
「お、おい。どうしたんだよ」
急に黙り込むので、少し不安になった。
「まさかまた、面倒くさいとかいうつもりじゃ......」
やがて謎の存在は弱弱しくも光を再び放ち始め、再び口を開いた。
「ーーチッ。時間か......」
その時、空間が歪んだ。
まるで霧が晴れていくかのように真っ白な空間が霧散しようとしている。
あまりの居心地の悪さに思わず膝をついてしまう。
俺が何かを言おうとすると、それを遮って金銀の光が俺に近づいてきて声を発した。
「......時間が無いからよく聞け。俺は今回の一件でイレギュラーな力を使ったから当分は出てこられない。だから俺と接触することはしばらく出来ないと思え」
そう言うと、金銀の光は今から話すことの方が本題と言わんばかりに、光を放ち始める。
歪んだ空間の中、真剣な声がそこに響いた。
「彼女を守れ。今のお前はそれだけ覚えておけ、いいな? これは命令とか義務とかそんな程度の低いものじゃない。使命だ」
言い聞かせるように、俺に語り掛けてくる。
その声音は若干焦っているようで、少し強い口調になっていた。
完全に空間が歪み、金銀の光も見えなくなりそうになり始めたので、光は最後だと言わんばかりに声を発した。
「手土産はおいていく。それを活かすも殺すもフィオ、お前次第だ......”回帰”させろ、全てを。根源に至るまで、全てを回帰させて彼女を守り切れ」
真っ白な空間は消失し、ついに謎の金銀の存在も見えなくなる。
同時に俺の意識も遠くなっていき、その場から本当に何もなくなるというその時。
幻聴が聞こえた気がした。
「ーー頼むぞ......これは古き盟約の誓いだ......」
そうして俺の意識はその場から離れた。
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「......なんか居心地が悪い」
知らない天井、知らないベッドの上で目を覚ました俺は頭の中に妙な違和感を感じていた。
さっきまで、なにかしていたようなしていないような。
なにか忘れているようないないような。
頭の中にポッカリと穴が開いているような違和感。
「気のせいかな......」
きっと寝起きで体が覚め切っていないだけだ。
俺は気にせず、ゆっくりと体を起こそうとする。
その時、電流がはしるように強い痛みが全身を駆け巡った。
「いっつぅ......動けないじゃん、これ」
原因不明の痛みに襲われた俺は、再びベットに倒れる。
痛みの感覚的にこれは筋肉痛だ。
それも、全身筋肉痛。
さっき気づかなかったとはいえ、無理やり動いたせいで今はピクリとも体が動かなくなってしまった。
「てか、なんで俺生きてるんだ......?」
徐々に記憶が鮮明になっていく。
魔獣に蹴り飛ばされた俺は気を失った。
まさかあのパンクウルフが見逃してくれたとは考えづらい。
あの場で俺は敗北していたはずだ......なのに、なぜ?
木目状の天井を見上げながら、俺は一人考える。
すると、なんの前触れもなく部屋の前の扉が開いた。
「あら、起きたのね。おはよう、フィオくん」
綺麗な長耳が目立つ、その女性はなぜだか俺の名前を知っていた。
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