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第九話 真北の星

 黄金色のリンゴの木の群生地を後にして、二人は森の迷路に再び入り、帰路をできるだけ急いでいる。日は進んでいて、森の中を進んでいる最中に夜になるだろうと二人は考えていた。


 帰路の荷物は背中にリンゴの木箱を背負っているのと、夜になった時のためのカンテラをそれぞれ一つずつ持っているだけである。行きよりは持っている荷物は格段に軽い。しかし、ブルドーのいない帰りは、二人にとって非常に不安だった。


「ブルドーさんは見た目より、ずっといい人だったけど……」

「帰りが俺達だけになることは、先に言って欲しかったよな……」


 二人は心細そうに話しながら、森を進んでいる。行きは反時計まわりに進んだので、反対の時計回りに帰っているのだが、木々やいばらなどが邪魔をして、進めない所が多く、迷い迷い進んでいた。


「方向は合っているよな?これだけあっち行ったり、こっち行ったりしてたら、わけが分かんなくなってきたぞ」

「ここまでは多分合っているはずです。行きに通ったような感じがする所も通ったし」


 とにかく進むしかない二人は、迷いながらも森を進んだ。そして、進み続けると、ある場所に出た。


「こんな所、行きには通んなかったよな……」

「そうですね……」


 二人が出た場所は、森の中で五、六人程が休憩出来そうな開けた場所で、空の様子も確認することが出来た。日は沈みつつある。


「迷ったかな……」

「でも、時計回りに進んだはずですから、大分東には来たはずですよ」

「となると、南に進めばいいのか。でもどっちだろう……」


 日が差す方向が分かればいいのだが、ここからの空ではよく分からなかった。日も傾きすぎていて見えない。もうすぐ夜になるというのが、感覚的に分かる程度だった。


「立ち止まってもしょうがない。勘を働かせて進もう」

「分かりました。でも大丈夫かなあ……」


 二人はその場を後にして、先を急いだ。


 ジンとファルスの二人は、また暫く歩いた。やがて日は落ち、夜になった。暗くなったのを感じていた二人は、カンテラに灯をつけて、かざしながら進んでいた。


 しかし……


「あれ……。ここは……」

「さっきの所ですね……」


 どこをどう間違ったのか、またさっきの開けた場所に出てしまった。


「まずいぞ、こりゃ本格的に迷ったな」


 ジンはやや慌てていたが、


「まず落ち着きましょう。冷静にならないと、どうにもなりませんよ」


 と、ファルスは取りなした。


 既に夜空になっており、星も出ている。森から見る星空は美しかったが、当然、今の二人にはそんなことを感じる余裕はない。


「でも、どうする? 方向が分かんないだろ?」

「そうですよね……。方向が……」


 ジンとファルスは暫く途方に暮れて、立ち止まっていたが、


「あっ! そうだ!」


 と、ファルスが何かひらめいたようで、空を見上げて何かを探していた。しばらく空を探していたが、目的の何かを探し当てたようで、


「あった! あった!」


 と、ある方向を向いて声を上げた。


「何があったんだ? 俺にも教えてくれ」


 怪訝そうに見ていたジンがそう訊いてきた。


「ある星を探していたんです」

「星?」


 ジンが訊くのに、ファルスは空にある一つの星を指さして答え始めた。


「あの星を見て下さい。他の星より輝きが、かなり大きくはっきりしているでしょう? あの星は動かず、常に真北にあるんです。だから、あの星を背にして真反対に進めば、真南に進むことができるはずです」


 それを聞いたジンの表情は明るくなった。


「本当か! 方向が分かるんなら何とかなるな!」

「ええ。さっきは南とは違う方向に進んでいたようですね。今度は大丈夫でしょう。あの星がどこにあったかを気にしながら進みましょう」

「それにしてもよく知ってたなあ、そんなことを」


 ジンは感心していた。


「父親が猟に出ることが多くて、そういうことを知っていたんです。父のおかげです」


 ファルスは真北の星を背にして、


「じゃあ急ぎましょう」


 と、言って、森の中へ歩を進め始めた。




 ジンとファルスの二人は、それからまた、暫く歩を進めた。昼のように明かりも差し込まないので、カンテラの明かりを頼りに、慎重に進んでいる。月明かりや星の明かりもあるが、深い森の中では、それはやはり心もとなかった。


 真北に位置する星を意識しながら二人が進んでいると、またさっきと同じような開けた場所に出た。


「あれ! また、さっきと同じじゃないか?」


 ジンはその場所に出ると愕然となったが、ファルスは冷静に空の星を確認していた。


「大丈夫ですよ。さっきの場所とよく似ていますが、今度は真北の星を背にして、南に進めたようです。こちらが南の空になるんですが、当然、真北に見える星はありません」


 確かに真北に一際輝く大きな星は、ファルスが指した空にはなく、その反対側の空にあった。二人が今の場所に出た方向の、ほぼ真反対の空だ。だから、ほぼ南に進めていることになる。


「そうなのか。ここも、行きは通らなかったから、てっきり迷ったのかと思ったよ。案外お前、頼りになるな」


 ジンはファルスの冷静な判断力を褒めた。


「たまたまですよ。後は西に進めば時計回りに戻ったことになるはずなので、西に進みましょう。南を向いて右手が西になるので、あの真北の星が常に右手の方向に来るように、気をつけて進みましょう」


 希望が見えた二人は、森の深い暗がりの中に再び入り、歩を進めた。




 真北に輝く星を頼りにまたしばらく進み、やっとのことで森の迷路を脱出できた。その時の二人の安堵感は言いようがないものだったが、まだ道のりはある。


「何とかなったな。一時は遭難するかと思ったよ」

「僕も最悪のことを考えていました。でも、ここまで帰れたら大丈夫です」


 森を出た二人は、夜のけもの道を進んでいた。秋の夜風が冷たく二人に吹き付けていたが、ここまで帰れた嬉しさが勝っているジンとファルスには、その冷たい秋風すらも心地よかった。


 自然、歩も軽くなり、一気にブルドーのあばら家まで帰ることが出来た。


「今日はここまでだな……」

「ええ、僕もへとへとです。今夜はここに泊まらせてもらいましょう」


 ジンとファルスは、建てつけの悪い玄関の戸をガタガタと開け、中で一泊させてもらうことにした。


 既に夜も深い。




 翌朝。


 一晩眠り、体力と気力を回復させたジンとファルスは、チェニックの町の馬の駅まで急ぎ、帰りの馬を借りた。その馬に、それぞれブルドーから貰った黄金色のリンゴを載せ、メイランド城下町へ帰路を取った。


 道中は何事もなく、二人は無事、ハワード調教牧場まで戻ることが出来た。


「今、帰りました!」


 ジンとファルスは牧場に戻ると、まず、ハワードの自室へ黄金色のリンゴを持って走った。二人の声を聞いたハワードは、座っていた椅子から飛びあがるように立ち、駆けよるようにしてドアを開けた。


「よく無事に帰って来た! 待っていたぞ!」


 出迎えたハワードにジンとファルスは喜々としてリンゴを見せた。


「目的の黄金色のリンゴも手に入れることが出来ました。これです」


 ハワードは二人が手に持っているリンゴをまじまじと見た。部屋の窓から差す光に照らされて、リンゴは輝きを放っている。


「おお! 確かに黄金色のリンゴだ! やはり、本に書いてあった通り、本当にあったんだな。よく手に入れてくれた!」

「これを手に入れるのには苦労しましたよ。一言では言えないんですが」


 ジンが得意そうな笑みを浮かべてそう言うのに、ハワードはそうだろうというような顔をしてうなずいた。


「で、数だが……。何個程手に入った?」

「六、七十個程ですね」

「そうか、六、七十か」


 ハワードは言葉にはしなかったが、思ったより個数が少ないと思い、それが少し表情に出た。それにファルスが気付き、


「このリンゴを分けてくれた方に訊いたんですが、馬に、多く食べさせなくても十分成長の効果はあるらしいですよ。個数は少ないんですが、うちの仔馬達に食べさせる分には十分だと思います」


 と、説明した。


「そうかそうか。それなら良かった。薬のような食べさせ方をすればいいわけなんだな」


 ハワードは安堵の表情を浮かべた。


「それにしてもよく手に入れてくれたよ。わしも半信半疑だったんだが。これで、そのリンゴが効果を発揮してくれればいうことはなしだ」


 ハワードは嬉しそうだ。自然と笑みも出ている。


「お前達長旅で疲れたろう。今日はゆっくり休みなさい。それと……」


 ハワードは懐から財布を取り出し、


「礼と言ってはなんだが、三日程休暇をやろう。これで少し遊んで来なさい」


 と、二人に幾らかの小遣いを渡した。これは珍しいことだった。


「いいんですか?」


 ハワードにこんなことをしてもらえるとは思わず、ジンは訊き返してしまった。


「いいんだいいんだ。それだけのことをやってくれたからな。わしの気持ちだ」

「それでは、ありがたく頂きます」


 嬉しそうに小遣いをしまった二人を見て、ハワードは満足そうな笑みを浮かべていた。


 部屋の中には秋の優しい光が、変わらず差し込み、黄金色のリンゴを輝かせている。

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― 新着の感想 ―
 帰り道に迷ったときには、何か起きるのかと心配しましたが、ここで北極星とはなんと博識。すんなりと帰れて安堵しました。
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