第八話 秘密の森
「それにしても、けもの道ですね……」
「中々、骨が折れるな……」
黄金色のリンゴを分けてもらえることが決まった後、ジンとファルスはブルドーの家で一泊した後、早朝、ブルドーに付いて、リンゴの木の群生地まで行くことになった。黄金色のリンゴの収穫時期も他のリンゴと同様に秋で、今が丁度良い時期らしい。
三人は、背中に荷物がつまった大きなリュックを背負い、両手にも袋をさげていた。
「まず、森に着くまでが大変なんだ。ほとんど人が来るような所じゃないし、近づこうと思う人もいないからな。自然とけもの道になる」
そう言いながら、ブルドーは慣れた足の運びで先に進んで行く。二人は置いて行かれないように、出来る限り歩を急いだ。
二人が肩で息をするようになりながら、暫く進むと、ようやく森が見えてきた。
「着いたぞ」
「もう少しですか?」
「いやいや、これからが大変だ。この森の中心に黄金色のリンゴの木があるわけだが、森を真っすぐに突っ切っては、そこまで行けないようになっている。早く言えば、森の中は迷路になっているんだ」
ブルドー達三人は、森の手前で一旦荷物を下ろし、休憩を取り始めた。
「それじゃあ、かなり回り道をしないといけないし、迷っちゃうんじゃ……」
ジンは不安そうだった。
「ああ。俺でも少し迷うことがある。かなり複雑な迷路だからな。迷っても大体の見当はつくから何とかなるんだが」
ブルドーは下ろしていた荷物をまた背負った。
「お前らものんびりしていられないだろう。そろそろ行くぞ」
ジンとファルスも慌てて荷物をさげなおした。
森の中は秋ということもあり、紅葉している木々も数多くあって、色彩豊かなあでやかさがあった。始め、ジンとファルスの二人はその風景を楽しみながら歩けていたが、道のりが複雑なのと、荷物が重いためにだんだん余裕がなくなって来た。
「ブルドーさん。まだまだですか……」
ジンもファルスも肩で息をしている。
「まだまだだな。恐らくまだ三分の一しか進んでいないはずだ」
「三分の一……」
「黄金色のリンゴのことがほとんど誰にも知られていないわけが分かってきただろう。こんな所に来る奴もいないし、ましてや複雑な森の迷路に入ろうという奴なんかいるわけがない」
ブルドーは二人のペースに合わせて歩を進めていたが、それでもその歩く速度は速く、二人はへたり込みそうになりながらもついて行った。
三人はそれ以降、ほとんど喋らずに歩き続けた。特にジンとファルスの二人は喋る余裕もなかった。
途中、ブルドーは道を間違え、少し迷ったが、すぐ迷ったことに気付き、方向を取り直したので、大したことにはならなかった。そうして、また長い森の迷路を暫く進み、やっとのことで黄金色のリンゴの木の群生地にたどり着くことができた。
森の迷路には南側から入ったが、複雑な道程を経て反時計回りに進み、森の北側にある南の出口から出て、森の中心部に来たことになる。
「ここが群生地だ」
ブルドー達三人は、群生地のそばにある、簡素な小屋にまず荷物を置いた。早朝に出発したが、既に日は昼を回っているようだった。
「やっと着きましたね……」
ジンとファルスはぐったりしていたが、気力を出して立ち上がり、黄金色のリンゴの木を観察し始めた。
その木々はどれも普通のリンゴの木とそう変った所はなかったが、よく観察すると、確かに黄金色に光るリンゴが実っていた。しかし、そのリンゴの実は、一本の木に二、三個程しかなっていない。
「ブルドーさん。実ってるリンゴが少ないようですが、風で落ちたり、動物に食べられたりしたんですかね?」
ファルスが疑問に思ってそう訊くと、
「一本の木になる実はせいぜい二、三個だ。別に落ちたり、動物に食べられたりしたわけじゃない。滅多にここら辺には動物が来ないしな。それに、群生地と言っても、木は三十本程度しかない。それだけ貴重な実なんだ」
と、ブルドーはリンゴを取る仕度をしながら答えた。
「取った実はお前らにやろう。個数が少ないからすぐ終わるだろうが、手分けして取るぞ」
ジンとファルスも、持ってきた荷物から道具を取り出し、仕度をした。
黄金色のリンゴの木は、確かに三十本程度あったが、なっている実が少ないので、収穫はすぐ終わった。それでも、日は大分回っており、三人は遅い昼食を取ることになった。
収穫したリンゴは六、七十個程度だった。
「そのリンゴは全部お前らにやろう」
ブルドーは小屋の中にあった鍋で、干し肉や玉ねぎ、ジャガイモ、人参などをごった煮にしたスープを作りながらそう言った。
「ありがとうございます! お礼は後日必ずします!」
「そう金はいらん。俺がしばらく食っていけるだけもらえればいい」
暮らしぶりから見てとれるように、ブルドーには金銭欲がほとんどないらしい。ジンもファルスもそう思っていたが、少し疑問に感じる所があったようで、質問してみた。
「ブルドーさん」
「なんだ」
「なぜ、このリンゴをみんなに売らないんですか? 本に書いてあるような効果があるのなら、取ったら取った分だけ売れるでしょう。ブルドーさんの生活も楽になるし」
ジンは黄金色のリンゴを一つ持ち、そう訊いたが、ブルドーは何だそのことか、というような顔をして、
「俺の一族は代々人間嫌いでな。ひいじいさんの代にたまたまよくしてくれた人がいたから、その人にリンゴを分けることで、昔、少し黄金色のリンゴのことが知られるようになったわけだが、本来は誰にもこのリンゴのことは教えるつもりはなかったんだ」
と、木の皿にスープをついでやりながら語り始めた。
「よくしてくれた牧場主さんは、本当に人間が出来た人だったらしくてな。ひいじいさんもその人が居る間はリンゴを分けていたらしいが、このリンゴの噂を聞きつけて、金儲けをしようとする奴が出て来始めてな。そうした奴らは全部追っ払ったが、後から後からいくらでも出てくる。しかも、そいつらの取引先がろくなもんじゃない。だから、その牧場主さんが亡くなると同時に、リンゴを分けるのを止めたんだ」
「……」
ジンとファルスの二人は、何も言えず、うなずいて聞いている。
「そんな奴らにリンゴを分けるより、ここら辺の猪や猿なんかに食わせてやった方がよっぽどいい。だから、ここいらの動物はやたらすばしっこくて元気だ」
ブルドーは大きな口をあけて、哄笑した。
「そんなこだわりがあるリンゴを僕達に分けて下さるんですね……」
ファルスはブルドーが自分達を認めて、リンゴを分けてくれたことを嬉しく思うと共に、大きな責任も感じていた。
「そうだ。お前らも黄金色のリンゴのことは広めるんじゃないぞ。また面倒なことになるからな」
ブルドーは二人の食事の手が止まっているのを見て、
「早く食わねえと冷めるぞ」
と、ぶっきら棒に言った。
食事を済ませた頃には、夕方の二、三歩手前くらいまで、日が傾いていた。それだけ道のりが険しかったということだろう。
「ところで俺は、一週間程ここに留まって、リンゴの木の世話をする。帰りはお前ら二人で何とかしろ」
何時帰るのか気になっていた、ジンとファルスの二人だったが、ブルドーから突然そう言われたので、思わず、
「えーっ!」
と、心の底からの驚きと不安と「そりゃないよ」という気持ちなどがないまぜになった声を上げてしまった。
「そうか、あの大量の荷物はそういうことだったんですね……」
ジンは荷物の中身を思い返してみた。日持ちが効く食料を大量に運んだが、そういうわけだったのかと今気付いたようだった。
「ここまで来た道のりを逆にたどればいいんだ。森の迷路は複雑は複雑だがな。お前ら二人でも恐らく何とかなるはずだ」
「でも一度通っただけですよ?」
ジンは非常に不安だった。それはそうだろう。
「勘で何とかしてみろ。それにリンゴは木から取った後だ。このリンゴは普通のリンゴよりは大分日持ちがするが、それでも日にちが経つと、鮮度も下がるし、しまいには腐る。そうなったらリンゴをやった意味がなくなるからな」
「……」
ジンとファルスの二人は暫く黙っていたが、選択肢が無いのは分かっていた。
「分かりました。リンゴを抱えて、何とか帰ってみます」
ファルスはそう言うと、リンゴが入った木箱を背負った。
「森の中は複雑だったろうが、危険な動物は居ないことは分かっただろう。焦らず進むことだ」
決心した二人を見て、ブルドーは森を指してアドバイスした。