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第七話 リンゴを守る鬼

 黄金色のリンゴに関する情報を得たハワードは、ジンとファルスを文献に書いてあったチェニックの町に、翌日向かわせた。ハイソニックの時のように、大きな取引を行うわけではないので、今回、ハワード自身は、牧場に留まることにしたようだ。ジンとファルスの二人も、その方がよいと考えていた。


 チェニックの町には馬を使って移動したが、道程がかなりあり、三日、馬を走らせてやっと着くことができた。


 馬の駅に乗って来た馬を預けたジンとファルスは、落ち合う場所を決め、手分けして黄金色のリンゴがある森に行く方法を、知っている人がいるか、探すことにした。


「……という話を知っていますか?」

「知らないねえ。本当にそんなリンゴがあるのかい?」

「……という場所がこの町の近くにあるはずなんですが?」

「見たことも聞いたこともないよ」


 二人で町のいたる所で尋ねてみたが、黄金色のリンゴについて知っている人は、尋ねた中では誰一人いなかった。


「本当にあるのかなあ? そんな森が」

「全然知ってる人がいませんね。文献によるとこの町からそう遠くない所にあるはずなんですが……」


 落ち合った二人は何の収穫もないのもあって疲れていた。しばらく二人して、頭を垂れて座っていたが、


「森はこの町の西にあるということでしたね。西の町はずれにいる人なら、もしかすると何か知っているかもしれません。行ってみましょう」


 と、ファルスが提案し、二人で行ってみることにした。




「この辺りまでは聞き込みをしなかったな」


 ジンはそう言って辺りを見回した。西の町はずれは人影もなく、道の整備も不十分で草が生い茂り、建物もほとんど見えなかった。


「人がいませんね……」


 ファルスも辺りを見回したが、やや遠くの方に、一軒の木造のあばら家があるのを見つけた。


「ジンさん。向こうに家がありますよ」

「少し不気味な家だな……。でも、他に何もないしな。行ってみるか」


 ジン達は、草が生えた道を掻きわけながら、そのあばら家に向かった。




 あばら家に近づくと、造りは悪いながらも、割合大きい家であることが分かった。平屋だが、部屋は幾つかありそうだ。


「来てはみたが……」

「ちょっと怖いですね……」


 あばら家の玄関前まで来たジンとファルスは、家に人が居るかどうか確かめるのを躊躇していた。周りの雰囲気と相まって、不気味なものがある。


「どの道この家しかないんだ、とにかく呼んでみよう」


 ジンは玄関の戸の前に立ち、


「どなたかいらっしゃいませんかー!」


 と大声で呼んだ。


 呼んだ後、一時待ったが反応がない。


「やっぱり誰も居ないんですかね……」

「そうだな……。気味も悪いし、別の所を探すか」


 そう言ってジンとファルスが立ち去ろうとした時、戸がガタガタと動き、中から開いた。


 出て来たのは大男だった。大男は瞳が小さい大きなギョロ目をファルスの方に向けて、耳まで裂けているかと思う程、大きな口を開いて、低い声で問いかけた。


「お前らこんな所に何の用だ?」


 ジン達は、大男の鬼のような姿に一瞬後ずさったが、


「僕たちはメイランドの城下町から探し物をしにチェニックまで来ました」


 と、ファルスが大男のギョロ目を見て言った。


「ふん……。メイランドからわざわざこんな辺鄙な所にな」


 大男は追い返すつもりで、出て来たようだったが、ファルスの澄んだ目を見て、話だけは聞いてみる気になったようだ。


「まあ、上がれ。言っておくが何もないぞ」


 そう言うと、大男は巨体をひるがえし、家の中に戻って行った。




 あばら家の中は外から見た通りでやはり広く、八畳程ある部屋が三部屋あった。ジン達は玄関と続きになっている部屋に上がり、四人程座れるテーブルの席に座らせてもらった。


 玄関内に台所があり、大男はそこで何かを沸かしていた。部屋は大男の無骨さに似合ったように殺風景だった。


 少し経ち、大男はコップに何かを汲んで、テーブルに着いているジンとファルスの前に置いた。


 白湯だった。茶の用意もこの家にはないのだろう。


「まず、名を訊こうか」


 白湯を置いた大男は、ジン達の前の席にゆっくり腰を落とし、そう訊いてきた。


「ジンです」

「ファルスと言います」


 ジンとファルスはやや気押されながら、それぞれ自分の名前を答えた。


「俺はブルドーだ」


 ブルドーは自分の名前を言うと、汲んでいた白湯をゴクリと飲んだ。


「で、こんな町外れに何を探しに来たんだ?」


 コップを置くとギョロリとブルドーが迫力のある目で二人を見た。


「この町から西に行った森の中に、黄金色のリンゴがなる木があるということを本で知り、ここまで探しに来ました」


 ファルスがそう答えたのを聞いて、ブルドーの表情が非常な驚きを帯びたものに変わった。


「……お前らどこでその本を手に入れた?」


 ブルドーの様子の変化に二人は顔を見合わせたが、


「王国の士官の方々が、賊の討伐時に取り戻した略奪品の中にあったそうです。理由があってその本を、僕達の雇い主であるハワード調教師に貸してくれました」


 と、ファルスは本に関するいきさつを話した。


「……そうか、お前らは馬を扱う仕事をしているのか」


 ブルドーはコップに残っていた白湯を飲みほしてから言葉を続けた。


「黄金色のリンゴのことなら知っている。というより、俺がそのリンゴの木を管理している」

「えっ!」


 ジンとファルスは思わず驚きの声を上げてしまった。


「俺の一族は代々、黄金色のリンゴの管理を親から引き継いでいる。その本を読んだことがあるということは、どういう効果があるリンゴか大体分かっているだろう」


 二人はうなずいた。


「俺のひいじいさんの代に、一族によくしてくれた馬の牧場主がいたという話を聞いたことがあるんだが、その人のために、黄金色のリンゴを毎年分けていたらしい」


 ブルドーがギョロ目で語るのを、二人は黙って聞いている。


「その人は執筆もしていて、本を何冊か残したらしい。恐らくお前らが読んだのは、その人の書いた本の内の一冊だろう」

「……その方の一族とは、今はつながりがないんですか?」


 ジンの質問にブルドーは首を縦に振った。


「その人の代で家が途絶えたそうだ。それ以来つながりはない。黄金色のリンゴを分けることもなくなり、リンゴのことを知る者はほとんどいなくなった」


 そこまで話すとブルドーは暫く黙った。ジンとファルスが、黄金色のリンゴを欲しがっているのは分かっているが、敢えて自分からその話題を切り出さず、ジン達の出方を待っているようだった。


「その黄金色のリンゴがどうしても必要なんです。十分なお礼はするので、分けて頂けませんか?」


 ファルスがそう切り出した。が、ブルドーは首を縦にも横にも振らず、


「金だけじゃない。そこまでリンゴが必要な理由を話してみろ」


 と、ギョロ目をつむって言った。


「うちの牧場では、最近起こった戦争のために、現役の馬すべてを軍馬として買いつけられてしまいました。もちろん、馬は売るために育てているんですが、牧場のために種馬や繁殖牝馬として残しておきたい馬も相当数いました。そういった馬までもすべて買われてしまいました」


 ファルスが懸命に理由を話しているのを、ブルドーは目をつむったまま、黙って聞いている。


「残っているのは種馬や繁殖牝馬、そして仔馬だけです。仔馬は成長するのに時間がかかります。その仔馬の成長を早くすることができれば、こんなに牧場にとって助かることはありません。そのためにリンゴが必要なんです」


 ファルスが話し終わると、ブルドーはつむっていた目を開き、またギョロリとファルスを見た。


「話は大体分かったが、結局その仔馬を育てても、またほとんどが軍馬になるんじゃねえか?それならリンゴを分けてやっても、同じことの繰り返しだろう」


 そうブルドーに鋭く突かれ、ファルスは言葉に一瞬詰まったが、


「そうなるかもしれません……。しかし、僕達の雇い主のハワードさんは、国を守るために駿馬を育てて売るのも自分の使命だと言われていました。もちろん、本意で軍馬にしているわけではありません。軍馬を売ることで、ゆくゆくは今より平和な国になってくれるはずだという考えです」


 と、澄んだ瞳でしっかりブルドーの目を見て、また話し始めた。


「ハワードさんは信念を持ち、馬を愛して育てています。僕達もその姿勢にならっています。どうか、黄金色のリンゴを分けてください!」


 ブルドーはファルスの目をじーっと見ていた。ファルスも目をそらさなかった。しばらく経ち、ふっとブルドーは目を優しいものに変え、


「いいだろう。お前の目とハワードと言ったか……そいつの信念を信じよう」


 と、似つかわしくない笑みを交えて言った。


「本当ですか!」

「ああ。ただし、色々手伝ってもらうぞ。黄金色のリンゴを手に入れるのには、かなりの手間がかかるからな」


 ジンとファルスは小躍りせんばかりの嬉しさだった。

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― 新着の感想 ―
『黄金色のリンゴ』……神の果物とまで呼ばれるものとなると、なるほど効能が凄そうです。人でも食べたくなりそうですね。  ところでこれ、素直に林檎という理解でよいのでしょうか?  それともオレンジ? また…
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