最終話 空の道標
赤水晶の欠片を使ったシロの試験飛行から、一週間ほど経った。
ザバの骨折りがあり、魔力をそれぞれ注入した赤水晶の欠片が大量にできた。それを一定間隔で地中に埋め込み、メイランドからハルバスまで、つなげる必要がある。空から感じられる道標を作るためだ。
この作業は、ハワード牧場の人間には出来ない。なので、今までの説明を行い、メイランドの工作部隊に頼み、測量を行いながら、赤水晶の欠片の埋め込み作業を行ってもらった。当然、ハルバス側にも連絡を入れ、作業の了承を得ている。
そして、作業が完了した二週間後……
「シロちゃん、ちゃんと飛んでくれるかな……」
シロをハルバスまで飛ばさせることを、メイランド国を挙げて宣伝したため、飛行の当日、今まで以上の見物客でハワード調教牧場はごった返していた。まさに芋の子を洗うようなという形容がふさわしい様子である。
「不安もありますけど、ハルバスまで行ってくれるでしょう。そう信じています」
手綱を引いてシロを落ち着かせながら、ファルスは、牧場に来ているメルナの不安を軽くするように言った。自分自身の不安を解くためでもある。
「それにしても、これだけの人がよく集まったもんだな。まあ、メイランド始まって以来の大イベントではあるからな」
娘のメルナの側にいるジオルグも、非常に大勢の人だかりに驚いている。
「今日はシロを飛ばす前に、ハワードさんの演説があるそうです。メイランドとハルバスの特別な日になるはずですからね」
ファルス達が話していると程なく、ハワードが人だかりの前の一段高い所に立ち、挨拶を始めた。
「皆さん、お集まり頂いてありがとうございます。今日は天馬ホワイトウイングにとっても、このメイランドとハルバスにとっても、大変特別な日になります。これからこの天馬は、地中の道標を頼りに、ハルバスまで飛行して行く予定です。それは、ハルバスとの親善と友好の象徴として計画してのことですが、我が国メイランドとハルバスの間には、多くの戦やいがみ合いがありました」
大勢の民衆は、黙ってハワードの演説を聞いている。
「それも今日までで終わりです。このホワイトウイングが飛ぶ姿を見て、今までのことを徐々に水に流していき、両国に平和を築いていこうではありませんか」
民衆から歓声があがった。世論もハルバスとの敵対関係に疲れていたのだ。
「では、天馬ホワイトウイングの飛行式に移ります。お静かにお願いします」
ハワードの近くにいる、ジンが民衆を静めた。その後、牧場のコースでファルスが、シロの手綱を外し、
「頑張っておいで、頼んだよ」
と、シロに優しく話しかけ、そこから離れた。
(…………)
シロは手綱を外された後も、しばらくその場に立っていた。その様子を、牧場にいる誰しもが、じっと見守っている。
緊張感が張り詰めた空気が流れた後、シロは疾走を始めた。風を切る疾走はスピードをどんどん上げていき、最高速度まで達すると、シロは空を舞った。
「おお!」
民衆から、ひときわ大きい歓声があがった。
シロは空をぐんぐん上昇して行き、地中に埋められた赤水晶の欠片から感じられる、空の道標通りに、ハルバスへ飛んで行った。
「シロちゃん行っちゃったね」
メルナはシロの飛行を見て、感動で目を潤ませている。
「ええ。やれることはやりました。後はシロが無事帰ってくるのを待ちましょう」
朝日が眩しい、牧場とメイランドの特別な日であった。
シロが飛び立ってしばらく経った。
ハルバスでも、天馬が空からやって来る日が今日であるということは、ハルバスからも、お触れが出ていたのもあって、ほぼ全国民が知っており、ハルバス城近くの、天馬が降り立つ予定の草原には、大勢の人が詰めかけていた。
「……」
ハルバス王も簡易型の椅子に腰掛けて、草原で黙ってシロが来るのを待っていた。側ではアッティラなど、側近が囲んでいる。
「あっ! あれは!」
「天馬だ! 天馬が来たぞ!」
いち早く天馬の到来に気づいた民衆の声を聞いた王は、椅子から立ち上がり、空に目を凝らした。空には小さい姿の翼をはためかせ飛んでいるシロが、徐々に姿を大きくさせて、こちらに近づきつつあるのが目視できた。
姿が目視できるようになってから草原にシロが降り立つまでは、それほど時間はかからなかった。シロは民衆の頭上の空を華麗に飛び、ハルバス王がいる手前にふわりと降り立った。
「神々しい……」
天馬の着地を見た王の口から出た第一声はそれだった。まさに神が降り立ったかのような感覚を、ハルバス王は受けていた。
民衆もシロの飛行を見てざわついていたが、
「静粛に! これから王の御言葉がある!」
と、アッティラの素晴らしい大声で、周りは静まった。
いっとき間があり、ハルバス王は民衆の方を向き、演説を始めた。
「我が国とメイランドはお互いに、いがみ合い度々戦争も起こしていた。その根本的な原因に気づいている者も多いと思う」
民衆は静まり返り、王の演説をみな真剣に聞いている。
「原因は余にある。余とメイランド王の個人的な対立により、国同士にまでそれを広がらせてしまった。これは余の不徳であり、我が国民全てに謝らなければならない。すまなかった」
ハルバス王の謝罪の言葉に、民衆のあちこちから感嘆の声があがった。そしてしばらく経ち、民衆が再び静まったところで、王は演説を再開した。
「その余の不徳に気付かせてくれたのが、この天馬ホワイトウイングである。メイランドに天馬が生まれたという噂を聞き、余は是が非でも見たくなった。しかしながら、メイランドとは敵対していて、容易には叶わぬ。そこで、なぜメイランドと敵対せねばならぬのか見つめなおすことができたのだ」
演説を続けながら、ハルバス王はシロに近づき、そのたてがみを撫でた。シロは大人しく撫でられている。
「余のわだかまりをこの天馬が全て解かしてくれた。これからはいがみ合いを止め、メイランドとの友好を築いていこうと思う」
民衆からどっと歓声が起こった。それは、王の英断を賞賛する歓喜の声だった。
その後、メイランドとハルバスの間を定期的にシロは飛ぶようになった。両国の友好を築く、空の架け橋としてである。シロが両国の間を飛ぶ度に、両国間のわだかまりは徐々に少なくなっていった。
そして数年後……
パラレイクの村のファルスの実家では、その日、ファルスの母親ティアナが家の前の掃除をいつものようにしていた。
(ファルスは元気にやってるかねえ……)
考えることもいつもと同じ、離れて暮らしている息子のファルスのことを考えている。
ティアナは掃除をしばらく続けていたが、少し休憩を取ろうと曲げていた腰を伸ばした。そして、目の前に立っている、たくましい青年を見て驚きと喜びの表情を浮かべた。
「ファルス!」
「ただいま、母さん」
ティアナは近づいてきたファルスを抱きしめた。抱きしめてはいるが、家を出た時より体躯が大きくたくましくなったファルスに、抱き支えられるような形になっている。
「帰ってきたか、ファルス」
妻の声を聞いて、家で狩りの道具の手入れをしていた父親のジョルトンも出てきた。ジョルトンも笑顔を浮かべている。ファルスは父親を見てうなずき。
「ハワードさんから、パラレイクでもう一つ牧場を作るように言われたんだ。お前は一人前になったから任せると言われたよ」
「えっ! それじゃあ、ずっとここにいれるのかい?」
ファルスは抱き支えていた母親をそっと離し、
「そうだよ、ずっとここにいるよ」
と、優しく言った。
家族三人の再会を祝福するかのような、春の薫風が柔らかく周りを吹いている。
その後、メイランドとパラレイクの二つの牧場は長年栄え、ペガサスの血脈を守りながら、メイランドとハルバスの平和を保つ象徴となったという。
おわり




