第二十九話 ピンポイント
二日後。
ファルスはザバから言われた通りの身支度をし、再びザバの家に来ていた。ザバも、何かの作業がし易い軽装で、いくらかの手荷物を背負っている。
「では行くかの。そんなに時間はかからんじゃろう」
ザバはそう言うと、ファルスを連れて家を出た。家を出た方向は、以前、凶暴な大熊を大人しくさせた、ザバの妻の墓がある丘とは丁度反対で、岩がちな地形の別の丘に向かっている。
その丘を少し登ると、不意に、ザバは立ち止まった。
「ここじゃ。ちょっとそこで見てなさい」
ザバはそう言うと、前にある壁を覆っている一つの岩を、横にずらし始めた。すると、中に通ずる、短い洞窟が現れた。
「ここに何かがあるんですか?」
洞窟の出現に、やや驚いたファルスはそう訊いたが、ザバは、
「まあ、ついてきてみなさい」
と、だけ言って、洞窟の中に先に入った。
少しだけ洞窟を進むと、奥に、やや広い空間があり、そこには何やら赤い結晶が落ちていた。
「これはもしかして……」
ファルスは、おおよその見当をつけて考えていたが、
「そうじゃ。以前使った、赤い水晶球と同じ成分の、赤水晶の欠片じゃ」
ザバはそう説明した。そして、
「向こうを見てみなさい」
と、指し示した場所には、いくらか大きい、赤水晶の塊が壁に埋まっている形で、存在している。
「大昔はもっと大きい塊だったらしいがの。昔の名残になるの」
ザバは背負っていた荷物を下ろし、赤水晶の欠片を採取する準備を始めた。
「ファルス君、あんたも欠片集めを手伝ってくれ。相当な数はいるぞい」
様子を少しボーっと見ていたファルスも、慌てて採取の準備を始めた。
それからまた、日にちが経った。
ザバからは「いくらか時間がかかる」とだけ、赤水晶の採取が終わった後、伝えられたので、その言葉と赤水晶の採取をハワードに報告し、ファルスは牧場で、自分のいつも通りの仕事をこなしつつ待っていた。
そして、ある日の朝。ザバが牧場に、いつもの飄々とした様子でやって来た。
「やあ、待たせたの」
ファルスに会うと、ザバはニコリと笑った。笑顔に優しい光が差して、ザバの優しさがいっそう引き立てられているようだった。
「お待ちしていました。仕事をしている時も、シロの件ばかり考えていたもので……」
ファルスも良い笑顔を浮かべている。
「うむ、あれこれ道具を作って持って来た。早速試してみよう」
「分かりました、お願いします。ちょっと待ってて下さいね」
ファルスは、ハワードを呼びに行った。
シロを牧場内のコースに連れ出し、ファルスができる準備はすべて済んだ。傍らでは、ハワードとジンが見守っている。
「どうなるんですかねえ、ワクワクもしますが、不安もありますね」
ジンはシロの顔を撫でながら、期待と若干の不安が混じった表情をしていた。何も知らないシロは、ジンに顔を擦り付けて、じゃれている。
「町の加工場で、こういうものをあつらえたんじゃ。これをシロの首周りに付けてくれんか?」
ザバが出した物は、赤水晶の欠片を付けた、ベルト状の革製品だった。丁度、馬の首周りに取り付けられるほどの長さがある。
「これは?」
ベルトを渡されたファルスは、どういう物なのか疑問に感じ、ザバに訊いた。
「赤水晶の欠片に動物を懐かせる魔力を注入したものじゃ。最も、魔力の種類を少し変えておるがの」
ザバはシロの首を触り、
「まあとにかく、付けてやりなさい」
と、促した。ファルスはそれに従い、シロの首周りに、渡された革製品をぴったりと取り付けた。
「よし、これでよかろう。次じゃ」
そう言うと、ザバはシロがいる所から離れ始め、コース上をしばらく歩いた。そして、十分に離れた場所に来ると立ち止まり、コースの上に何かを置いた。
「よし! いいぞい! シロを飛ばせてみてくれい!」
ハワードを始め、皆、合点がいかなかったが、ザバの指示通り、シロを飛ばせてみることにした。
「じゃあシロ、飛んでおいで」
手綱を外されたシロは疾走を始め、いつものように空を飛んだ。しばらく自由に飛んだ後、牧場に降りたが、降りた所はザバがコースの上に、何かを置いた所だった。
「えっ? なんであそこに?」
ファルスは驚いた。ハワードもジンも同様に、ピンポイントでシロが空から降り立ったのに、驚いている。三人は、シロが降り立った所に急いで行ってみた。
そこに近づくと、コースの上に置かれた何かが何であるかが分かった。シロに取り付けたのと同様の、赤水晶の欠片である。
「ザバさん、これは?」
ジンは訊ねてみた。
「うむ、同じく魔力を注入した赤水晶じゃ。シロが今付けているものと共鳴し、空を飛ぶシロには、安心して降り立てる場所に見えるのではないかと試してみたんじゃが、どうやらうまくいったようじゃな」
ザバはヒゲを撫でている。
「なるほど……ようやく分かりました。赤水晶の欠片をたくさん集めた理由も」
合点顔をしたファルスを見てザバはうなずいた。
「そういうことじゃ。だから、もうしばらく準備に時間がかかるぞい。同じ魔力を注入した赤水晶の欠片が大量にいるからの。骨が折れるわい」
そう言うとザバは哄笑した。
「申し訳ありません、ザバさん……。お礼は必ずさせて頂きます」
ハワードがザバの労に感謝してそう言ったが、
「なに、わしも楽しみでやっとるようなもんじゃから礼などいらんよ。それより、道が見えてきたの」
皆を照らす陽光と風は柔らかい。