第二十四話 天馬の蹄鉄
シーツを先頭に三人は、岩島の足場が悪い道を進んでいる。その道は、跡と言った方がいいだろう。島への進入者がほとんどいないため、道なき道である。
ジンとファルスの二人が息を切らせながら、しばらく岩を登りながら進んでいると、先頭を行っていたシーツが合図をして立ち止まった。どうやらミスリル鉱脈に着いたようだ。
「ここでミスリルが見つかったんだ。これを見てみろ」
そう言うとシーツは下にあった手頃な岩を、持ってきたハンマーで砕いた。すると、中には清らかな光を発する砂粒が、非常に微量ながら含まれているのが見て取れた。
「この光っているのがミスリルですか?」
まじまじと見ているファルスが訊くと、シーツはうなずき、
「見ての通り、あるにはあるが非常に微量だ。とても蹄鉄に使えるほどの鉱石は、これじゃあ集まらない」
と、現状を理解させるように答えた。
「そこでだ、三人でこれを使うぞ」
そう言って、シーツが取り出したのは、変わった形をした音叉のような道具だった。
「こいつを鳴らすと、ミスリル鉱と共鳴して、鉱石内から高い音が聞こえてくるんだ。その音はミスリル鉱が含まれている量が多いほど大きくなる」
説明しながら、シーツはジンとファルスにそれぞれ一つずつ、不思議な音叉を手渡した。
「これを使ってこの辺りを調べるわけですね?」
ジンは受け取った音叉を早速、金属の棒で鳴らしてみた。すると、この辺りに含まれるミスリルの砂粒と共鳴して、わずかながら高い音が聞こえてきた。
「……なるほど」
「使い方は分かったか? 調べるのはこの辺りだけじゃなくなるかもしれない。この島に別のミスリル鉱脈がある可能性もある。三人で手分けして探すぞ」
シーツは二人にどちらに別れて鉱脈を探せばいいか指示しながらそう言い、自分もミスリル鉱の探索に向かうため、その場で二人と別れた。
探索を始めて二時間ほど経ったが、大きな成果はまだ得られない。時折、音叉に共鳴して高い音が岩から聞こえることもあったが、それも微小なものだった。
よく晴れた天気だが、日も傾きかけている。夜になってもいくらか探索を続けることができる装備も持ってきてはいるが、足場の悪い岩場である。体力的にも、そう長くはミスリル鉱脈を探せないだろう。
「これは船の中で一晩泊まらないといけなくなりそうですね」
「ああ、なかなか骨が折れるな……。簡単に見つかるとも思わなかったけどな……」
漁師のシーツと違い、岩場に慣れていない、ジンとファルスの二人は、お互いがはぐれないように、声が届く範囲で固まって、ミスリル鉱の探索をしていた。
「……」
二人は最初、口数も多かったが、元気がなくなってきたのか、次第に無言で音叉を使って、探索を続けるようになってきた。
(それにしても見つからない……三人で手分けしてかなりの範囲を探索しているはずだが……)
ファルスは少し焦っていた。そして、いつの間にかジンの声が聞こえない所に自分がいるのに気づいたようだった。
「あれ! まずいな……はぐれたかもしれない……」
やや慌てていたファルスはジンの姿を求め、周りを探そうとした。今、ファルスがいる場所は周囲の岩場より、かなり窪んだ所である。まず、その窪みから出て周囲を見渡した。
「あっ! いた! ジンさんだ。でも、ここからじゃ声が届きそうにないな……」
ファルスはジンへ声を届かせることができる場所まで戻ろうとしたが、その途中、立ち止まって考えた。
(さっきの窪みが気になる……。あそこではまだ音叉を鳴らしていないな……)
ファルスは引き返して窪みを調べることにした。窪みの広さはあまりなく、人一人が入れる程度である。ただ、縦にはやや長い。幅があまりない窪みだった。
(この辺りで鳴らしてみるか)
縦に長い窪みのおおよその中央部でファルスは音叉を鳴らしてみることにした。
すると、音叉と共鳴し、ひときわ高く大きな音が辺りに鳴り響いた。今まで探索していた場所での共鳴音とは明らかに違っていた。
「これは! やったぞ!」
大きな喜びと達成感を心身に感じたファルスは、疲労を忘れ、ジンとシーツの所まで戻り、興奮気味に鉱脈の発見を知らせた。
ファルスが新たなミスリル鉱脈を探し当てた時には、ほとんど日が落ちていた。そのため、シーツとジンも立ち会って、鉱脈を再確認した所で一旦、船に戻り、寝て一夜を明かすことになった。
船内で簡単な食事を済ませた三人は、早々に床に着き、穏やかな波に揺られながら明日に備えた。
そして翌朝。
「よう、寝れたか。ぼちぼち朝飯を食って行くぞ」
日が昇ってきて、まだ間もない早朝。シーツは既に起きていて、朝食の準備をしていた。塩漬け肉を煮たもの、簡素なビスケットなど、腹が膨れれば味にはこだわらないようなものばかりだった。
「ふぁ~あ、おはようございます。船で眠れるかなと思ったけど、くたびれて寝ちゃいましたよ」
目をこすりながらジンは、ビスケットに手を伸ばし、それをかじった。甘さはなく味気ない。
「バッチリ眠れたようだな。今日が大事だから、寝てもらわないと困る」
シーツも朝食の塩漬け肉とビスケットをつまんでいる。
「今日は新しい鉱脈を詳しく調べた後、広げる作業をするんですよね?」
昨日、鉱脈を発見した手柄を立てたファルスも起きてきた。
「そうだ、鉱脈を広げる時、やや危険な作業をするぞ。その心づもりでいてくれ」
シーツの言葉に二人はうなづき、その後、三人は船を出て昨日発見した鉱脈に向かった。
昨日発見した鉱脈に着くと、まず、シーツはハンマーでそのあたりの岩を少し割った。
「うん、確かにこの鉱脈の方がミスリルを含む量がずっと多い。だが……」
割った岩の中には確かにミスリルの光が含まれているが、含まれる量は、まだ満足のいくものではない。
「よし、持ってきた爆薬をしかけて、この窪みを広げてみるぞ。俺の指示通りに爆薬を置いてくれ」
そう言い、シーツはジンとファルスの二人に指示を出しつつ、効果的にミスリル鉱脈がある窪みを広げることができるように、爆薬をセットし始めた。
しばらくして、爆薬のセットは完了した。
縦に長い窪みの幅を広げるようにセットしてあり、導火線も安全なように、十分長く取ってある。
「うまくいきますかね?」
導火線の先にある爆薬を見ながら、ファルスは不安と期待を持ちながら訊いた。
「こればっかりは、発破をかけてみないと分からんな。お前さんらは先に遠くに逃げてろ」
二人は言われたとおり、遠くに逃げて爆発を避けられるように待った。その後、シーツが導火線に火をつけ、ジンとファルスの二人が避難している所まで素早く遠ざかった。
程なく、すさまじい轟音が辺りに響いた。轟音が止んでしばらくしてから、三人は避難していた場所を出て、発破をかけた岩場の窪みを慎重に調べに行った。
「おっ! これは!」
「あっ!」
発破をかけた後の窪みは十分に広がり、清らかな光を発するミスリル鉱石もあらわになっているのが見て取れた。
「大当たりだ! これだけの鉱石があれば、蹄鉄くらい、いくらでも作れるぞ! やったな!」
シーツは隣にいるファルスの背中を乱暴に叩き、大いに喜んだ。
「はははっ! 痛いですよ、シーツさん」
今日もよく晴れた凪の海である。
ミスリルの新たな鉱脈を広げてから、一ヶ月が経った。
その間、まだシロの蹄鉄はできていない。ミスリルの精錬には特殊な技術と時間がかかり、また、加工にも細心の注意が必要になり。蹄鉄を作るのにも相応の時間がかかるからである。
いつものように、牧場内で真面目に仕事をしていたファルスの肩を、不意に叩く誰かがいた。振り返って見ると、それは意外な人物だった。
「よくやっておるの」
「トール爺さん! 久しぶりです」
思いがけない装蹄師トールの訪問を受け、ファルスの心は踊った。それと共に、トールが小さな木箱を携えているのに気づいた。
「その木箱はもしかして……」
「そうじゃ、お前さんらが待ち望んでいた品じゃ。ハワードを呼んでもらえんか」
木箱をポンと叩いて、クシャクシャの笑顔をトールは見せた。
「はい! 走って行ってきます!」
ファルスはそう言った次の瞬間には、ハワードがいる事務室がある建物の前まで走って行っていた。
ハワードとトール、そしてファルスとジンの四人は、シロのいる厩舎内にいた。シロは立派な体格になっており、背中に生えた翼も時折伸ばす仕草もしている。
久しぶりにシロの様子を見たトールは、その幻想的な美しさに息を呑んだ。
「……見とれてばかりもおれんな。早く仕事をするか」
我に返ったトールは木箱から秘蔵の品を取り出した、ミスリルを精錬して作った蹄鉄で、清らかな光沢をその全体が持っている。
「シロ。こいつをつけて、思い切り走れるようにしてやろう」
そう言うと、トールは、シロの蹄を熟練の技で調整し、素早くミスリルの蹄鉄をつけた。
(……?!)
蹄鉄をつけられたシロは、何をされたのか理解できない顔をしていたが、蹄鉄がついた足を踏み込むと、様子が変わった。
「付きましたな、いよいよ牧場のコースに出してみましょう」
冷静にハワードは言ったが、その心の踊り方は生きてきたなかで一番のものであった。
厩舎から引かれて、シロがコースに出た。
あえてシロの周りには誰も就けないようにして、間隔を取っている。シロに付けた装具も最低限のもので、ほぼすべてをシロに委ね、自由な動きを待っていた。
「シロ、好きなように走っていいんだよ」
今まで、シロの世話を担当していたファルスは、いつも接するように、優しく言い促した。
(…………)
シロは少し戸惑っていたが、開けたコースに出た開放感も手伝い。軽く足を動かし始め、それは次第に疾走へと変わっていった。
「これは速い……」
「馬ってここまで速く走るものなのか……」
疾走してスピードを上げていくシロの後ろ姿を見て、ハワードとジンはそれぞれ呆気に取られた声をあげた。同時にコースを走っていた他のどの駿馬よりも速く、まさに風を切るという形容がふさわしい。
そしてシロのスピードが最高に達した次の瞬間、白い翼をはためかせ、シロの馬体が宙に浮いた。その高さは、翼がはためくに連れて高くなっていき、小高い丘を越える程の高さまで上がっていった。
「まさかとは思ったが、本当に飛ぶとは……」
自由に空を駆ける天馬を見て、ハワードの体は感動で震えている。