第二十一話 誕生
ハルバスとの戦は、ジオルグとアッティラの一騎打ちがきっかけとなり、停戦に持ち込まれた。両軍に、厭戦感が増していただけに、納得して軍を引かせる司令官がほとんどであった。
戦からまた少し時が経ち、春になった。
春の陽光が差す牧場で、馬たちの世話に励むファルスの姿が見える。年を経て、その体と顔つきは、牧場に来た時とは見違えるように、しっかりとした、たくましい若者のものに成長していた。
ファルスはヴィクトリアの世話を任されており、ヴィクトリアがハイソニックの子を宿してから、細心の注意を払いつつ、世話を続けている。
そして、今もヴィクトリアの体を丁寧に拭いてやっている所だった。
「どうだ、ヴィクトリアは?」
放牧場で仕事をしていたジンが、ヴィクトリアが居る厩舎に入って来た。一段落ついたので、様子を見に来たのだろう。
「順調です。おそらく、もうすぐ出産でしょう。これからさらに気をつけないといけませんね」
ヴィクトリアを拭き終わったファルスは、道具の片付けをしながら、そう答えた。
「そうだな……。それにしても……」
ジンはそこで言葉を切って、ヴィクトリアの大きくなった腹を眺め、
「どんな子が生まれるんだろうな……」
と、期待と少しの不安が入った表情で静かに言った。
数日後。
産気づいているヴィクトリアに気づいたファルスは、ハワードを呼びに、急いで事務室に向かった。そして、ハワードとファルスは、全速力で走り、ヴィクトリアの厩舎に戻ったが、そこには意外な光景が既にあった。
「えっ……」
仔馬は既に生まれていた。しかも立っており、母馬のヴィクトリアに愛おしそうに舐められている。そして、色は目の覚める純白で背に翼が生えていた。
(…………)
ハワードもファルスも喜びが起こるより先に、目の前の光景が理解できないようで、二人ともしばらくの間、言葉を発せず呆然としていた。
仔馬は母馬に無邪気に擦り寄っている。
ハワードの念願だったペガサスは、ハワードの真面目な行いを神が見ていたのか、あっさりとヴィクトリアが産んでくれた。
ただ、ここからである。
生まれてきたペガサスを立派に育て、その血脈を守っていかなくてはいけない。
ペガサスは牡馬であった。名前は大人の馬になり、他の現役の馬のようにきっちり育つまでつけられないが、牧場の人間はハワードを含め、ペガサスを「シロ」と呼んでいる。
シロが生まれてから数ヶ月が経った。まだ甘えざかりのシロはヴィクトリアに寄り添い、しきりに甘えている。その様子をファルスは目を細めて見ていた。
「お前はやけに甘えん坊だなあ」
ファルスはその後、ヴィクトリアの世話と共に、シロの世話もハワードから任されていた。ハワードにとって一番大切な馬を任されるということは、それだけ信任が厚くなったのだろう。
「今はいいけど、いずれ親離れしないとな。お母さんに甘えてばかりもいられないぞ」
そんなことを一人つぶやきながら、厩舎の中の掃除を続けた。
ヴィクトリアは母体のことを考えたため、今年は種付けをせず、空胎になっている。今のところヴィクトリアが宿し産んだ命はシロだけだ。
ファルスが二頭の白馬の様子を見ながら厩舎内で仕事を続けていると、ハワードが牧場を訪れたジオルグとメルナを連れて来たのに気づいた。
「こんにちは、相変わらず頑張ってるわね」
そうファルスに話しかけたのはメルナだった。ファルスがたくましく成長したのと同様、チャーミングだったメルナも大人になり、見た皆が気にとめるほど美しく成長していた。
「ありがとうございます、こいつが無事生まれてくれたお陰でもっと頑張れるようになりました」
「あっ! この子が……」
シロを初めて見るメルナは驚きの声をあげた。声には出さなかったが、ジオルグもシロを見るのは初めてで、同様に非常な驚きと興味を感じている。
シロが生まれて数ヶ月が経ち、ペガサスがハワード調教牧場にいるという話は、メイランド王国内で徐々に広まりつつあった。今日来たジオルグ達も、その話を聞いて、自分の目で確認に来たのだった。
「確かに純白で背に翼があるな……。これが伝説のペガサスか……」
ジオルグは「うーむ」となんとも言えない感嘆の声を出し腕組みしている。
「でも、背中に翼が生えてるから、大人になったら乗りにくいかもしれないわね」
メルナが見たままの感想を言ったので、そこにいた一同に和やかな笑いが起こった。
「確かにこいつの背に乗るのは無理でしょうな。それに、本当にこの翼でこいつが空を飛べるようになったら、背に乗る人間は命がいくつあっても足りません」
ハワードが笑いを交えながら言った。
「空を飛ぶか……。本当に飛べるようになるのなら見てみたいな」
ジオルグの視線の先では、甘えん坊のペガサスが母親に鼻を擦り付けなついている。




