第二十話 勇将アッティラ
牧場とメイランドにまた月日が流れた。
ただ、ヴィクトリアの妊娠期間中に、国に憂慮すべき事態が起きた。
ハルバスとの再戦が勃発したのである。
小競り合いはそれまでもあったが、ハルバス側の兵士があからさまにメイランドへ侵入して来たことで、メイランドの兵士も応戦せざるを得なくなり、双方に死者が出る事件が起きた。
この事件により、双方の王、特にメイランド国王が激怒し、一気に再戦となったのである。
王国の士官達は、いずれ再戦になるだろうとは思ってはいたが、長期に渡る両国の戦争に疑問を感じる者も多く、顔には出さないものの、士官と兵士の士気は晃々というわけにはいかなかった。
ジオルグもその一人である。
(再戦となったものの、どこかでキリをつけないと回復した国力が水の泡になる……)
ジオルグは戦場の幕舎で、やや沈思していた。ジオルグはメイランドでも高級士官の地位にあり、戦場で武勇を振るうだけでなく、全体の作戦を担う、師団級の部隊を任されている。
(我が王の怒りが静まる戦果を得て、且つ、ハルバス王の怒りをあまり買わないよう、和平に持っていくにはどうしたらいいものか……)
難題を抱えたジオルグが沈思を続けていると、幕舎に前線へ出ていた部下のパイクが入ってきた。
「考えこんでいますね」
入ってきたパイクはまずジオルグの前にある簡素な椅子に腰を下ろした。どうやら前線の様子を伺いに行っていたようで、軽装の肩当てと胸当てを付け、腰に帯びた剣も軽い物である。
「帰ってきたか。前線はどうだった?」
ジオルグの問に、パイクは頭を振り、
「完全に膠着していますね、にっちもさっちもいきません」
と、見てきたありのままを答えた。
「そうか……」
ジオルグは、ため息をつき、また考えに沈んだ。
「それにしても大将らしくないですね。まあ、大体考えてることは分かりますが……」
そう言いながらパイクは頭をポリポリと掻いていたが、思い出したことがあったらしく、
「そうだ! 言い忘れていましたが、前線の相手方に素晴らしい勇将がいました」
「……?」
沈思していた頭を上げたジオルグに、パイクは、ハルバス側にいた勇将について話を続けた。
一方、ハルバス陣営。
今日の開戦のために、前線に颯爽と出ている大柄な将が、朝の戦場に佇んでいる。大槍を携え、銀色の甲冑で身を包んでおり、存在するだけで、その場の軍を統率する風格があるように思えた。
「……」
その将は朝もやが残る戦場で、静かに眼をつむっていた。しばらくそうしていると、ハルバス陣営の斥候が、前方から近づいて来た。
「アッティラ様、偵察から戻って参りました」
「うむ、どうなっていた?」
アッティラと呼ばれた将は目を開き、斥候の報告を促した。アッティラは、メイランド軍のジオルグと同様に、ハルバス軍の一個師団を統べる長であり、最近、その武勇で頭角を現してきた。
「変わらず相手前線には、ジオルグの軍が展開しております。ただ……」
「ただ……?」
報告の末尾を濁した斥候は言葉を続けた。
「今日はジオルグ自身が前線に出ているようです」
「ほう、ジオルグも腹を決めたと見える」
アッティラはひとつ、あごの髭を撫でながら言った。
「もやがそろそろ薄くなる、その後に動くぞ」
「はっ! 承知しました!」
その後、アッティラの軍は前線まで動き、ジオルグと対峙することになった。
「予想通り、今日も前線に出てきましたね。あの将です」
「ふむ、いくらか若いが、敵ながら風格があるな」
ジオルグの軍では、前線まで駒を進めてきた、アッティラを見て、ジオルグ自身がその力を遠目に推し量っている。
「で、大将。前線まで出て来られましたが、どうなさるんです?」
傍らに付いているパイクが、上官に意図を訊ねた。
「こうしようと思ってな」
そう言うとジオルグは、胆力の限りの声で、
「私はメイランド軍、第三師団長ジオルグ! そこなる将! 名前を伺いたい!」
と、ハルバス側のアッティラに呼びかけた。
「私はハルバス軍、第二師団長アッティラだ!」
アッティラも呼びかけに応じ、名乗りを返してきた。
「戦も長引いてきた! いたずらに兵の血を流し続けるのは本意ではない! そこで!」
一旦、ジオルグは言葉を区切り、
「貴殿との一騎打ちでこの戦に決着をつけたい!」
そう申し込み、アッティラ側の返答を待った。
しばらく間があったが、
「承った!」
と、素晴らしい声で返すと同時に、アッティラは両軍が対峙している戦場の、ど真ん中の平原まで、馬を操り進んで来た。
「えっ! ちょっと大将!?」
「よし、行ってくるぞ」
突然の司令官の行動に、パイクは慌てたが、ジオルグは意に介さず、アッティラが待つ平原まで、愛馬スマートウインドと共に進んだ。
「貴公がジオルグか。なるほど、軍の一翼を担うだけの面構えだ」
「ふふっ、お主もなかなかの面魂ぞ」
お互いの存在を確認し合った二人は、携えてきた槍をそれぞれ構えた。アッティラの槍は豪槍で、ジオルグのそれはアッティラの物よりやや細身だったが、扱いやすくスピードで勝りそうである。
「では参る!」
「応!」
最初に打ち込んで来たのはアッティラだった。豪槍を信じられない膂力で振ると、すさまじい刃風と共に、ジオルグの頭上を襲った。
「むん!」
気合声を発し、ジオルグは槍の柄で、その攻撃を受け流した。しかし、攻撃によりややバランスを崩している。しかし、受け流されたアッティラも体勢が崩れており、次の攻撃に先に移れたのはジオルグの方だった。
「はっ!」
ジオルグは人馬一体となり、槍を巧みに操りアッティラの胸部を突いた。アッティラもかろうじで槍で抑え払った。
そうした、勇将同士の緊迫した攻防が、十度続き、両軍とも一騎打ちを固唾を飲んで見守っていた。
そして、十一度目の攻防。
「はっ!」
アッティラが豪槍を勢いよく、ジオルグの頭上に叩きつけようと振りかざした。
(!)
ジオルグはその時バランスを崩しており、防御が遅れた。
しかし、
(!?)
攻撃をかけようとしていたアッティラの両足を支えていた鐙がその時、ちぎれ外れた。支えを失ったアッティラの体は豪槍を振った反動もあり、大きくバランスを崩した。
「やあっ!」
そこを逃さずジオルグは、槍でアッティラの体を薙ぎ払った。バランスを失ったアッティラの体は、簡単に馬上から落ちた。
受け身を取ったアッティラの面前には、ジオルグの槍が突きつけられている。
「不覚……。殺すがいい」
勇将らしく、アッティラは覚悟を決めているようだ。
「鐙が外れたのでは勝ちとは言えぬ。お主は殺さぬ」
ジオルグはそう言うと槍を引いた。
「殺さぬと後悔するぞ」
「このような形で死んでも、お主の方こそ後悔するであろう」
「……」
アッティラに言葉はない。
「ではこうしよう、お主の命を助ける代わりに停戦をお主の名義で受け入れてくれ。こちらからは何も条件は付けぬ。これでどうだ?」
「何だと……」
アッティラは思ってもいなかった申し出に驚きを隠せなかった。
「敵ながら勇将である、お主を見込んでだ。どうだ?」
「……」
ハルバス側のアッティラも闘いつつ、今回の戦を長引かせる愚に気づいていた一人だった。
「お主の度量の広さに感服した……。承った」
アッティラは礼と共に、ジオルグに返答した。
「うむ、頼んだ」
ジオルグはそうとだけ言うと馬を返し、自軍を先に撤収させた。




