第十九話 ペガサスの礎
牧場の傍らに、よく見るとタンポポが咲いている。
時が経ち、春になっていた。
ハワード調教牧場に連れて帰った純白の駿馬はヴィクトリアと名付けられ、繋養されている。牝馬である。
ファルスがヴィクトリアを初めて見た時からいくらか年数が経っていたので、走る能力には衰えが来ていたようだが、それでも、牧場の現役馬と引けをとらない程のスピードがあった。しかしながら無理に走らされずに、繁殖牝馬として牧場にいる。見た目より年をとっていることと、元々、牡馬なら種馬として、牝馬なら繁殖牝馬として繋養するつもりであったためだ。
ハワードの夢である、ペガサスを作るための礎になってもらうために。
「うむ、今日も元気にしているな……」
牧草を食んでいるヴィクトリアの様子を、目を細めて見ているハワードがいた。ヴィクトリアがここに来て以来、毎日様子を見るのがハワードの日課になっている。
(…………)
春の暖かい風と陽射しを受けながらくつろいでいるヴィクトリアを見ながら、ハワードは暫く沈思していたが、考えがまとまったようで、近くで作業をしている、ジンとファルスを呼んだ。
「なんでしょう?」
呼ばれた二人は、まずハワードにそう訊いた。
「そろそろ種付けの時期だな」
ハワードがそうとだけ言ったのを聞いて、二人は期待と未知への興奮が一体となった、若者らしい良い表情をそれぞれ浮かべた。
「じゃあ、とうとう……」
「ああ、ペガサスを作ろう」
三人三様の表情だったが、いずれも春の息吹を見たような、喜びに満ちていた。
ペガサスを作るには、ヴィクトリアにどのような種牡馬の種でも付ければいいというものではない。
前述したように、ハワードはペガサスの配合が書かれた書物を持っている。
「配合が書かれた」というのは正確ではないだろう。「配合のヒントが書かれた」と言うべきだろうか。
書物にはこうある。
(メイランド北部に残っている可能性がある、ペガサスの末裔を探し出し、その馬と、名馬ソルを起源にもつ馬を掛けあわせれば、あるいは現世に、ペガサスが再び現れるかもしれない)
名馬ソルとは、その昔、メイランドで活躍した伝説的な馬で、その駆ける姿と速度は、やはり全盛期のヴィクトリアのように、天を駆けるようであったと、文献や、言い伝えにある。あるいはソルも、ペガサスの血脈の遠縁にあたるのかもしれない。
ソルは、種牡馬になってから早世したらしく、あまり子を残していない。その数少ない子孫にあたるのが、以前、カーター牧場で購入した、種牡馬ハイソニックであった。ハワードは、牧場の経営のためだけでなく、自分の夢、ペガサスを生み出すためにも、事前に血統を入念に調べ、ハイソニックを購入したのだ。
現在、ハワード調教牧場には、ペガサスの末裔である可能性が高いヴィクトリアと、名馬ソルの子孫であるハイソニックの両方がいる。書物に書かれた条件が揃ったことになる。
種付けを行う当日。
その日のヴィクトリアとハイソニックは、非常に落ち着いており、種付けは、滞り無く済んだ。どちらかと言えば、見守っているハワード達の方が緊張していたくらいだ。
「無事済みましたね」
「後は、懐妊を神に祈るのみだな」
皆の祈りが通じたのか、翌月、ヴィクトリアに新たな命が宿っていることを確認できた。
出産は翌年になる。