第十八話 かわいい駿馬
近づいて見る純白の駿馬は、遠くから見るより白さが際立ち、神々しさすら感じられた。一行は、その姿に、しばらく見とれていた。
「む……いかんな。見とれている場合ではない」
われに最初に戻ったのは、ハワードだった。
「そうじゃの、なんとかして連れて帰らんとの」
ザバもわれに帰り、持ってきた荷の中から、何かを取り出し始めた。
取り出した物は、以前、ザバの妻の墓で悪さをしていた大熊に対して使った、赤い水晶球だった。
「こいつの出番なんじゃろうが……」
「大熊の時みたいにはいかないかもしれませんね。あの馬は警戒心が非常に強いでしょうから」
ファルスはそう言った後、いくらか時間を使って考えた。
「後ろになんとかして回りこんで、静かに、なるべく馬の近くになるように、その水晶球を転がしてみましょう。」
ファルスの案に、一同はうなずいた。
「うまいことやらないといけないな」
ジンも、興奮と緊張が入り混じった表情をしていた。
一行の緊張をよそに、純白の駿馬はゆったりと池の周りの柔らかい草を食べている。一行の内、ファルスとザバの二人は、その馬の様子を見ながら、慎重に後ろに回り込もうとしていた。
普段、人が入らない森だけあり、人が動く気配を消しながら動くには、なかなか骨が折れる。駿馬だけでなく、周りの小動物、低木との体のこすれ合いにも注意してゆっくり移動し、なんとか駿馬の後ろに回り込むことができた。
「やれやれ、手間がかかるの」
「はい、ここまではうまくいきましたが……」
二人が回り込んだ位置は、純白の駿馬が草を食んでいる所より、いくらか離れている。ただ、駿馬の前方を確認できる、ハワード、ジョルトン、ジンの三人とは手を振るなど、合図を送れば連絡が取れないこともない。
「ザバさん、水晶球を使えば、ここからでも魔法を駿馬にかけることができますか?」
ファルスが注意深く、純白の駿馬の様子を伺いながら、そう訊いた。
「この距離でも大丈夫じゃ。水晶球に魔力を集中させれば問題無いじゃろう」
ザバがそう答えた後、一瞬間があり、
「で、手はず通りやるのかの?」
と、ザバが問い返した。
「ええ、ゆっくり、もう少し近づいてみます」
そう答えると、ファルスは赤い水晶球を持ち直し、慎重に少しずつ、駿馬に近づいて行った。
大きな木や低木などに隠れながら、静かにゆっくりと駿馬に近づき、距離を縮めた結果、ようやく、赤い水晶球を、駿馬のそばまで静かに転がせそうなところまで、近づくことができた。
(ここまではうまくいったぞ、次は……)
ファルスは水晶球を取り出し、転がそうと構えた。失敗が許されないだけに、非常に慎重に転がすルートを見ている。
ファルスが今いる所からは、駿馬の真後ろに、水晶球を転がすことができる。幸い、転がそうと思っているルートはなだらかで、石などの障害物もなかった。
(よし! いくぞ!)
意を決したファルスは水晶球を静かに狙いをつけて転がした。それは、駿馬から一馬身ちょっと離れた所にちょうどよく止まり、駿馬も気づいていないようだった。
(うまくいった! 後は……)
ファルスは手を上げて、ザバと他の一行に合図を送った。それを見たザバは、魔法を使うため、集中を始めた。他の一行も、それぞれ身構えた。
「かっ!」
ザバが静かな力強い気勢を発し、両手を水晶球の方へかざすと、まばゆく優しい赤い光が赤い水晶球から放射状に広がり、その光の一部は純白の駿馬を覆った。
(……!?)
光に覆われた駿馬は驚き、一瞬その場から逃げようとしたが、ザバの魔法から感じられる心地よい安心感を受けたからか、その場に立ち止まった。顔貌も優しいものに変わっている。
「うまくいったんですかね……」
「魔法は効いたようだな。近づいてみるか」
駿馬の前方に残っていた、ジン、ハワード、ジョルトンの三人は、隠れていた木々の影から馬たちがいる広場へゆっくり出てきた。馬たちが「いる」とは先ほどまでのことで、駿馬以外の馬たちは、魔法に驚いて逃げてしまっていた。
自分の前方に、三人の人間を見とめた純白の駿馬は、魔法が効いているとはいえ警戒していた。じっと、三人の様子を伺っている。
「よしよし、いい子だ。何もひどいことはしない。これをあげよう」
駿馬にさらに近づいて行ったジンは、事前に用意して持ってきた黄金色のリンゴを一つ、優しく話しかけながら、駿馬の口元に差し出した。
(?……)
駿馬は鼻でリンゴの匂いを嗅いでいたが、その後「パクリ」と、黄金色のリンゴを食べた。よく噛み、味わって飲み込んだ後、いくらか時間を置いて、急にジンの顔をペロペロ舐め始めた。
「はははっ! やめろって!」
ジンは純白の駿馬に懐かれながら、嬉しそうにそう言った。黄金色のリンゴには、馬の成長を早めるだけでなく、気性を落ち着け、人に懐かせる効能もある。
「うまくいきました」
「ええ、かわいいやつですな」
ジョルトンとハワードはその様子を、安堵の微笑みで見ていた。
森に差す陽の光も傾いていたが、それも優しい暖かさで、ジンと駿馬を照らしている。