第十七話 野生馬の群生地
夕食の支度が済み、思い思いのことをしていたファルスとジンはダイニングテーブルの席に着いた。ファルスにとっては久しぶりの実家での夕食になる。
「ジン君、遠慮せずどんどん食べてくれ。じゃあ頂きます」
ジョルトンも席に着き、料理に手をつけ始めた。ファルスとジンもそれを見て食べ始めた。
テーブルに並んだ料理は、獲物の雉を捌き香草と香辛料で焼いたものや、雉のガラを煮込んだスープ、人参や蕪、ジャガイモなど野菜がふんだんに盛られたポトフなど、なかなか豪華なもので、量もかなりあった。数年ぶりに帰ってきたファルスのために、ティアナが腕をふるったのだろう。
「いやー、どれもおいしいです」
ジンは正直にそう思い、言葉にも出して食べていた。
「よかった。作った甲斐があったわ」
給仕をしているティアナも嬉しそうだ。
そういった、様子を食事を取りつつ、穏やかな表情で見ていたジョルトンはファルスに、
「ところでファルス、今回帰ったのは、何か馬についての用事があるかららしいな」
と、帰ってきた目的をさらりと訊いてきた。
「そうなんだ。僕はよく東の森に、野生馬を見に行っていたよね」
ファルスが話始めたのに、ジョルトンはうなずき、
「そうだったな。懐かしいな」
と、息子の目を見て返した。
「その野生馬の中に、純白の駿馬がまれにいたということも何回か話したことがあったよね。それを捕まえて飼い慣らそうと思って帰って来たんだ」
そこまで聞いてジョルトンはやや驚いた。
「なんでまた、純白の駿馬を捕まえようと思ったんだ?」
驚きと共に、興味も持ったジョルトンは、続けてファルスに訊いた。
「それはね、ちょっと信じてくれないかも知れないけど……。父さんは僕が小さい頃にペガサスの話をしてくれたことがあるよね?」
「ああ、たまに話したな。お前はよく喜んで聴いていたよ」
「そのペガサスの末裔が、あの純白の馬だと言ったら信じてくれる?」
ファルスがそう言った後、ダイニングに居る四人に、少し沈黙の間が訪れた。
「そうだな、何か根拠があるなら信じれるな」
沈黙を止めたのは、穏やかなジョルトンの声だった。
「僕の雇い主のハワードさんは、その根拠を持っているんだ」
そう言った後、ファルスはペガサスのことについて書かれた書物の話をジョルトンに語り始めた。
食事を取りながらの会話は、あらかた平らげた後もしばらく続いた。
翌日の早朝。
ファルスとジン、それにジョルトンの三人は家を出発し、パラレイク村の広場に向かった。宿屋に泊まっているハワードとザバに、そこで合流する打ち合わせをしていたからだ。
広場にある小さな池の周りで、ハトが歩いているのを見ながらファルス達が待っていると、程なくハワード達が現れた。
「おはよう。少し待たせたかな」
挨拶をしながら近づいてきたハワードはジョルトンの姿に気づいた。
「あなたはもしかするとファルス君の父親の……」
ハワードが訊こうとして言いかけた時に、ジョルトンが、
「はい、私はファルスの父、ジョルトンと言います。あなたがハワードさんですか、息子が大変お世話になっています。数年に渡って面倒を見て頂きありがとうございます」
と、自己紹介と丁寧な礼を言った。
「そうでしたか、あなたが……。いや、ファルス君に来てもらって、うちは助かっています。それに、あなたにはぜひ会いたいと思っていました」
ハワードも丁寧に返礼した。
「恐縮です、私もあなたには、会って礼を言わないといけないと、息子の便りが来るたびに思っていました」
ジョルトンがそう言った後、二人は握手を交わした。
「ところで、私がここに来ているわけですが、息子と一緒に東の森へ案内しようと思い、やってきました」
「おお、それは心強い」
ハワードは感嘆の声を思わずあげた。
「息子から聞くところによると、あなた方も東の森には、何度か訪れたことがあるそうですが、細かい案内が出来る地元の者も必要でしょう。同行させて下さい」
「願ってもないことです。ぜひ、お願いします」
ハワードが喜んでジョルトンの同行を了承した後、一行は馬で東の森に向かった。
パラレイクには狩場はいくつかあるが、東の森で村人が狩りをすることはほとんどない。したがって、村人がそこに入ることもあまりない。
野生馬の群生地として知られているので、森を荒らさないようにするというのが、村人達の暗黙の了解になっている。ハワード達が昔、野生馬を捕まえに来た時は、パラレイク村民の了解を取っており、今回もそうしている。
東の森に馬の歩を近づけるにつれ、寒さも一段と増してくる。一行は一様に外套の襟を締め、寒さに備えながら進んでいた。
「もうすぐで着きますよ」
ファルスがそう言った時、すでに周りの木々の濃さは深まっており、森に程なく着くことを、予期させた。
「ふむ、久しぶりに来たので忘れていたが、ここだな」
ハワードの眼前には、なかなかの広さがある針葉樹が中心となって生えている、森が広がっていた。木々の密度はそこまででもなく、木と木の間を三、四人が並んで歩けるほどである。
「僕も久しぶりですね、ここに来るのは」
ファルスはそう言いながら、馬を降りた。他の皆も、それに習った。
「ここからは、私が先頭に立って案内しましょう。まず、馬を繋いでおきましょう」
ジョルトンの指示通り、一行は手頃な木に、それぞれ馬を繋いだ。
森の中に入ると、道らしい道は見つけにくく、あっても獣道になっている。そのことも、人があまり入らない場所であることを物語っていた。
「この森には、危険な動物はいないはずですが、足元には気をつけて、転ばないように進んで下さい」
案内をしているジョルトンが、一行の先頭に立ち、獣道を進んでいる。他の皆は、その後に続いていた。
「久しぶりに来たが……こんなにきつい道だったかな……」
年を重ねているハワードには、この道は体に堪えるようで、既に肩で息をしながら歩いている。一行の中には、ハワードより年配のザバもいるが、宮廷魔術師として、昔、国軍に所属していただけあって、この道を進んでいても、さして疲れた様子も見せていない。
「野生馬がいると思われる場所は、この森に何ヶ所かありますが、一番いる確率が高い所に、今、向かっています。もう少し歩かないといけませんが、辛抱して下さい」
ジョルトンはハワードを気遣って言った。疲労しているハワードは、声に出して返事はせず、ジョルトンに「コクリ」と、頷いて、了解を知らせた。
一行がもうしばらく森を進んだ後、木々の密度が今までよりも薄くなり、やや前が開けてきた。
「野生馬の群生地に近づいて来ました。私と息子で、様子を伺って来ます」
ジョルトンはそう言うと、息子のファルスを手招きで呼び寄せ、少し先の開けた場所へ、様子を見に行った。
二人が様子を見に行った先には、かなり開けていて、馬の餌となる、良質な草も生えていた。すぐそばに池もあり、野生馬に限らず、様々な動植物が生きるのに、かなり適した環境である。
「……よし! いるな」
「いるね、父さん」
ジョルトン達、二人は、身を隠しながら、その場所を手早く見た。二人の目の先では、野生馬の群れが、草を食んでくつろいでいた。
二人は一旦、他の皆がいる所に戻り、野生馬がいることを伝え、今度は全員で、その様子を伺った。
「確かに馬はいるが……」
「純白のやつがおらんの」
ハワードとザバは様子を見ながら、それぞれ、そう言った。確かに、今いる場所では、純白の馬を見とめることはできなかった。
「あっ! あっちを見て下さい!」
違う方向を見ていたジンが、皆の注意を促した。ジンが指した先には、池の端の方で草を食む、純白の馬がいた。
「ファルス」
純白の馬を見とめることができたハワードは、ファルスを呼んだ。
「はい」
「あの馬なんだな」
「ええ、間違いありません」
ファルスも確認のため、純白の馬を見ながら返事をした。その顔は、やや紅潮し、興奮を隠せないでいる。
「うまい具合に出会えたのはいいんですが、もっと近づかないと、どうにもなりません。隠れながら、できるだけ近づいてみましょう」
ジョルトンがそう言うと、一行は木々に身を隠しながら、回りこむように慎重に、純白の馬の方へ近づいて行った。