第十六話 帰郷
「成り行き上だが、お前も、やっと里帰りできるな」
「まだまだ帰らないつもりだったんですけどね」
ジンとファルスはそんなことを話しながら、今、馬上にいた。
馬を歩かせている道はファルスの故郷、パラレイクに続いている。ハワードとザバも馬を使って同行している。
パラレイクへの道は穏やかではあるが、メイランド内でもかなり北に位置しており、寒冷な地方に向かうことになる。季節は秋だが、パラレイクに近づくにつれ、ファルス達は周りの秋の景色が深まっていくのを感じていた。
「良い所なんだが、ここはこのくらいの季節に来ると、やはり寒いな」
「そうじゃのう。厚めに羽織って正解じゃったわい」
歳を重ねているハワードとザバには特に寒さが感じられるらしく、それぞれの口から、そう漏らしていた。
「でも、もうすぐですよ皆さん」
ファルスは行きがかり上とはいえ、里帰りできることに、抑えきれない嬉しさを感じており、それが表情にも動作にも現れていた。それに皆気づいていたが、そのことには誰も触れず、なんとない満足感を持って、そういうファルスの様子を見ていた。
ファルスが「もうすぐ」と言ったあと、道沿いに民家がまばらに見えて来て、その後、それがやや密集した村の中心部辺りに着いた。
「あそこが僕の実家です」
ファルスはそう言って、ある方向を指さした。その先には、石材と木材を複合して作られた、二階建ての趣きがある家があった。大きさはそうないが、いくらか歴史がありそうなしっかりした作りをしている。
「ほう、いい家だな」
ハワードは感心していた。少しの間、ファルスの実家の造りを見ていたが、
「よし、まずお前の親御さんに挨拶しておくか」
と、ファルスの方を向いて言った。
「はい、恐らく母はいると思います」
ファルスは馬から降り、自分の実家の戸まで弾んだ脚で走って行った。
「母さん、帰ったよ」
ファルスが家の戸の前で、大きな声でそう言うと、戸が内側から開き、身なりは簡素だが品の良い女性が出てきた。
「まあ! ファルスじゃないか! やっと帰って来たんだね……」
数年、息子に会っていなかった母親は、まずファルスを抱きしめた。一応、ファルスは両親に断ってハワードの所へ来たのだが、まだ若い息子を送り出したことが、ずっと気がかりだったのだろう。ファルスを見た感慨もひとしおなようだった。
「もうこっちに戻って来るのかい?」
ファルスの母親は息子の目を見てそう訊いた。「そうだよ」とファルスが言うのを期待しているようだった。
「いや、そうじゃないんだ。こっちには用事があって戻って来たんだよ」
母親の気持ちを察したファルスは、やや申し訳なさそうにそう答えた。
「そうかい……。まあいいさ、とにかく家に上がりなさい」
母親は一瞬沈んだ顔をしたが、気を取り直してファルスを実家に上げようとした。
「ちょっと待って。僕の雇い主のハワードさん達も来ているんだ。呼んでくるよ」
そう言うとファルスは、ハワード達がいる所まで戻って行き、少しして、皆を連れて家に戻って来た。
「初めまして、ハワードです」
ハワードはファルスの母親の前まで行き、まず、そうとだけ挨拶をした。
「あなたがハワードさんですか……。私はティアナと申します。息子が大変お世話になっています」
ティアナは深々と頭を下げた。
「ファルス君はよくやってくれていますよ。うちもかなり助かっています。彼の親御さんにいつか挨拶したいと思っていたんですが、こうして会えてよかった」
「そんなに気をかけて頂いて……。ありがとう御座います」
ティアナはすっかり恐縮してしまった。
「とにかく皆さん、あばら家ですがお上がり下さい。お茶を用意しますので」
ハワード達は言葉に甘え、ファルスの実家で、少し休息を取ることにした。
ファルスの実家で休息を取り、色々な話をティアナに残した一行は、宿を取るために二手に別れることにした。ファルスの家では全員が泊まることは無理だからだ。
ジンはファルスの家に泊まることになったが、ハワードとザバの二人は他で宿を探しに出て行った。
「今日はもう、それぞれでゆっくり休もう。明日になったら村の広場で落ち合うことにしよう。」
ハワードは出て行く際に、そう二人に言い残した。既に日も傾いており、確かにこれ以上の行動はやめておいた方が良さそうである。
そういうわけでファルスとジンは、ファルスの自室でくつろいでいた。ファルスにとっても、久しぶりの自分の部屋だ。
「うーん。よし! もう一回だ!」
「はははっ、いいですよ。何回でも相手しましょう」
二人は部屋にあった、チェスで楽しんでいた。王族が持つような立派なチェスのセットではなく、手製の簡素なものを使っている。だが、それは使い込まれていて、なかなか趣きがあった。
三回、二人は勝負をしたが、すべてファルスが勝っている。ジンがあまり強くないのもあるが、ファルスのチェスの腕前はなかなかのものだった。
「チェックメイト!」
四回目の勝負もつき、ジンが「まいった」という顔をして盤を見ていると、下から物音と話し声がしてきた。
「もしかして父さんかな?」
ファルスはそう言うと、腰掛けていたベッドから立ち、一階に降りていった。ジンもそれに続いた。
降りてみると、しまった体つきをした、中年の男がティアナと話をしていた。顔もなかなか精悍である。話をしているダイニングのテーブルの上には、男が装備していたであろう、短弓と矢筒、それに獲物の雉が一羽載っている。
「ただいま、父さん」
ファルスは精悍な男にそう言った。ファルスの父親だ。
「お帰り、よく帰って来た」
男はそう言うと、ファルスの頭を太い腕で撫でた。その目は優しかった。
「こんばんは、お邪魔しています。ジンと言います」
ジンがそう挨拶すると、男は、
「ああ、あなたがハワード牧場で色々息子の面倒を見てくれているジンさんか。いつも息子が世話になっています。よく来てくれた」
と、頭を下げて言った。
ファルスの父親がジンのことを知っているのは、ファルスが実家に帰らない代わりに、よく手紙を書いていたからだ。ジンのことに関しても、手紙によく書いていたのだろう。
「私はジョルトンと言います。ファルスの父です」
ジョルトンがそう名乗ると、ジンはややたじろいだ。ファルスの父親が、こんなに精悍な男だとは思わなかったのだろう。
「よし! 母さん! せっかく息子も帰ったことだし、大切な客人も来ている。この雉を捌いてご馳走にしてくれ」
ジョルトンはティアナにそう言うと、「また後で」と二人に言い残し、自室に入っていった。
「あれがお前の父さんか……。色々しっかりした人だな……」
ジンはややポカンとして言った。その様子を見て、
「はははっ、多分ジンさんに会わせたら、そんな風に言うかなと思ってました」
と、面白そうに笑いながら答えた。