第十五話 お伽話の馬
ハワードから自身の夢を打ち明けられた翌日、ファルスはハワードから言付けられて、メイランド郊外のザバの家に向かっていた。
(ザバさんの力を借りることになるとは思わなかったな……)
道中、ファルスはそんなことを考えていた。
秋の涼やかな空気と、郊外の紅葉間近な山の景色を楽しみながら歩いていると、程なくザバの陰宅に着いた。
庭の畑には、ナスなどの野菜が実りを蓄えている。手入れの行き届いた畑の美しさも、ファルスの目を楽しませた。
「庭にはザバさんは、いらっしゃらないようだな」
ひと通り庭を探したが、ザバの姿を認めることが出来なかったので、ファルスは家の前の戸に立ち、
「こんにちは、お久しぶりです。ファルスです」
と、いくらか通る声を出して、中にいるであろう、ザバを呼んだ。
程なく戸が開いた。
「やあ、君か。しばらくじゃったな。まあ上がりなさい」
家の中からザバが飄々と出てきて、家に上がるように促した。ザバは丘の大熊の一件以来、ファルスが気にいったようで、自分の家に再び訪れて来たことを嬉しく思い、それが表情にも出ていた。
家に入り、ダイニングに座らせて貰ったファルスの前に、ザバはお茶と菓子を運んで来た。菓子はハーブクッキーで、鼻腔に良い香りが漂う。
「まあ、つまみなさい」
そうとだけ言って、ザバもダイニングテーブルに着き、お茶を飲み始めた。ファルスもそれに習った。
「それにしても、いつぞやは世話になったな。あれ以来、婆さんの所にも行きやすくなったよ」
大熊の一件を会話に持ち出し、ザバの方からまず話しかけてきた。
「いや、僕は何もしていませんよ。ザバさんの指示通りにあそこにいただけです」
「いやいや、君がいてくれて随分助かった」
ザバはそう言いながらニコリと笑った。その笑顔を見て、気持ちがほぐれたファルスは用件を切り出すことにした。
「ザバさん、話が変わるんですが、今日は頼みたいことがあってここに来ました」
お茶を飲んでいたザバの手が止まった。
「ザバさんはペガサスという翼を持った馬のことを知っていますか?」
「知っとるよ。お伽話ではな」
お茶を置いたザバは、身を入れて話を聞き始めた。
「そのお伽話の馬を、うちの牧場で作ろうとしていると言ったらどう思われます?」
ファルスの目は真剣だった。その目を見て、ザバは一つ間を置いて答えた。
「非常に面白い話だとおもうが、どうやって作るのかとも思うな」
ファルスはうなずいた。
「作れるかもしれない方法があるんです。そのためにザバさんの、あの魔法の力をお借りしたいと思ってここに来ました」
テーブルのお茶が冷めてきている。
「わしの魔法がの?」
「はい。あの、動物を大人しくさせ、なつかせる魔法です」
外の木々にとまっている小鳥が、一声美しい声で鳴いた。
「故郷のパラレイクで、僕はよく、ある森に行き野生馬の様子を見るのが好きだったんですが、その中に一頭だけ純白の非常に速い駿馬がいました」
ザバはファルスが語るのを、うなずきながら聞いている。
「その純白の馬は、まるで空に浮いているかのように走っていました」
一旦、そこでファルスは言葉を切り、ザバの返事を待った。
「ふむ、その駿馬を捕らえるために、わしの魔法を借りたいというんじゃな? じゃが……」
ザバは冷めたお茶を飲み、
「その純白の駿馬が、どうペガサスと繋がってくるんじゃ?」
と、非常に興味を持った目でファルスを見た。
「うちの牧場主のハワードさんは、ある、古びた書物を持っているんですが、その書物にはペガサスを作る配合のヒントが書かれていました」
「ほう」
ザバはますます興味を持って聞き始めた。
「その書物には、今から千五百年前の古代には、実際にペガサスがいたと書かれています」
全く初めて聞く話で、飄々としたザバも、目を丸くして驚いていた。
「そりゃ本当かい?」
「本当かどうかは分かりませんが、その書物には、ハッキリと書かれていました」
「うーむ……」
ザバは思わず唸ってしまった。
「そのペガサスの血脈は徐々に薄れていき、年代を追うごとに、その数は少なくなっていったそうです」
ファルスが身振り手振りを交えて語っているのを、ザバは薄く目をつむって聞いている。
「とすると、あんたが昔見た純白の駿馬というやつが……」
「はい、翼は生えていませんが、ペガサスの末裔ではないかと考えています」
そこまでファルスが語ったあと、二人の間にしばらく沈黙があった。ファルスがザバの隠宅に来てから、既にかなり時間が経っており、外は夕方近くになっていた。西向きの窓からは、秋特有のほの温かい日が差し込んできている。
「ふーむ……。あんたはそう思っているんじゃな」
口を開いたのはザバだった。
「はい、ペガサスの血脈は丁度、メイランド地方に濃く残り、血が薄くなってきた後でも、ここではペガサスの姿をしばらく確認できたようです。書物にも書かれています」
ファルスは自分の考えの根拠をまず語って、
「だから、僕が見た純白の駿馬はその末裔になるのではないかと……」
と、もう一度、考えた結論を言った。
「あんたの話を聞く限り、そうである可能性は十分ありそうにわしも思えてきたよ。非常に面白い話じゃ。」
ザバはニコリと笑い、
「あんたの話に乗らせてもらうよ。手を貸そう」
と、言った。様々なものを見てきたザバの目には、心地良い興奮が宿っている。
「ありがとうございます!」
涼やかな風が吹き込んでいた。




