第十一話 ザバの頼み事
ザバの家は森近くの郊外にひっそりとあった。他の家は周りにない。しかし、家の造りはなかなかしっかりとしていて、広さも幾らかあるようだった。
ファルスがサザンライナーを引いて、ザバの家の前まで行くと、ザバは庭に出ていて、色々手入れをしているようだった。春ということもあり、庭には色々な色彩の花が咲いており、目を楽しませてくれる。
「おお、来なさったか。御苦労さん」
ファルスが挨拶するより先に、ザバが気付いて声をかけてきた。
「はい。サザンライナーの納馬に参りました」
ザバはうんうんとにこやかにうなずいている。
「あっちに馬小屋が見えるじゃろう?そこにサザンライナーをつないでやってくれんか?つなぎ終わったらわしの家でお茶でも飲んで行きなさい。遠路つかれたろうからの」
ザバがそう言って指した方には確かに馬小屋がある。これも十分な広さがあった。
ファルスはサザンライナーをつなぎ終わるとザバの家に上がらせてもらった。
家の中は簡素だが綺麗にしてあった。部屋が三部屋程あり、ファルスはザバが普段、食事を取っているであろうダイニングに通された。
小さな円卓の席へ座ると、暫くして、ザバが台所からお茶を汲んでやってきた。クッキーなどの菓子も付いている。
「まあ、大したものはないが、ゆっくりしていきなさい」
お茶と菓子を置くとザバも席に座った。その後、ファルスは出してもらったお茶と菓子に手をつけ始めた。
「おいしいです。お茶もクッキーも」
一通り手をつけて、ファルスは上質な茶と菓子の美味さに驚き、そう言った。牧場でも休憩時間に食べたり飲んだりすることはあるが、ザバが出したものは一味違った。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。茶も菓子も作った甲斐がある」
「茶はここで作ったものなんですか?」
「そうじゃよ。ちょっとしたものなら畑で作っておるよ」
そう言いながら、ザバもゆっくりとお茶に手をつけている。
「何でもなさるんですね」
ファルスは感心したようだった。
「なーに、一人で何でもせんといかんようになったんじゃよ。五年前につれが死んでしもうてな。自然とそうなったんじゃ」
ザバは淡々と語っていたが、ファルスは悪いことを訊いたかなと思い、少し悔んだ。
「そうでしたか……。奥さんが」
「長患いをせずに逝けたから、その点は、よかったがの」
その後、少し二人の間に沈黙があった。その間をもたせるように、外から、鳥のさえずりや虫の音が聞こえてくる。沈黙の後、ファルスがザバが見せた不思議な光について訊いてみようかとした時、
「何か訊きたそうじゃな」
と、ザバの方から切り出してきた。
「はい。サザンライナーに施した、不思議な光について訊こうとしていました」
「ああ、そのことじゃったか」
ザバは笑い、そして、
「あれは魔法じゃよ」
と、言った。
「魔法? ザバさんは魔術師なんですか?」
ファルスは薄々そうではないかと思っていたが、はっきりザバがそう言うと、やはり驚きを隠せなかった。
「こう見えてもな、昔は宮廷魔術師だったんじゃ」
「えっ!」
ファルスはますます驚いた。宮廷魔術師と言えば、メイランドではかなり特殊なエリートになるからだ。それには、相当、魔法に精通していないとなれない。
「二十年くらい前だったかの。ここに隠居してきたのは。あることがきっかけで王家に仕えるのが嫌になっての。つれも賛成してくれたから宮廷魔術師を辞めたんじゃ」
ザバはそこまで語って口をつぐんだ。ファルスは、なぜザバが宮廷魔術師を辞めたのか詳しく訊きたかったが、口をつぐんだザバにそれを訊くことができなかった。
また暫く沈黙があった。相変わらず外からの鳥のさえずりが聞こえる。そして、ザバがつぐんだ口を開いた。
「ところでファルス君じゃったな? 悪いんじゃが一つ頼み事を受けてくれんか?」
「何でしょうか? 伺います」
ファルスの返事の後、少し間を置いてザバはゆっくりと頼み事を話し始めた。
ファルスがザバの所へ納馬に行った後日。
その日のファルスはザバから頼まれた用事を済ませるために、ジオルグの屋敷に向かっていた。ハワードには事前に事情を話して、断りを得ている。
「ザバさんがジオルグ様とつながりがあるとは意外だったな……。それにしても変わったことを頼まれちゃったな」
春のうららかな道を歩きながら、ファルスはザバから頼まれたことを思い返していた。
「頼みというのはな、ちょっと、ある所へ取りに行ってもらいたい物があるんじゃ」
「どこの、どういう物でしょうか?」
「わしが宮廷魔術師を辞める時に、よく世話をしてやった若い士官がいたんじゃが、その士官にちょっとした物を形見がわりに渡していての。それを取りに行って欲しいんじゃ」
そこまで話したザバは、少し上の方を向いて、遠い目をした。昔のことを思い出しているようだ。
「その若い士官はジオルグと言ってな。今では、いい壮年になっておるじゃろうな。剣の筋がよい、勇猛な良い男じゃったよ」
よく知っているジオルグの名前が出てきたのでファルスは驚いた。
「その方ならよく知っています。うちの牧場にもよく来られています」
ザバもそれを聞いて、
「ほう」
と、思わず驚きの声を漏らした。
「そうじゃったか。馬も好きな男じゃったからな。あんたの牧場を訪れていても不思議はなかったな。それならそれで話は早い」
ザバは一息つき、間を置いて話を続けた。
「そのジオルグに渡した形見がわりの物というのが、赤い水晶球なんじゃが、それがちょっと必要になったんじゃ。わしが行ってもいいんじゃが、王家の勤めから離れた身でもあるしの、ちょっと行きにくいんじゃ。代わりに返してもらいに行ってくれんかの?」
頼まれごとを思い返しながら歩いているうちに、メイランド城近くのジオルグの屋敷に着いた。立派な門構えで、造りも石造りのしっかりしたもので庭も屋敷も広い。
ファルスが庭へ入ろうとすると、庭の手入れをしていた庭番が気付き近づいてきた。
「ここはジオルグの屋敷ですが、どういった御用向きでしょう?」
「僕はハワード調教牧場のファルスと申します。ザバという王室で宮廷魔術師をしておられた方から、頼まれごとを言付かってここに来ました。屋敷の主のジオルグ様と面会したいのですが……」
ファルスは丁寧に用向きを庭番に伝えた。ファルスの若いのに丁寧な言葉遣いに、庭番は感心したようだった。
「そうでしたか。旦那様は丁度屋敷におります。ご案内しましょう」
庭番は屋敷にファルスを案内した。
案内された屋敷内は、そこはかとなく気品があった。様々な調度品もどことなく格式がある。
(やはり、ジオルグ様の屋敷だな……立派だ)
初めて入ったジオルグの屋敷内を見て、ファルスは感嘆の声を漏らしそうだった。
「旦那様、お客様をお連れしました」
庭番はジオルグの自室のドアをノックした。少し間を置いて、ドアが開いた。
「おっ、これは珍しい客だな。ハワードの所のファルス君だったな。まあ入りなさい」
ジオルグはファルスの姿を目に認めて、少し驚いたが、気さくな態度で自室に通した。
「茶と菓子を持ってくるように、使用人に伝えてくれ」
「かしこまりました」
庭番はそう言うと、調理場へ向かって行った。




