面倒臭がり屋の彼と機械みたいな彼女
彼は面倒臭がり屋である。
頼み事をすれば開口一番面倒臭ぇというのが彼の口癖だ。猫背もひどいし、髪だっていつも寝癖だらけで、シャツはヨレヨレだ。顔立ちはいつも眠そうな目をしているけれど整っていて、もう少し身なりをしっかりすればモテるだろう人だ。
そんな彼だけど頼まれた仕事はすぐに片付けるし、完成度だって高い。
面倒臭いといいながらも班長をやっている彼は仕事の采配も上手くて、適材適所に人材を置くのがうまい。
本当に面倒臭がり屋なのだろうかと訝しみそう疑問を投げつけた私に、彼は非常に面倒臭そうな顔をして「あ?んなの面倒臭いからこそさっさとやっちまうし、二度手間なんて面倒臭い事しなくて済む様に手配するんだよ、だって面倒臭ぇだろ?また仕事が降りかかって来るの」と頭をボリボリ掻いて答えてくれた。
私はなるほど、と思った。
面倒臭がり屋の彼を観察していてやっと合点がいったのだ。
面倒臭い面倒臭いと鳴き声みたいにいう彼が夜遅くまで仕事効率化の勉強をして、仲間の仕事が捗る様に色々な策を考えて頭を捻るのは面倒くさい事が必要最小限になるようにしていたからなのだと。
そのための努力は決して惜しまない人なんだというのが分かってしまってから、私の胸はドキドキと高鳴った。
「あぁ〜面倒臭ぇ………んとに、何でこのマクロ走んねぇんだよ……」
ボリボリと頭を掻いてイライラする彼は今日も面倒臭い事の解消をする為に努力している。
そんな彼のデスクに毎朝私は応援と日頃からの感謝の意味を込めて今日もそっと珈琲とお菓子を置く様になった。
「お、これ好きな味だわ……」
ぽつりと呟いて小さく微笑む実は甘党な彼に、彼の隣で仕事を捌いていく私は、明日は何を買ってこようかなぁと考えるのが日課になっていた。
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俺の隣には機械みたいな女がいる。
ぴっしりと引っ詰めた黒髪、毎日アイロンを掛けているであろう襟のたったシャツ、背中に定規でも入っているのかと言わんばかりにピシリとした背筋、無表情で何を考えているのかさっぱり分からない顔は人形みたいに整っていた。
彼女は3歳年下の後輩で俺の班員でもある。
任せた仕事は全てテキパキと捌き、正確に熟してくれる本当にいい部下だ。
ある日上司からの無茶な仕事の依頼にいつもみたいに面倒臭ぇと思いながら取り掛かっていると、珍しく彼女から「ちょっといいですか?」と声をかけられた。
世間話もほとんどした事がない彼女から話しかけられて驚いたが、とりあえず頭の休憩という意味も込めて「なに?」と彼女に聞き返した。
「先輩は面倒臭いって言いながらも決して手を抜いたりしないですよね、何故ですか?」
「あ?んなの面倒臭いからこそさっさとやっちまうし、二度手間なんて面倒臭い事しなくて済む様に手配するんだよ、だって面倒臭ぇだろ?また仕事が降りかかって来るの」
俺の答えに彼女はほんの少しその表情を柔らかくして「そうですか、ありがとうございます」と俺に礼を言って再び仕事に取り掛かった。
いったい何なんだ?とは思ったが時間も時間なのでそれ以上彼女と会話はせず、上司からの面倒臭い仕事を片付けていった。
そして、その翌日。
朝一番早くに出社したつもりだったのだが先客が居た。
隣の席の彼女であった。
1人ぽつんと広いオフィスで昨日片せなかった仕事をやっていた。
「おはよう………ん?」
俺のデスクに何故か淹れたての珈琲と片手でも食べられるお菓子が置かれていた。
彼女が気を遣ってくれたのだろうと「珈琲ありがとな、あとお菓子も」と礼を言ったのだが「え?私ではありませんよ」と事も無げに言われたので俺は少しだけきょとんとしたが、そのあとクスクスと笑ったのだった。
「耳、真っ赤」
「う、うるさいですよ、でも、お菓子も珈琲も私ではないですからね!」
「あぁーはいはい」
そう真っ赤な顔をして慌てる彼女が可愛らしくて可愛いらしくて、実は少し抜けてるんだなと思うと胸が高鳴った。
そして、その日以降から俺のデスクに彼女から珈琲と日替わりでお菓子を置かれる様になり俺は「お、これ好きな味だわ………」とお菓子の味の感想を呟く様になった。
そして、隣の彼女の顔に赤みがさすのを見て癒されるのが俺の日課になったのである。