Lv1『スライムおじさん』
勇者パーティーを言われたら、思い浮かべるメンバーといえばどういったのだろうか。
強大な力を持った『戦士』
敵を騙し、時には味方をも騙す『盗賊』
聖なる癒しの力を持ち、仲間を守る『回復師』
困難な旅路で勇者たちの助けとなる『モンスター』
そして、壮大な力と限りない勇気をもった選ばれし『勇者』
勿論、その勇者の隣には、あらゆる魔法を自在に使える『魔術師』がいるもの――――
そう、私はその勇者パーティーの魔術師だった。
私は、旅半ば、私は魔物に能力を奪われ、力を無くしてしまった。
力を無くしても、私は勇者についていった。わがままでも、ついていきたかったのだ。
進めば進むほどに強くなっていく敵に、私は仲間達に守られながら、進んでいった。
ある朝目を覚ますと、机の上にあったのは金貨の入った袋と、一言添えられた手紙。
ある日、無能になった私<アルネ・プロミティス>は、
勇者パーティーから追放されてしまった。
――――――――――――――――――
Lv1『スライムおじさん』
この世界には『経験値』という概念がある。
自らが体験する出来事全てに経験値が割り当てられており、
戦闘は力、勉学は知識、食事は体力、など体験は様々な能力を育て人の身体は作られていく。
ただし特殊な能力に関しては、それなりに特殊な体験が必要になる。
特に、魔力は持てる力に制限がある。大体の数値は生まれや家柄に依存するが、モンスターを倒すことで、モンスターが持っている魔力の一部を経験値として受け取ることができる。
その魔力を稼ぐ序盤の効率の良い方法は、『スライム退治』である。
□スライムとは
道端を歩けばすぐに出会える最下級モンスター。弱点は炎。
ゲル状の姿をしており、あらゆるものを取り込む性質を持つ。
手に入れられる経験値は微量ではあるが、ひのきのぼうでも簡単に倒せるので、冒険者からは重宝されている。
彼女もまた、スライム退治に訪れていた。勇者から与えられた所持金で元々いた王都には帰られる分はあるのだが、ここで「はいそうですか」と引き返すほどの女性ではなかった。歴代王家に使えた優秀な魔術師を生み出している由緒正しき家系に生まれたアルネに敗北という文字はない。
はずだった。
「~~~ど、どうして…私の攻撃がきかないのよ~!」
「ぷにゃ、にゃ、にゃ…」
アルネがそこらで拾った木の枝でスライムを叩いても、スライムの身体をぽよんとはじくだけだった。それはずっと魔法でなんとかして生きてきた彼女には純粋な力の能力が限りなく0だったのと、鍛冶屋で売られているひのきのぼうと、そこらの落ちていた枝とでは攻撃力は違うのだ。
「魔力もこの程度じゃ、私の得意な炎魔法も使えないし…えいっ」
指を振りかざすと、アルネが身に着けている金のブレスレットが揺れ、小さな火を起こす。が、火はすぐに消えてしまった。
もう彼女には、ただひたすらぽよんぽよんと、スライムをつつく事しかできないのだ。
「ぷ、ぷ、ぷ…ぷにぃ~…!」
「あっ、怒った」
執拗なつつきにとうとうスライムが怒りだし、木の枝を身体に取り込む。ものを取り込んだスライムは一回り大きくなり、パワーも増す。じりじりとアルネに近づき、アルネは身の危険を感じ、一歩一歩後ずさる。
「えっ…、やだやだ!来ないで…!」
「ぷにゃーーーにゃーーーー!!」
「きゃー!!!ふ、服が~!もーやだぁーーーー!」
スライムは彼女に食いつき、その箇所から服が溶け落ち、白い肌が覗く。人より豊満な胸を隠し、大声を上げ泣き叫ぶ無残な姿に満足したのか、スライムはそそくさと去っていった。
「もーこの服お気に入りだったのにー。はぁ…宿に帰ろ…」
みすぼらしい姿になった彼女はすっかり意気消沈し、宿に足を運んだ。
そんな彼女を遠くの木の後ろから覗く男がいた。
「ふふふ、あの女…上玉だぜ。よし、次のターゲットは…アイツだ」
木漏れ日にナイフをチラつかせ、男はアルネを追う。
~~
夕暮れ、宿屋に備え付けられた酒場にとある紳士が訪れた。
紳士の姿は大柄でゆうに2mは超えているであろう、その体躯をまるでカーテンのようなロープで隠している。紳士はバーカウンターに座り、酒場の主人に注文をかける。
「レッドビア一つ」
「あいよ、レッドビアね。」
酒場の主人は慣れた手つきで酒を用意する。レットビアは赤麦を原料とし、紅玉柘榴の果汁と合わせ発酵した発泡酒でこの地方では定番のお酒である。
出された酒を傾け、紳士は主人に問いかけた。
「ご主人、最近ここで若い冒険者がいなくなっているという話を聞いたのだが…」
「あぁ、そうだねー。最近は王から任命された勇者の活躍を聞いて、冒険者たちが増えているから安全に経験値を貯められるスライム狩りの流行りに乗っかって、狙う輩がいるってもんだ。それに特に最近は、強いモンスターがうようよ出てきてるしな。」
「そうか…どうりで…。ご主人、追加注文もいいか」
紳士は、手元から銀貨を数枚取り出す。
「あの男を追うといい、案内してくれるだろうさ」
酒場の主人は視線を追いかけると、遠くのテーブルに座る赤い髪の少女を囲む青年が目に入った。
「やぁ、君、冒険者かい?スライム退治してるの見かけてさ~どう、順調?」
「むぐむぐ…冒険者ではないですが…。順調…とは、言えないです」
「そーか、そーか!そんなお嬢さんに朗報。俺、スライム牧場てのやってんだ。無限にスライム倒し放題!もちろん初心者にはレンタル装備とポーションの配布もあるよ!そして疲れたら回復できる宿つきだけど、どうー?」
「なんと、そんな美味しい話があるのですか…!」
「えぇ、お嬢さんに素敵な経験をプレゼントー!」
明らかに胡散臭い勧誘に引っ掛かりそうな女性を見て、紳士はため息を付いた。どうしてこうも単純な奴ばかりなんだろうかと、頭を痛めた。
「おっと、ここで暴れるのはよしてくれよな。」
「分かってるさ、お前を怒らせるほうがもっと怖い」
苛立ちを抑えるようにレッドビアを煽るように飲み干し、男に連れられる女性の後を追った。
~~~~
宿から少し離れた山の中、少し開けた広場と建物が2件あった。一軒は宿と、もう一つはレンガで出来たスライムの養殖場といったところだ。男は養殖所の扉を開け、スライムを開放する。大量のスライムが広場に顔を出す。野生でも一気にこれほどのスライムを見れるのは珍しい事だった。
「スライムの倒し方は、身体の中心部分にコアがある。コイツを狙って…こう!ほら、簡単だろ?」
男は慣れた手つきでナイフを片手にスライムを切り裂き、中のコアを壊した。するとスライムは瞬く間に地面へと溶けて消えた。
「わ~すごい!私の時は、あんなに倒せなかったのに…」
「ま、一回やってみな。」
アルネは男からナイフを受け取り、もう一体のスライムに投げつける。ナイフはスライムを突き抜け、コアへと突き刺さるとまた地面へと消えた。
スライムを倒した▼ Exp+5
「わ~私、初めて魔法以外でモンスターを倒した!!!」
「やるねぇ!お嬢ちゃん!もっと、ガンガンやってこーか!」
「うん!…でもスライムって、こんなのだっけ…。あの時のスライムには…何も効かなかったのに…」
疑問に持ちながらも、アルネはどんどんスライムを倒していく。10体倒したころには、元々体力もなかったアルネはバテてしまった。
「ふ、ふぅ…今日はもう、この辺で…」
「よく頑張ったじゃん!さ、向こうに宿があるから…ゆっくり、休もうか」
男に担がれアルネは宿の中へと迎えられる。中には小さいテーブルとベッドが一つ。
「宿というには、随分と物が少ないのね…」
「当たり前だろ、することなんて、一つだろ…?お嬢さん」
嫌な気配を感じたアルネは後ろを振り向く、するといつの間にいたのがまた別の男に腕を強い力で押さえつけられ、アルネはベッドの上へと縫い付けられた。
「甘い言葉につられてホイホイくるなんて冒険者ってのはちょろいもんだぜ。まぁ、これも広告塔の勇者サマのおかげってやつかい。はぁ…はぁ…、汗に濡れた若い女の身体ってのは、いいもんだ…。」
「やだ…、誰か…助けて…、勇者…ッ」
数人の男に囲まれ、疲れた身体ではろくに抵抗もできず、アルネは現実から逃れるように目を瞑ることしか出来なかった。
すると、大きな騒音と共に、暗い部屋の中に月明りが差し込む。
「お前が冒険者達をいじめている奴らか。」
現れたのはロープに隠れて顔は見れないな、この場にいる誰よりも大きな体躯をもった身なりの良い紳士だった。
「なんだぁテメェ、イイ所で邪魔すんじゃねーぞ!!!」
男は手持ちのナイフを紳士に振り下ろす。
ナイフは紳士の男に突き刺さる――――かと思われたが、
「なっ、か、刺した感覚がねぇ!ヒィ…、引き込まれ…っ」
「俺に物理攻撃は、効かないぞ!」
ナイフは紳士の身体をすり抜け、勢いに乗った男の身体が紳士に体に取り込まれた。その際紳士を隠していたロープが脱げる。
紳士の身体は、翡翠のように光沢を持ち、粘液が辺りに散らばる。人型といえどその歪な姿はまさに――
「え―――っ!ス、スライム?!」
液体のようにすり抜けたかと思ったが、今度はホールドされ、いくら男がもがこうが動けなくなっていた。
「なんだよ、気持ちわりぃ…、離せ!!このモンスター風情が!」
「あぁ―――離してやろう、その肉体と魂、
溶・解!」
炎が焼けつくような音と共に、紳士の身体から煙が立つ。スライムの体内にいた男がみるみるうちに溶けて蒸発していた。男の断末魔は、瞬く間に肉体と共に空気に溶け消えた。その光景を目の当たりにした他の男たちは命惜しさに宿から逃げようとする。
「望み通り、この俺が、お前たちを狩ってやる」
手にはめていた黒い手袋を脱ぎ捨てる。5本の指先には、どす黒い色を溜め込みまがら膨れ上がっていた。逃げ纏う男たちに向けて腕を振りかざせば、粘液が弾丸にように男たちを貫通した。
「溶・破線!!」
貫通してできた穴は浸食するように大きくなり、男たちの体を跡形もなく溶かしていく。命を刈り取ることになにも厭わない攻撃は、まさに『モンスター』だ。
スライムの紳士は一仕事片付いたかのように、息を吐き乱れた身なりを整える。アルネは彼の元へとおそるおそる近づき、頭を下げた。
「助けていただき、ありがとうございます…。スライムの…」
顔を上げて、紳士の顔を覗くと、スライム特有のつるつるとした肌。ぎょろりとした大きな目は伏し目がちでその隣にはひび割れたような皺があった。佇まいといい、老年のような印象を受ける。スライムに年齢などないが、思わず彼女の口からは「おじさん…?」とこぼれていた。
「お、おじ…。まぁ、いい。怪我はないか。ゴホン、あまり見知らぬ人に肌を見せるのは良くないな。大きいかもしれないがこのロープを使うといい。」
スライムの紳士は自分が身に着けていたロープを拾い、アルネに手渡した。感謝を述べてアルネはそのロープを身に纏う。大きな布から石鹸の柔らかな匂いがした。アルネは危険な事態から脱した安心感からほっと一息をついた。紳士は自分より幾分か小さい彼女の容姿を見て何か気づいたように、彼女の黄金の目を見つめた。
「ん…、その容姿、お前さんは…」
そう、言いかけた瞬間、宿の外から大きな破壊音と共に地響きが渡る。二人は事態にすぐ表の広場に駆け出す。目の前には宿の隣にあった養殖場を、巨大なスライムが覆っていた。硬いレンガの壁をいとも簡単に破壊し、吸収していく。
「周辺にいたスライムが合体してる!」
「っち…、スライムの群生は野生でも禁止だぞ!厄介な事してくれたな…!
梳・破斬ッ!」
紳士は足を変形させ、大きな刃を生成させた。空間を蹴り上げると、粘液が波状になりかまいたちとなって巨大なスライムを切り裂く。いくつものコアが破壊され、スライムは分解されるが、また一つになろうと蠢く。周辺の死骸も何もかもを食い尽くし、大きくしていく。
「くっ、完全に消滅するには…おい!お前さんその眼、その髪!!!名門プロミティス家の者だろ!!こいつは、火に弱い!お得意の炎魔法を出してくれ」
かつて勇者パーティーに所属していた魔術師、<アルネ・プロミティス>は確かに名門出身。その確かな血筋は世界の4大元素・<火><水><地><風>の一つ、<火>を操る事を神から許されていた。魔力だけを持ってして<火>を生み出せるのは、燃えるような赤い髪、そして黄金色の輝く眼を持ったプロミティス一族だけだ。
だがしかし、今の彼女には、その力は失われてしまっている。その事実にアルネは目を塞いだ。瞼の裏に映るのは、かつての仲間達の蔑んだ視線と、捨てられた際に机の上に置かれた、一言だけの手紙。
『許してくれ、もう君を連れていけない』
もう失望されたくはなかった。
「無理よ…!私、今、魔力が一つもないの!!!」
「なんだと!」
「私、元々は勇者の仲間だったの、最強の魔術師とも言われていたわ。旅の途中で、魔物に…魔力を奪われた。私は…今、戦いの場では…無能なの…。倒す方法も、やり方も分かってるの…!でも、力がないと何もできない…!」
そうだ、何もできなかった。力を失ってからも勇者たちの旅に付いていった。しかし、魔法だけで生きてきたアルネには何もできず、どんどん強くなっていく敵に立ち向かえず、味方にかばわれても、すぐに倒されてしまっていた。完全なる足手纏いとなっていたのだ。力の無い、今が、憎くて溜まらなかった。
だから魔力を取り戻すために、スライム退治を始めたというのに…、また負けを重ねて、見ず知らずに人にも迷惑をかけて、アルネはもう<魔術師>ではないのだ。
「俺を倒せ」
「えっ」
スライムの紳士はアルネの腕を掴み、自分自身の身体の中に突っ込む。アルネの手の中に、石のような硬いものが当たる。
「俺のコアだ。少しの火でも出せば、溶けてなくなる。そうすれば、お前さんに経験値が入り、魔力が戻るだろう」
「そんな…!」
「小さな火ぐらい出せる魔力はあるだろう!つけて見せろ!!俺を糧に、あいつを倒すんだ!お前は、最強の炎の魔術師だろう!!!」
彼の言葉にアルネの黄金の瞳が揺れる。シャン、と腕のブレスレットが揺れ、アルネの意志を移すかのように、手に火を灯した。その小さな火は紳士のコアを溶かしていく。みるみるうちに人型を持っていた彼の身体は崩れていき、ただの粘液と化していく。
スライムを倒した▼ Exp+500000
その粘液から、膨大な力がアルネに送り込まれていく。
ただのスライムでは到底手に入れられるものではない、多くの経験値をアルネは手に入れた。
「何この、経験値…?!魔力が、上がって…!」
漲る力、以前より感じる、強い力がアルネの身体を巡る。金のブレスレットが煌めき、揺れ鳴り響く音に合わせ、聖なる炎がアルネの両手に宿る。
「炎神の名の下に、我が血肉を黄金と共に捧ぐ、
…劫火・燃照!!!」
神々しい光を纏う炎は、スライムの肉体を塵も残さず四散させた。その輝きは太陽のように熱く、真夜中だった空さえも眩く照らしていく。そこには<最強の炎の魔術師>としてのカルネがいた。真っ赤な髪を炎にくゆらせ、黄金の眼は炎を芯を宿らせている。
指を鳴らし、周囲の炎を消した。周りに残っているものは、燃えつくした煙しか残っていなかった。その硝煙の中に一つの大きな影をアルネは捉えた。
「ふっ…流石だ、この世の中でこんな炎を出せるのは…。お前さんだけだ。」
そこから現れたのは、スライムの紳士だった。燃え尽きる前の以前の人型の彼が、アルネに称賛の拍手を送る。
「えっおじさん…?!生きてたの…?」
「あぁ、コアの1個や2個、壊されても俺はしなないからな。その分行きわたる経験値も一部でしかな…」
「…っ!」
アルネは感極まり、彼に抱き着く。彼女の行動に驚きはしたが、自分の胸の中で泣く少女をその大きな体躯で覆い隠すように抱きしめかえす。
「馬鹿じゃないですか、初対面の、捨てられた…私なんかに、命を懸けるだなんて…」
「何を、才能があるものに何もかも懸けてみるってもんが、俺達、『モンスター』の性ってもんだ。」
柔らかい石鹸の優しい香りが、スライムの紳士からアルネに移る。落ち着いたアルネは、彼から離れ、何かを決意したように、彼を目を合わせる。
「お願いします、スライムのおじさん…。私に経験値をください。私を仲間にしてください。」
スライムの紳士の瞳が揺れる。懇願する少女に重なって見えたのはかつての自分の未熟な姿。
自身の力の無さに、強き者に縋りつく気持ちは、彼がよく知っていたものだ。
「いいだろう、俺がお前に経験値を与えてやる」
「えっ本当に?」
「ただお前さんに与えるのは魔力だけでない、お前さんはもっと色んな体験を、重ねていくんだ。そうすればきっと、勇者に追いつけ、本当の力を手に入れられるだろう。それまでは、俺がサポートしてやろう。」
「えぇ…、おねがいします!」
こうして、元最強魔術師はスライムから経験値をいただくことになった。
後の二人の経験がこの世界にどのような結果を生むかは、…また後のお話。
「ところで、スライムのおじさんって言いにくいんだけれど…」
「だから俺にはれっきとした名前が…」
「スラおじなんてどうかしら!」
「…まずは人の話を聞く経験を積ませたほうがいいのか…?」
「うふふ、スラおじ。あたらめて、よろしくお願いします!」
スラおじの仲間になった▼ Exp+…?
――――――――――――――――――